ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)は、緑色の瞳と青い長髪とほぼ全身を覆っている藍色に近い青色の鱗《うろこ》が特徴的な美少女……いや、美幼女『ハルキ』(青龍の本体)に体を好きなようにされている。
「ねえ、ナオトー。ギューってしてー」
「えっ? いや、そんなことしたら、お前の鱗《うろこ》が俺の胸とか腹に刺さるんだが……」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません」
寝室にある布団の上でハルキの言う通りにするしかないナオト。
彼がハグしやすいように両手を広げているハルキ。
ハルキはニコニコ笑っているが、ナオトは苦笑《くしょう》している。
「何、躊躇《ためら》ってるの? ほら、おいでー」
「わ、分かったよ。え、えーっと……ギュー」
「わーい、ナオトに抱きしめられたー。嬉しいなー、ギュー」
ハルキがナオトを抱きしめ返すと、ナオトの体にハルキの鱗《うろこ》が食い込んだ。
「あー! やっぱり痛い! 普通に痛い! ビンタされるより痛い! 足の小指をタンスの角《かど》にぶつけるより痛い! とにかく痛い! なあ! ハルキ! 頼むから一旦、離れてくれ!!」
「えー、どうしよっかなー」
「頼む! ハルキ! じゃないと、お前の鱗《うろこ》が俺の体を貫通する!」
「あははは、さすがに貫通はしないよ。あっ、でも私の鱗《うろこ》が体の中に入ると、体の中の養分を吸い尽《つ》くすまで成長しちゃうから、まあまあ厄介なんだよねー」
「へえー、そうなのかー……って、それを先に言えよ! 俺の命に関わるから!」
彼が彼女から離れようとすると、ハルキは彼の額《ひたい》に自分の額《ひたい》を重ね合わせた。
「ねえ、ナオト。私のこと、嫌《きら》いなの?」
「えっ? いや、別に嫌《きら》いじゃないけど」
「じゃあ、どうして逃げようとするの?」
「それは……その……お前の鱗《うろこ》が俺の体に触れると、ものすごく痛いからだよ」
「じゃあ、私が裸《はだか》になればいいの?」
「そ、そこまでされると反応に困る」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「うーん、そうだな……。じゃあ、前側の鱗《うろこ》だけパージしてくれないか?」
「それだと寒くて風邪ひいちゃうよ」
「大丈夫だ。俺の予備のパーカーを貸してやるから」
「嫌《いや》だ。ナオトが今着てるやつがいい」
「え? いや、でもそれだと俺の汗とかでお前の体が汚れるぞ?」
「大丈夫。あとで鱗《うろこ》を付ける時に鱗《うろこ》が汚れを食べてくれるから」
「え? そうなのか? 便利な鱗《うろこ》だな」
「そうだよー。私の鱗《うろこ》はすごいんだよー」
ハルキは彼から離れると、彼に背を向けた。
「え、えーっと、じゃあ、今からパージするからナオトはパーカー脱いで」
「あ、ああ、分かった」
彼は黒いパーカーを脱ぐと、彼女の背中に、それを乗せた。
「えーっと、じゃあ、準備ができたら呼んでくれ」
「うん、分かった」
彼は黒い半袖Tシャツに付いた毛玉を取りながら、彼女の準備が完了するのを待っていた。
「もういいよー」
「お、おう」
彼は先ほどまで自分が着ていた黒いパーカーを身に纏《まと》ったハルキを見た。
服を一枚着ただけなのに、明らかに先ほどまでとは印象が違う。
それ故《ゆえ》に、彼は彼女を見ながら思わず、こう言ってしまった。
「……なんだ? この可愛い生き物は」
「え? 何?」
「あっ、いや、今のはその……なんでもない」
「いやいやいやいや、なんでもなくないでしょ? ねえねえ、今なんて言ったの? なんて言ったの?」
彼の目の前でジャンプするハルキ。
彼女から目を逸《そ》らすナオト。
「あー! もうー! 鬱陶《うっとう》しいなー! 別に、その格好でネコのマネしてほしいとか思ってなんか……あっ」
彼はつい、口を滑《すべ》らせてしまった。
彼はそれをなかったことにしようとしたが、もう遅かった。
「へえー、ナオトは私にネコのマネしてほしいんだねー」
「い、いや、今のはその……あ、あれだ。冗談だ」
