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廊下に出ると、窓ガラスが全て割れていた。
俺が応接室に入る前には割れてなかったから、モンスターがやったんだろう。
劇団員アクターがモンスターをこの学校に呼んだ時に、壊れたんだと思う。
俺は怪我しないようにニーナちゃんをなるべく窓ガラスの破片から遠ざけながら、とりあえず教室に戻ろうとした瞬間に刺激臭が鼻を突き刺した。
「嫌な臭いがするわね」
「……うん。何の臭いだろう」
ニーナちゃんにそう言われて、俺は短く返した。
確かに、変な臭いがする。何か燃えている臭い。
いや、焦げている臭いだ。
「……火事かしら」
「だったら、誰かがあの赤いやつを鳴らしても良いと思うんだけど」
あの赤いやつ、というのは非常ベルのことだ。
スイッチになってて、押せば学校中にベルが鳴る。
年に1回くらいはいたずらで押すやつが出てきて問題になるアレ。
半年前に似たようなことがあったから壊れていることは無いだろうし、もしモンスターのせいで火事が起きていたとしたら、モンスターは見えずとも火は見える。
だから、誰かがベルを鳴らしていてもおかしくない。
そんなことを考えながら、ニーナちゃんと2人で臭いのする方に走っていると、廊下の奥からユニコーンが走ってきた。
ユニコーンというのは、頭に一本の角が生えているあのユニコーンだ。
『ちっ、ちっ、小さい子供! サイズはSッ! SSッ!』
しかし、おかしなところが2つ。
まず、ユニコーンの身体がプラスチック製なのだ。メリーゴーランドとかでよく見るアレである。アレがこっちに走ってきている。
『じ、人生にレール。引いてますか!?』
そして、2つ目。
プラスチック製のユニコーンの身体には、あやつり人形みたいな糸が絡みついている。
それがこっちに向かって足を動かしながら走ってきている。
「『焔蜂ホムラバチ』」
『ピクシー』たちが取り逃した相手なのかもだが、今更モンスターにかまっていられないので手慣れた魔法で撃ち抜く。
ごう、と燃え盛る炎の槍はプラスチックの身体を粉々に砕いて、黒い霧に変えていく。
そんなモンスターを乗り越えてから、階段にたどり着いた。
とはいえ、階段に異臭の大元があったわけじゃない。
臭いがしているのは階段の上。
上の階から漂ってきているのだ。
だが、階段はすぐには登れない。
黒いアメーバみたいなモンスターが階段を占拠していたからだ。
そのネバネバした身体を引き伸ばして、まるで蜘蛛の巣みたいに階段を塞いでいる。そんなモンスターの身体には魚の眼のようなギョロギョロとした眼球が何個も付いていて、それが一斉に俺たちを見た。
『ねェ、電気消さないでって言ったじゃない』
視線の圧に耐えかねたニーナちゃんが俺の手をぎゅっと握ってくる。
モンスターはモンスターで相変わらずどこから喋っているのか分からない。
『あた、あたし。暗いの嫌い、嫌い、嫌いなんだけどォ!』
「……『風刃カマイタチ』」
バズッ!!!
空気を切り裂く勢いの良い音と共にモンスターの身体が俺の魔法で両断される。
そのまま黒い霧になって消えていくのだが、その瞬間に階段の上から大きな目玉が2つ落ちてきた。
ぱっと見の大きさだけなら、かなり大きめのスイカくらいはある。
それが俺たちに向かって落ちてきて、
『落ちます。落ちます。自由落下』
『死にます。死にます。祓魔師は死にます』
ばか、と瞳孔の下が開くとそこから現れるのは大きな口。
「『天穿アマウガチ』」
伸ばした2本の『導糸』によって、モンスターを貫く。
それで行き先を見失ったモンスターは階段に落ちて、べしゃ、と音を立てた。
そしてゆっくりと霧になっていく。
「……いくらなんでも多すぎるわ」
「妖精たちが祓ってるはずだけど」
ニーナちゃんがポツリと漏らす。
だが、そのニーナちゃんには俺も同意だ。
『ピクシー』の数が足りていないのだろうか。増やそう。
俺は手を叩いて再びピクシーを呼びだすと、学校内に散ってもらう。
その間に臭いの元へと向かうべく、階段を登りきると俺より先に行っていたピクシーが何かの触手みたいなものに捕まった。
捕まったまま、すごい勢いでそのまま引き寄せられる瞬間を見た。
「……えぇ?」
『ねぇ、これ美味しいね。甘いね。すごく辛いね』
そして、そのまま曲がり角から顔を出してくるのは大きな顔。
だが、その口にはさっき俺が生み出したピクシーの足が見えていたが、モンスターはまるで虫を飲み込むカエルみたいに、もごり、と妖精を飲み込んだ。
そして、モンスターが身体を現す。
出てきたモンスターの身体は、バッタ。
バッタというのはつまり昆虫で、それに人の顔がくっついているのは劇団員アクターの悪趣味なのか、それともたまたまこうなったのか。どちらにしてもあまり見ていて気持ちの良いものじゃない。
というか、そんなことよりも。
「……妖精って食べれるの?」
「初めて見たわ……」
ニーナちゃんに聞いてみたが、ニーナちゃんもやや引いた様子で教えてくれた。
だが、これで妖精たちを放ったのにモンスターの数が多い理由もなんとなくだが分かった。
「食べられない妖精も出さなきゃいけないんだね」
俺は反省しながら手を叩く。
その瞬間、俺の影がゴムみたいに伸びると、千切れた。
そして、生み出された『シャドウ』たちはバッタの影に入り込むと、その頭を掴んで影に引きずり込みだした。
『お、溺れちゃう。溺れちゃう! これ底ないじゃん。底なし沼。水も滴るいい男。男? 男じゃない。オレは虫。ううん。み、水虫……』
水虫?
意味は分からないが、顔が沈んだ瞬間に他のピクシーたちがモンスターの身体を掴んで、消した。
「さっきみたいにピクシーを食べるモンスターがいたら、助けてあげて」
俺が妖精シャドウたちにそう語りかけると、彼らはすぅっと消えていった。
同じように妖精を食べるモンスターを探しに行ったのだ。
俺はそれを見送ってから、今度こそ階段を登りきる。
すると、登った先では『1-3』の教室の扉が開かれていてそこから臭いが漂ってきていた。
教室の中を覗いてみると昼休みは終わったというのに児童も、先生も1人もいなくて、その変わりに全員分の机の上にケーキが置かれている。
「……なんで?」
しかも給食で出てくるようなケーキじゃない。
誕生日の時に出てくる真っ白いクリームと、真っ赤ないちごが乗った大きな大きなホールケーキ。それが全員分の机の上に置かれてあって、さらにチョコプレートと火のついたロウソクまで乗っている。
そのロウソクたちはパチパチと音を立てながら、ちょっとずつ短くなっていた。
「ねぇ、イツキ。あれ……」
「……ん」
ニーナちゃんが手を引いて指さしたのは黒板。
ケーキのインパクトが強すぎて全然気にしてなかったが、黒板は黒板でチョークを使いまくった黒板アートが描かれている。
そこには大小様々な矢印が書かれていて、そのどれもが同じようにまっすぐ上を指していた。
そして、真ん中には子供が書いたようなたどたどしい文字の英語で、
『Come To The Rooftop!』
と、雑なニコちゃんマークまで一緒に書いてある。
どこかに来いと誘われているんだろうけど、実際のところどこに行けば良いのか分からない。分からないので、隣にいるニーナちゃんに聞くことにした。
「ねぇ、ニーナちゃん。これってどういう意味?」
「……『屋上においで』かしら」