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”首輪”が発動した瞬間、アーシャにも異変が起こった。
「うぅっ! うあああああああああ!?」
身動ぎ一つしなかった彼女が突然呻き、悲鳴を上げたのだ。両目をカッと開き、バタバタと四肢を暴れさせる。急なことで皆、驚くことしかできない。
「きゃっ! どうしたの!?」
アーシャを膝に乗せていたハルは驚き、彼女を抑えようとした。しかしアーシャの力はドラゴンスレイヤーすらも上回っており、彼女一人で抑えることができない。
それを見てシオン、ヒムロも彼女を抑える。
「暴れるなアーシャ。ヒムロ、そっちも気を付けろ」
「おわっ! 顎蹴られるところだった……危なぁ」
シオンはアーシャの両肩を抑え、暴れないように固定する。
その時、彼女の首にある機械的な首輪に赤いランプが灯っているのを確認した。
(あれ? こんなの点灯してたっけ?)
しばらくアーシャと共にいたが、彼女の首輪にこのようなランプは点灯していなかった。それは間違いないと断言できる。
(この首輪、科学者が付けたもの……奴らが何かしたのか?)
シオンは見事に正解へと辿り着いたが、それが分かったところで対処法があるわけではない。今は暴れまわるアーシャを抑えるだけで精一杯だ。
(こいつが目を覚まさなかったのもまさか首輪のせい……いや、今はそんなことを考えている暇はない。何とかして彼女を鎮めないと)
この場でアーシャに対処できる可能性があるのは医者である天儀だけだ。天儀も先程から暴れるアーシャを観察し、対処法を編みだそうとしているのが分かる。
しかし、この場はそれどころではなくなった。
『緊急放送、緊急放送』
この部屋だけでなく、建物全体に響く放送。
誰かに促されるまでもなく、天儀が説明した。
「これは危険が迫った時の警告放送です。おそらくは……」
『デミオン濃度増大中。旭に複数の竜が接近。住民はただちに避難シェルターへと移動せよ』
「そういうことだよ」
暴れまわるアーシャと、急激なドラゴンの接近。
この因果関係をシオンは知っていた。
(竜の巣の実験と同じか)
そうしている間にもアーシャは叫び、暴れまわる。
「うわああああああ! あああああああ!」
抑えているだけで精一杯だ。
しかし、何かの対処を取らなければならない。シオンは避難放送に負けない声で叫ぶ。
「首輪! この首輪を破壊します。多分、これが原因です」
「そうなのかい?」
「見覚えのない赤いランプが灯ってからこんな様子になっています。無関係ではないと思います」
「それなら僕が工具を取ってくる。君たちは彼女を抑えておいてくれ」
天儀はそう言って部屋から飛び出す。勿論、竜胆もついて行った。
◆◆◆
この緊急事態を前に、源三は”旭”のドラゴンスレイヤーを集めて出撃した。レーダーにより複数のドラゴンが接近しているとなれば慌てるべき事態だ。
しかし、今回はあらかじめ警告されている。
心の準備はできていた。
「大型の接近も確認されている。戦闘員は小型を狙え。儂が大型を抑える」
旭にも何十人かのドラゴンスレイヤーは所属している。しかし大部分は一般人で、彼らは銃の対竜武装を使って援護射撃をする。
そして源三は数少ないドラゴンスレイヤーであり、ドラゴンの対策部長でもある男に告げた。
「三田、儂と共に大型をやってくれるな?」
「任せてくれ。あんたに受けた恩は返す」
これまで小型ドラゴンや中型ドラゴンを退けた経験はあるが、流石に大型は初めてである。心なしか源三にも緊張が見えた。
しかし彼は旭のリーダー。
常に雄々しく、強くあらねばならない。
「行くぞ! 必ず守り切るのだ!」
源三は深紅の刀を掲げる。
彼の後ろに付き従う兵士たちも銃を掲げ、雄たけびを上げた。
ドラゴンを倒す。そんな奮起のために。
◆◆◆
「まさかこんなことが起こるなんて……」
源三の執務室に残った夏凛が呟く。
それに答えたのは青蘭だ。
「もしかしてこのドラゴンもあいつらの仕業じゃないの? 樹海でも似た実験をしていたし」
「俺もそう思っていた」
「あ、やっぱり蒼真もそう思うでしょ?」
夏凛を守るため、この部屋には諸刃たちも待機している。水鈴の最優先命令が夏凛の守護であるからだ。それに偶然居合わせたとはいえ、これは”旭”の問題でもある。
援護はするが、直接的には戦わない。
#ファンタジー
#コンプレックス
現に、諸刃は窓から狙撃銃を出してドラゴンを狙えるよう待機している。
