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桃源暗鬼夢小説注意!!
桃次歪×桃霞契(oc )
『どうか、私だけを見てください』
桃太郎機関の研究棟、その地下。
白い廊下の奥にある研究室から、かすかな笑い声が聞こえていた。
「ふふ……やっぱり面白いなぁ」
桃霞契は、今日も楽しそうだった。
机の上には大量の資料。
その中心には、鬼の身体について記された研究記録が広げられている。
「この構造なら、ここをこうした方が……あ」
契はペンを置くと、隣に立っていた研究員へ顔を向けた。
「ねぇ、そこのきみ**!**これどう思う?」
「え? ああ……確かに、その可能性は――」
「だよね!」
二人で資料を覗き込みながら笑う。
その様子を。
研究室の入口から、桃次歪が静かに眺めていた。
「……」
いつもの柔らかな笑顔。
整った姿勢。
そして、誰に対しても変わらない丁寧な態度。
「桃霞さん」
「あ、歪くん!」
契が振り返る。
「お疲れ様です」
「うん。歪くんもお疲れ様」
「ありがとうございます」
歪は笑顔のまま、研究室へ入ってくる。
「研究の方は順調ですか?」
「すっごく順調!」
「それは良かったです」
そう言いながら、歪は契の隣に立った。
そして、契と話していた研究員を見る。
「……ところで」
「はい?」
「こちらの方は?」
「ああ、この人? 今日手伝ってくれてるんだよ」
「そうですか」
にこり。
「いつも桃霞さんがお世話になっているようで」
「い、いえ……こちらこそ」
「そうですか」
歪は笑った。
とても感じの良い笑顔だった。
「それなら、これからもよろしくお願いしますね」
「はい」
「――ただ」
歪は、ほんの少しだけ声を落とした。
「桃霞さんの研究を邪魔するようなことだけは、なさらないでください」
「……え?」
「彼女は研究に集中すると、周囲が見えなくなる方ですから」
「ああ……」
「ですから、何かあった場合は僕に言ってください。桃霞さん本人に無理をさせるのは、可哀想ですから」
完璧な笑顔。
完璧な敬語。
なのに。
なぜか、その研究員は背筋に冷たいものを感じた。
「……はい」
「ありがとうございます」
歪は満足そうに頷いた。
そして、その研究員が部屋を出ていくまで、ずっと笑っていた。
扉が閉まる。
「歪くん」
「はい?」
「なんか今日、ちょっと怖いよ?」
「そうですか?」
「うん」
「気のせいですよ」
「そっか」
契はあっさり納得した。
歪はそんな契を見て、小さく笑う。
「桃霞さんは、本当に素直ですね」
「そう?」
「ええ。とても」
歪は机の上の資料を片付け始めた。
「今日はもう終わりにしましょう」
「えー!、まだ研究したい」
「駄目です」
「なんで?」
「もう十分遅い時間ですから」
「でも〜…」
「桃霞さん」
優しい声。
けれど、有無を言わせない。
「今日は帰りましょう」
「……はぁーい、歪くんがそこまで言うなら」
「ありがとうございます」
歪は微笑む。
そして、自然な動作で契の荷物を持った。
「ほら、行きましょう」
「うん」
廊下を二人で歩く。
しばらくして、契がぽつりと言った。
「そういえばさぁ、」
「はい」
「さっきの研究員さん、明日も来るんだって」
「……そうですか」
「うん。明日も一緒に研究するの」
「そうですか」
歪は笑っていた。
「楽しみですね」
「うん!」
「……」
その笑顔を見て。
歪はほんの少しだけ目を伏せた。
「桃霞さん」
「なに?」
「もし、僕がお願いしたら」
「うん」
「明日は私と一緒にいていただけますか?」
「歪くんと?」
「はい」
「いいよ」
即答だった。
「じゃあ明日は歪くんと一緒にいる!」
「……」
歪の口元が緩む。
「ありがとうございます」
「でも研究は?」
「僕の方で用意します」
「何の研究?」
「桃霞さんが喜びそうなものを」
「ほんと!?」
「ええ」
契は嬉しそうに笑った。
「楽しみ!」
「そう言っていただけると思っていました」
その声は、どこまでも優しい。
けれど。
歪は知っている。
自分が今、何をしているのか。
契を研究室から遠ざけた。
他の研究員と会う時間を減らした。
自分と過ごす時間を増やした。
ひとつひとつは些細なこと。
誰が見ても「親切」にしか見えない。
だからこそ。
歪は、それが気に入っていた。
契が自分の言葉を疑わないこと。
自分の優しさを疑わないこと。
そして何より。
自分が契の世界を少しずつ狭くしていることに、気づいていないこと。
「……桃霞さん」