「ナオトー、嘘《うそ》は良くないよー。嘘《うそ》は泥棒の始まりだよー」
「う、うるさい! あまり俺をからかうな!」
「えー、別にからかってなんかないよー。ただ、真実を述べただけだよー?」
「くっ! こいつ……!」
「えー? なあにー? なんか言ったー?」
「な、なんでもない! とにかくハグするぞ!」
「もうー、そんなに照れなくてもいいのに。可愛いなー、ナオトは」
彼女が彼の頬《ほほ》を人差し指でツンツンと突《つつ》くと、彼はそっぽを向いた。
「あー、ごめん、ごめん。ほら、ナオト。ハグしよう」
彼女が両手を広げると、ナオトはハルキの胸に飛び込んだ。
「……すごく……柔《やわ》らかいです」
「ナオトー、口調が変わってるよー」
「えっ? あっ、いや! 今のはその……予想以上に柔《やわ》らかかったから」
「へえ、そうなんだー。じゃあ、もっとギューってして」
「あ、ああ、分かった。ギュー」
「あー、癒《いや》されるー。あと、なんか落ち着くなー。ずっとこうしていたいよー」
「そうか。けど、残念ながら、それは無理だ。ほら、ハルキ。自己紹介、自己紹介」
「はぁ……分かったよ。やればいいんでしょー。やればー」
ハルキは彼から離れると、髪の毛を整えた。
「えーっと、私の名前はハルキです。四聖獣《しせいじゅう》の一体である『青龍《せいりゅう》』です。チャームポイントは緑色の瞳と青い長髪とほぼ全身を覆っている藍色に近い青色の鱗《うろこ》です。よろしくお願いします」
ハルキが自己紹介を終えると、ナオトはパチパチと拍手をした。
「ありがとう。やる気は感じられなかったけど、やってくれたから良しとしよう」
彼は咳払《せきばら》いをすると、ハルキにこう言った。
「なあ、ハルキ」
「ん? なあに?」
「最近、困ってることは……」
「ない」
「お、おう……じゃあ、俺にしてほしいことは?」
「今すぐナオトといちゃいちゃしたい!!」
ハルキは目をキラキラと輝《かがや》かせながら、彼に迫った。
「あー、はいはい、分かったよ。もうお前の好きなようにしてくれ。ただし、口にキスしようとしたり、性行為をするのはダメだ」
「えー、なんでー?」
「そ、それはその……お、俺の初めては好きな人に捧《ささ》げるって決めてるからだよ」
「へえ、そうなんだー。じゃあ、どうしてナオトはその人のところに行かないの?」
「そ、それはその……そ、その人のことを完全に思い出せないからだ」
「へえ、そうなんだ。でも、その人のことが好きな気持ちは変わらないんだね?」
「あ、ああ」
「そっかー。不思議だねー」
「そうだな。不思議だな」
「うーん、でも、そういうのって思い出さない方が身のためだったりするよねー」
「そうかな? まあ、そうかもな」
「……よし、じゃあ、いちゃいちゃしよう」
「唐突だな……。まあ、いいけど」
彼がそう言った直後、ハルキは彼を思い切り抱きしめた。
彼が呼吸困難になるくらいまで……。
*
「ハ……ハルキ……」
「んー? なあにー?」
「そ……そろそろ離れてくれないか? あと何人か残ってるから」
「えー」
「そう言うなよ……。またこういう機会があったら、思う存分……やらせてやるから」
「うーん、じゃあ、明日までこのパーカー着ててもいい?」
「あ、ああ、いいぞ。予備はいくらでもあるから」
「やったー! じゃあ、次の人呼んでくるねー」
ハルキはそう言うと、お茶の間へと向かった。
「……し……死ぬかと思った……。え……えーっと、次は誰だっけ?」
彼は襖《ふすま》が静かに閉まる音を聞き逃《のが》さなかった。
もし、聞き逃《のが》していたら、彼の体は彼女のものになっていただろう。
「……あら? 逃げられてしまいましたか。まあ、いいでしょう。お楽しみはこれから……ですからね」
彼は彼女から絶対に目を離さないと心に決めた。
もし、目を離したら、彼女にあんなことやこんなことをされそうだからだ。
「えっと、じゃあ、始めようか」
「そうですねー」
彼は彼女に襲《おそ》われないようにできるだけ彼女から離れて座ったが、彼女はニコニコ笑いながら彼の目の前に座った。
それを何度か繰り返したあと、彼は諦《あきら》めて彼女の望む距離で話すことにした。