「夏凛さん、仮にドラゴンが奴らの仕業だとして、これは本命だと思うか?」
「いえ、陽動だと思います。蒼真君も違うと思っているでしょう?」
「意見が一致してよかった。となると、あの実験体を目当てに本命が潜入してくる可能性があるわけか。ちっ……あいつらの監禁場所を聞いておけばよかった」
蒼真は苛立たし気である。
一方で諸刃は静かな声で忠告した。
「落ち着け。苛立っても何も好転しない」
「けどよ」
「俺たちは俺たちの任務を遂行する。それでいい。必要以上をすれば、できたはずのことまで取りこぼす」
「分かったよ」
リーダーであり友人でもある諸刃の言葉には従うらしい。蒼真も大人しくなった。
そして諸刃は告げる。
「敵は大型。それは確からしいが、まだ大型になったばかりのようだ。比較的小さい」
「あら、もう見えたの?」
「西側からきている」
「もう見えたのね」
「ああ、まずは俺が撃つ」
そう言って引き金が引かれる。
パンと重い破裂音が部屋に響いた。思わず夏凛は耳を塞いだが、蒼真と青蘭は慣れたもので平然としている。
「どうだ諸刃?」
「当たったよ」
諸刃は次の弾を装填した。
◆◆◆
大型ドラゴンにとって、それは無警戒な一撃だった。
音速を超えて飛来した弾丸はその心臓部へと真っすぐ向かい、その途中で停止する。もしもっと高威力だったならば心臓は貫かれていただろう。
死にはしない。
再生も始まっている。
しかし、この弾丸は大型ドラゴンに脅威を抱かせた。
「ウオオオオオオオオアアアアアア!」
空中で無茶苦茶に暴れまわり、自身に付き従っていた小型ドラゴンの一体を捕食する。まさに暴虐だ。
そんなドラゴンの凶暴さを地上から観察する一団がいた。
「おうおう。すげーな。あれがランク七、モロハ・リクドウかよ」
「あんな狙撃、人間じゃねーぜ」
「ランク七なんて人外ばかりだよ。今更じゃねぇか」
彼らの言語は英語。
そして数は五名。樹海で一人殺され、この人数になってしまった。
アーシャおよびシオンを回収するためにやってきたイーグル小隊のメンバーである。隊長であるサンマルティーニはそんな彼らを制しつつ、タブレット端末を掲げた。
「騒ぐんじゃねぇ。仕事だ。首輪の反応がこいつに示されるから、ここに行って博士の実験体を回収する。いいな?」
『了解』
彼の声一つで隊員たちは統率される。よく訓練された証だ。サンマルティーニはアーシャの首輪の発する信号をキャッチするデバイスを持っている。それを見ながら混乱の最中にある横須賀基地へと侵入し、任務を成し遂げるのだ。
彼らに失敗のに文字はない。
混乱する”旭”とは相対的な静かさで、彼らは潜り込むことに成功した。
◆◆◆
暴走するアーシャはますます暴れまわっていた。もはやシオンとヒムロだけでは抑えきれず、氷花までも加わっている。
そしてシオンはぴりぴりと肌が焼けるような感覚を覚えた。
「これは……」
シオンが感じているものは氷花たちも感じているらしく、彼女らは引きつった表情を浮かべていた。
「まさか、デミオン濃度が上がっているの?」
「冗談でしょ!?」
デミオンはドラゴンスレイヤーの力の源だ。対竜武装に体内デミオンを流し込み、強化することでドラゴンの鱗を突破している。そのため一定量は摂取が必要だ。
しかし過剰なデミオンは毒となり、赫竜病という形で返ってくるのだ。ドラゴンスレイヤーはある程度のデミオン耐性を有するものの、高濃度環境に長時間滞在すれば赫竜病のリスクを高めてしまう。
アーシャに異常が起こってからというもの、部屋のデミオン濃度は少しずつ上がっていた。
「皆見て! デミオン計がレベル三を超えたわ!」
「私たちじゃなかったら赫竜病が発症する濃度ね……まだ上がるなら危険よ。レベル四になればドラゴンスレイヤーでも赫竜病になる」
ハルが悲鳴のような報告をして、セリカも苦々しい表情を浮かべている。
周囲一帯のデミオン濃度はまだ継続して上昇しつつある。早く逃げなければならない。
「俺が何とかする。氷花たちはさっさと逃げろ」
「……分かった。私たちは逃げるわ」
留まり続ければ三〇八小隊が全員赫竜病を発症し、全滅してしまう。そのリスクが過り、氷花は決断した。突然暴れ始めたアーシャのことは気になるし、このデミオン濃度急上昇とも関連していると思われる。引いては”旭”に迫るドラゴンの群れとも無関係ではないだろう。
何もできないまま、逃げるしかないことに悔しさを抱えていた。
「早く行け!」
「うん。シオンにあとは任せる」
