jp『こちら◯◯の◯◯◯◯◯です』
「………うん…中々良い苦味だ」
「流石、一流シェフは腕が違うな(笑)」
jp『勿体ないお言葉です…』
今日はお偉い方が料理の試食をするとの事で午前中は発表会だった。何やら満点を貰ったようで昨日の自分の研究が報われた。
jp『◯◯様のようなお方に気に入ってもらえると、僕の名前も世間に広まりますね(笑)』
「はは!(笑)君は面白い冗談を言う人だ」
相手を敬う話術もそこそこの持ち合わせ。こういう時は大体言葉を紡いでいかないといけない。
jp『…………早く帰んないかな…』
tt『いらっしゃいませ!』
いつものように扉が開きお客様がご来店する。
今日は子連れのお客様のようだ。
「わぁ〜!まま!いちごいっぱいのケーキ!」
「こら!あんまりはしゃがないの」
ショーケースに入った苺のタルトに虜のようだ。昨日夜鍋して作った甲斐があった。
「すみません、誕生日ケーキをお願いしたいのですが…」
tt『誕生日ケーキですね!かしこまりました』
tt『どのケーキにいたしますか?』
「いちご!いちごが良いの!」
背丈より高い机から必死に顔を覗かせ、可愛らしい注文を承った。
tt『(笑)かしこまりました』
そして俺は昨日作った自作タルトの入ったショーケースを手に取った。
tt『ありがとうございました』
「…今日は誕生日ケーキ多かったね」
tt『ホンマやな…キャンドルまだあるか?』
今日のオーダーは誕生日ケーキが多かった。ケーキの売れ行きはそこそこだがキャンドルの在庫は確認しないと…。
「OK、ちょっと確認してくるわ………あ!」
tt『…?どうした』
「見て見て!夕焼けめっちゃピンク!」
外を見てみると、ゆっくり日は落ちようとしていた。今日の夕焼けは淡いピンクの苺色。雲がクリームのようで何とも甘い空だった。
tt『もう…こんな空いつでも見れるやろ…』
「はいは~い、今見てくるね〜」
店が閉まるまで後3時間。俺はショーケースに新しいケーキを補充し始めた。
「シェフ、今日もですか?」
俺は厨房で忙しなく次の料理の試作をしていた。今日の品は喜んでくれたみたいだが、俺が点をつければ及第点の所だった。満足はしていない。
jp『うん、また近々発表会があるからね』
「近々って…、後半年もありますよ?」
料理人にとって半年は1日のようなもんなんだ。全く…。新しく入ったボーイは察しが悪い。俺は机に置いていた缶コーヒーに手を取る。
「…シェフってコーヒーお好きですよね」
jp『……そこまでじゃないよ』
〚甘さ〛を知るための手段に過ぎない。確かにこの頃は飲み過ぎてる気はするけど。
「あんまり飲むと寝れなくなっちゃいますよ 」
jp『無駄口叩くなら出てってくれない?』
俺は飲んでいた缶コーヒーを少し乱暴に置いた。
「…お疲れ様でした」
不満だとばかりに顔に出す新人を、俺は気にも留めなかった。小洒落たレストランには俺一人、厨房に立っていた。
jp『…やっぱり駄目なのかな…』
年々この悩みが募る。この欠けた味覚で俺は一流シェフの座までたどり着いた。それは確かに俺の努力で勝ち取った揺るぎないものだ。だが、〚甘さ〛を知りたい。〚甘い〛という感覚を自分のものにしたい。自分だけが作れる味に変えてみたい。日々試行錯誤する一品は俺しか作れない味をメニューに植え付けただけのもの。
……………一度でいいから。
jp『……苦いなぁ』
コーヒーだけがしっとりと、俺の中に溶け込むのだから。
店の扉が開いた。
tt『いらっしゃいませ~』
俺は急いでレジに駆け込む。
「すみません、このカップケーキ2ついただけますか?」
tt『こちらですね!かしこまりました!』
今日は4つしか売れなかったカップケーキ。ショーケースから一度も品を取り換えていなかった。
「…今日は夕日、綺麗ですよね」
tt『へ?ッあ…そうですよね』
どうやら世間でもこの夕日は特に綺麗らしい。正直厨房に立っているとそんな事気にも留めれない。俺はふと、その人から甘い香りを感じた。
tt『……何か甘い物召し上がりました?』
「え?どうして?」
tt『いや…何か甘い香りがしまして…』
「流石パティシエさん、鋭いですね」
するとお客様が愚痴をこぼした。
「僕、向かいのレストランのボーイしてるんですよ」
向かいのレストランといえば…。ここらへんでは高級レストランと言われるほどの所だ。そんな凄い所で働いているのか。
tt『向かいって…、凄く良いレストランじゃないですか!大変ですね…』
「まぁ、最近勤めはじめたばかりなんですけど」
「…実は…料理長…。そこのシェフの人なんですけど」
「最近苦いものばかり口にするんですよね」
ケーキを箱に詰めていた手が止まった。
tt『…〚苦い〛ものですか…』
「はい…身体も壊しそうなくらい必死に働いていて」
「周りにも厳しいけど…優しい人なんです」
「…だから、ちょっと甘いものでも差し入れしたくて!」
…良いな。その人は。〚苦い〛というものを理解できて。こんな甘い香りしかしない店で、甘いものを作り続けても。…俺は何も成長しない。この思いが、日に日に不安を募らせる。
tt『………………それは心配ですね…』
俺はココアパウダーを手に取った。そして箱に詰めていたケーキにここぞとばかりに振りかけた。
「え…あの…何を?」
tt『…その人、大変ですよね』
tt『あんな一流レストランでそれもシェフとして奮闘して』
tt『…同じ料理人として、素晴らしいです』
俺はケーキに飾り付けの金箔を少し振りかけた。
tt『…こちらサービスです!』
tt『是非その人に届けてください』
俺は笑顔でお客様の目を見つめ返した。
【苦さか甘さ】
続く…
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コメント
4件
今までのたこもどきさんの作品で一番先が読めないし、複雑だぁぁ
届くかな・・・ココアパウダーどばどばの甘ったるいケーキは笑