テラーノベル
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僕の両親は、決して甘くはなかった。
僕に優しくしてくれたことなんて、あっただろうか。
思い返してみると、「寧人はどんな〝個性〟が発現するかしら。」だなんて母が僕の頭を撫でながら優しい声で言ったことがあるような気がした。
ただ、その〝個性〟の発現は僕の地獄の始まりに過ぎなかった。
僕の〝個性〟は、皆さんご存知の通り”コピー”。
人に触ると、その人の〝個性〟を5分間コピーできる能力。ストックは4つできるけど、同時に二つ以上の〝個性〟を使用することはできないという制限付き。
それに、ファットガムの〝個性の脂肪吸着や、壊理ちゃんの〝個性〟、巻き戻しなどの所謂蓄積系〝個性〟は見た目をコピーできても中身はコピーできないガラクタだ。それのことを僕は”スカ”と呼んでいる。
ちなみに、緑谷の〝個性〟もアウトだ。超パワー…だっけ?
まぁ、今言っているのは小学生時代の僕の話だ。壊理ちゃんたちの話も知らなければ、”スカ”という言葉もまだ僕は使っていなかったけれど。
そんなガラクタ〝個性〟なせいで、僕は両親から幼い頃から夢であったヒーローは諦めろと言われてきた。
こんな〝個性〟では、スーパーヒーローにはなれないって。
〝個性〟を理由にヒーローと言う夢を馬鹿にされ続けた。
結果、僕は捻くれた。
きっと元の性格もあるのだろうが、それさえも嫌で全部〝個性〟のせいにして言い訳した。
この性格は、〝個性〟のせいだから仕方ないのだと。
そこから月日が経ち、僕は中学生になった。
その頃の僕は、ヒーロー科を第一志望にすべきか、大人しく他の職業に就くべきか。それすらも迷っていた。
〝個性〟を馬鹿にされたから?
いや、そんなことじゃないよ。
確かに、それもかなり心にきたけどさ。
でも、馬鹿にされ続けただけなら、まだ良かったのかも。
僕は〝個性〟のせいで”パクラー”だなんて呼ばれて虐められていたわけだ。
虐められたのに耐えられないヒーロー、パクることしかできないヒーロー、一生オリジナルにはなれないヒーロー。
笑えてくるだろ。
そんなので、ヒーローが務まると思うかい?
結果的に、僕はヒーロー育成機関最難関、”国立雄英高校ヒーロー科”を受験することになった。
どんなに心無い言葉を浴びせられても、どんなに冷たくされても、どうしても諦めきれないものがあったのだ。
どうせなら、一番難しいところを受けてみたかった。
皆の夢の場所に行ってみたかった。
馬鹿にされて、受かって、見返してみたかった。
もし落ちたら、ごく一般的な学校に通うつもりだった。
まだ心のどこかで「自分ならできるはずだ」と思ってしまっている自分を戒めるつもりだった。
試験当日。
『君!〝個性〟借りるよ!』
「ぅえ!?ちょッはぁ”…っ!?」
『(声をかけたんだし、僕も後先構ってられないからね。仕方ないさ。)』
心の中で言い訳をしながらも、かなり手応えのある結果になった。
筆記も思ったよりできてかなり安心した。
後は合格を信じて待つだけだった。
でも、なぜか落ちた感じは全くしなくて、自分は絶対に受かっているものだと心の奥底から信じきっていた。
一週間も経たずして、合格発表は届いた。
結果は合格。
予想通りだった。
なのに、今更 信じられない、雄英に行くんだ、という嬉しさが込み上げた。まだ信じ切れなかった程だ。
目から溢れ出る涙を止めることもせず、ただひたすらに嬉し涙を流していた。
流石に両親も喜んでくれるだろうと、僕は報告をしに行った。
『お父さん、お母さん。
雄英ヒーロー科受かったんだ…!!』
まだ興奮冷めやらぬまま、そう伝えると両親は予想とは違う反応を見せた。
鬼の形相で僕にこう告げた。
「なんでヒーロー科なんて受けたの?
冗談だと思っていたのに。
貴方の個性じゃ、どうせすぐ死ぬのに。」
「学費は自分で払いなさい。高校生なんだから義務教育も終わったし、自分で稼げるだろう。
俺たちは一円たりともお前には出さない。」
僕はその瞬間、この人たちに期待するのをやめた。
部屋に帰り、絶望した。
また涙を流した。今度は嬉し泣きとは正反対の、悔し泣き。
父や母には、この先きっと、僕がヒーローを目指す過程で何をしたとしても一生認めてもらえない。
改めてそう確信させられた。
うちの中学の先生は、僕にこう言った。
「逢沿中学からまさか雄英ヒーロー科合格者が出るなんてな!
いやぁ、本当にすごい!君ならできると思っていたよ!
君が努力していたこと、先生が誰よりも知っているからな!
頑張れ!」
気持ち悪い言葉だった。あれほど進路を変えた方がいい、お前には無理だ、そもそも努力はしているのか。そう問い詰めてきたくせに。
父や母の反応の後だと、更に一層気持ち悪く感じた。
もう、我慢の限界だった。
だから僕はこう言ったさ。
『散々僕の〝個性〟を馬鹿にしてきた底辺教師が今更なんのようですか?
僕僕ならできるって信じてた?が努力していたこと、誰よりも知っている?
あれ、進路相談の時先生なんて言ってましたっけ?
おっかしいですねぇ!言ってることが矛盾してませんか?
先生なのに、自分の言ったことも忘れるんですか?』
もう受験した後だし、暴言は何一つ吐いていないし、証拠は何もない。
だから怒られることはあっても、何か大きな問題になったりすることはないと踏んだ。
予想通り、先生は何も言えず、拳をわなわなと震わせるだけだった。
煽る材料があって、それで人を打ち負かす。
それが実に快感で、それでいて最高に楽しかった。
まだ手加減した方なのに、先生は反論できていないようで、自分の煽りスキルが高いことを再度実感した。
「これが君の武器だ。」と言われているような気がした。
一人では何もできないこの〝個性〟故に、何か他にも武器を作らなければ、とは常日頃から思っていたことだ。
ちょうど良い。
これからは、この煽りスキルを自分の盾として、そして矛として使っていこう。
これは、自分の力なんだ!
高校入学を前に、僕は両親に言われたことを思い出した。
「学費は自分で払いなさい。」
流石に、雄英で学びながら自分で金を稼ぐことは難しい。
なんとか交渉に交渉を重ね、説得をした。
結果としては、条件付き了承を得た。
1.高校卒業後、全額返済すること。
2.退学・停学など、自身の過ちで時間や学費を無駄にするようなことがあれば高校三年間の学費の三倍の額の返済すること。
3.余計な金が学校側に取られることがあったら、その時点で自身で払うこと。
三番はつまるところ、払う額が大幅に上がったりする場合は両親は払わない。それ以降は僕が自分で払え、と言っている。
それでも払われる方がマシだった為、僕もその条件をのんだ。
まぁ、そうそうなことがない限り、退学や停学もないだろうし。
ましてや余計な金?そんなものは発生しないだろう。
僕はそう思ってしまっていたんだ。
これから雄英在籍中に起こる、事件の数々を知らずに_。
物間の両親捏造失礼いたしました
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kumori.☁
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