「……その子はしっかり守るのよ」
「ごめんなさい。僕たち先に行きます」
「よろしくお願いします」
氷花は申し訳なさそうに、そしてセリカですら一言残し、三〇八小隊は監禁部屋を飛び出していく。既に部屋の監視役も避難していたし、天儀たちが出ていくときに扉の鍵も閉めなかった。それが幸いしてすんなりと脱出は叶う。
残されたシオンは体を張ってアーシャを抑え込もうとする。
(こいつを助けられるのは俺だけだ)
シオンとアーシャは近しい存在だ。
彼女を理解できるのは、この世でシオンだけかもしれない。
ならば彼女を助ける理由は充分だ。
◆◆◆
首輪を破壊するための工具を探す天儀は、金属挟とワイヤーカッターを発見した。そしてそれらを持って、再び監禁部屋まで走ろうとする。
しかし天儀は背後から口を塞がれ、動きを封じられてしまった。廊下に出ようとしていた天儀は思わず工具も取り落としてしまう。
その犯人は竜胆である。
「むぐ……」
「天儀、静かに。知らない気配が来る……です」
竜胆の言った通り、パタパタと廊下を駆けていく音が過ぎ去った。それも二人が向かおうとしていた監禁部屋に続く方角である。
口から手を離された天儀は抗議した。
「何をするんだ」
「数は五人……です。武器を持ってた……です」
彼女は足音が通り過ぎる一瞬の音で装備も聞き分けた。
そしてこんな場所で武装している者が移動するのはおかしい。襲撃してくるドラゴンに備え、戦える者は源三に従って外に出ている。
「分かった。慎重に行こう」
「……です」
何かがおかしいことは察した。
天儀は落した工具を拾い、監禁部屋に急いだ。
◆◆◆
上昇するデミオン濃度から逃れる氷花たちは、黒ずくめの装備で固めた五人組に遭遇した。顔もフルフェイスマスクで覆われているため、何者かも分からない。
シオンとアーシャを探すイーグル小隊である。
まさか敵だとは思わない氷花は、すぐに警告した。
「この先はデミオン濃度が高いわ! 引き返して!」
だがサンマルティーニは剣を抜いて氷花を刺そうとする。そんな予想だにしない不意打ちを避けることなどできるはずもなく、それでも回避しようとして足をもつれさせた。刃は彼女の腕を深く切り、血が飛び散る。
「氷花!」
「あんたたち何するのよ!」
「”はっ! 何言っているか分かんねぇよ猿共”」
馬鹿にしたようにサンマルティーニが告げた途端、彼の部下たちがセリカ、ヒムロ、ハルへと斬りかかった。武器を没収されている二人に抗う術はなく、とにかく逃げることを優先する。氷花もすぐに立ち上がり、来た道を戻り始めた。
しかし背後から銃で撃たれ、ヒムロが倒れてしまう。
「ヒムロッ――きゃあ!?」
それに気を取られたハルも脚を撃ち抜かれ、動けなくなった。
こうなると氷花とセリカは立ち止まるしかなく、銃を突き付けられたまま手を挙げて降参をアピールする。すると即座に覆面たちが近づいて、ワイヤーで腕を縛った。
「うまく行った。人質にするぞ」
彼らの目的は”竜人殺し”シオンだ。
死体でも良いとは言われたが、生きている方がなお良いに決まっている。人質が通じなかったとしても、五人がかりで抑え込むだけだ。最悪は殺してしまえば問題ない。
ここで部下の一人がサンマルティーニに話しかける。
「隊長、この先はデミオン濃度レベルが高いみたいだ。ここもレベル三に到達しかけている」
「何?」
「どうする? 引き返すか?」
「問題ねぇよ。俺たちの装備は防護服にもなってる。博士が言うにはレベル四でも耐えられるそうだ」
「なら追うのか?」
「当たり前だ」
「マジかよ。こんな服、信用できるのか?」
部下たちの心配は尤もなことである。
デミオン濃度はドラゴンスレイヤーの活動指針の一つだ。一般人ならレベル一以下の環境で暮らすことが推奨されている。耐性のあるドラゴンスレイヤーでもレベル二で安全判定。レベル三以降は時間制限付きの活動が推奨される。
そしてこれから進む先は更に濃度レベルの高い環境。赫竜病のリスクが高まることを意味する。いくらRDOの研究所が用意した防護服とはいえ、心配なのだろう。ガスマスクを着けていても毒ガス室に入りたくないのと同じ心理だ。
「任務は絶対だ。逃亡は銃殺刑になるぜ?」
「わ、分かってるよ隊長」
「ターゲットの首輪信号はこの先からだ。急ぐぞ」
この作戦はアーシャの首輪を暴走させることでドラゴンの群れを呼び、それを陽動とすることで速やかに完遂される予定だ。
彼らは人質にした氷花たちを銃で脅しつつ、奥を目指した。