「ん?」
「僕は、桃霞さんにもっと頼っていただきたいんです」
「もう結構頼ってるよ?」
「いいえ」
歪は足を止めた。
「まだ足りません」
「?」
「もっとです」
契は首を傾げる。
「どれくらい?」
「そうですね……」
歪は少し考える。
「何か困ったら、最初に僕を思い出していただくくらい」
「それなら今もそうだよ」
「本当ですか?」
「うん」
「では――」
歪が契を見る。
「誰かに何かを言われた時も、僕に相談してください」
「うん」
「嫌なことがあった時も」
「うん」
「嬉しいことがあった時も」
「うん」
「誰かを好きになった時も」
「……?」
契が瞬きをする。
「それはなんで?」
「……」
歪の笑顔が止まった。
「……そうですね」
「?」
「確認しておきたかっただけです」
「何を?」
「桃霞さんが、誰かを特別に思うことがあるのかどうか」
「うーん……」
契は真剣に考える。
「歪くんは特別だよ?」
「……」
「だって、一緒にいると面白いから」
「……そうですか」
「うん」
「では」
歪が一歩近づく。
「その『特別』は、僕だけですか?」
「え?」
「他にもいらっしゃるんですか?」
「……」
契はまた考える。
「研究対象ならいっぱい……」
「そういう意味ではありません」
初めて。
歪の声から笑みが消えた。
「人としてです」
「……」
「桃霞さん」
契の名前を呼ぶ声が変わる。
「あなたにとって、僕は何ですか?」
「……歪くん?」
「教えてください」
静かな声だった。
怒っているわけでもない。
なのに、逃げられない。
「私は……」
契は少し困った顔をする。
「歪くんは、歪くんだよ?」
「……」
「大事な人」
「…………」
「だから、そんな顔しないで」
「……顔?」
「うん。なんか悲しそう」
「……そうですか」
歪は俯いた。
「申し訳ありません」
「なんで謝るの?」
「僕が、少し欲張りだっただけです」
「欲張り?」
「ええ」
歪が顔を上げる。
そこにはいつもの笑顔が戻っていた。
「僕は、桃霞さんの『大事な人』では足りないんです」
「……?」
「一番がいい」
契が黙る。
「誰よりも」
「……」
「何よりも」
歪は一歩近づく。
「桃霞さんの中にいる、全部の人間よりも」
「……歪くん」
「僕だけを見てほしい」
それは。
今まで聞いたことのない声だった。
「僕だけを考えてほしい」
契が目を見開く。
「僕だけを選んでほしい」
「……」
「……契さん」
その名前が。
静かな廊下に落ちた。
契の瞳が揺れる。
「僕は、あなたが思っているよりずっと――」
歪は笑った。
その笑顔は綺麗だった。
けれど、壊れていた。
「あなたに夢中なんですよ」
「……」
「ですから、どうか」
そっと契の手を取る。
「僕を置いていかないでください」
契はしばらく歪を見つめていた。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。
「置いていかないよ」
「……本当に?」
「うん」
「ずっと?」
「たぶん」
「たぶん、ですか」
「だって未来のことは分からないから」
「……ふふ」
歪が笑う。
「そういうところも、好きですよ」
「そう?」
「ええ」
歪は握った手を離さない。
「では、明日も僕と一緒にいてくださいね」
「うん!」
「明後日も」
「うん」
「その次の日も」
「うん」
「……ずっと」
「うん」
「ありがとうございます、桃霞さん」
再び、いつもの呼び方に戻る。
けれど歪は知っている。
さっき確かに、自分の口から出た。
『契さん』という名前を。
それを思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。
もっと呼びたい。
もっと近づきたい。
もっと、自分だけのものにしたい。
そんな醜い感情を抱えたまま。
歪は優しく微笑んだ。
「……明日も、楽しみですね」
「うん!」
契は何も知らない。
自分が少しずつ、歪の作った世界の中へ閉じ込められていることも。
その世界には――
歪以外の居場所が、少しずつなくなっていることも。
それでも契は笑っていた。
そして歪も。
誰よりも幸せそうに笑っていた。
コメント
3件
わあ……第1話からすごい重さですね……歪くんの「優しいふりして少しずつ世界を狭める」感じ、ゾクゾクしました。笑顔の裏にある独占欲が丁寧に描かれていて、特に「契さん」って呼び捨てにした瞬間の温度差がたまらなかったです。契さんがまだ気づいてないのがまた怖い……でも美しい。続きが気になります!