夜の街に、鐘の音が鳴った。
その音は誰が鳴らしているものでもなく、街のどこかから、古びたスピーカーを通して鳴り響いていた。
かつて海辺の観光地として栄えた街、灯屈市。
今では一部が治安維持の対象外とされ、魔物や異能犯罪者が潜む危険地帯と化していた。
爆発音。火の手。人々の悲鳴。
その中を駆ける小さな影があった。
「くそっ、なにがちょっと様子を見に行くだけだよ……!」
少女田中は、双剣を背中に固定し、ジェットノズルを備えた装備を調整しながら廃ビルの屋上を跳ねた。
背に装着されたスラスターが音を立てて輝く。
街に出現したのは喰魔の変異体、しかも複数。
そしてそれを扇動するように、マントを羽織った男が高笑いしていた。
「うはははっ! 喰え! 喰えぇぇぇッ! この街の美味を!」
魔人教会の幹部。
戦闘用に進化した何兆の身体を持つ幹部。現在はその分体の何千体が街に現れ、喰魔を操っていた。
「私一人で、どうにかなる……わけないよな」
だが彼女は止まらなかった。
腰のホルダーから双剣を抜く。
刃は一方が白銀に冷え、もう一方が紅蓮に燃える。
「だったら、創ればいい。この状況をひっくり返す一手を!」
スラスターが火を吹いた。
真弓は屋上から飛び出し、空中から喰魔の群れへと突撃する。
その頃
「この街、におうな……血と鉄と、何かが混ざってる」
フィア・クリムゾンが呟いた。
その隣で、エデンワイスが目を細めて街を見下ろしていた。
「何かっこいい事っぽく言ってんだださいぞ」
「…」
「普通に魔人か敵がいるとでも言っとけばいいのに」
フィアは少しだけ目を細めた。
「にしても……騒がしいな。あのビル、見ろ。燃えてる」
「行く?」
「当然だ」
フィアの足元が炎に包まれ、跳躍と同時にエデンの身体も浮かび上がった。
空中で軽く指を弾いたエデンは、風を纏って滑るように空を飛ぶ。
「もうッ……!! こっちは空中戦だってのに、なんであんなに数いんのよ!」
真弓は激しく息を吐きながら、空中で旋回していた。
スラスターのエネルギー残量はわずか。喰魔たちは空を跳び、地上から魔力の弾丸を放ってくる。
細胞達の分体は、塔の上で不気味に笑っていた。
「いいねいいねえぇ! 戦闘データ、どんどん採れてるぅぅ! 君、なかなか優秀じゃん?」
「うるさいな! あんたが呼び出した化け物、責任取って消えてよね!」
「ふふっ、こっちは本体の1/10ですらないんだけどなァ? この程度で限界かぁ?」
「……限界じゃない。ここからが、創造者の本番だよ!」
真弓は双剣を交差させ、魔力を込めた。
「ブリザードインフェルノ!!」
交差した刃が爆裂し、炎と冷気が同時に炸裂。
吹き上がる嵐の中、喰魔たちが凍り付き、爆発に巻き込まれて地に落ちていく。
「こ、こんな火力がっ……!? やば……退が…」
逃げようとした幹部の分体。
その頭上から、雷のような声が落ちた。
「残念だったな。ここから先は、通さねぇ」
炎の刃が振るわれ、爆炎が塔を包んだ。
「……あんたら、派手にやってんな」
真弓が目を向けると、そこにはフィア・クリムゾンとエデンワイスがいた。
「増援……? あんたたち、どこの部隊――」
「部隊じゃないよ」
エデンが小さく微笑む。
「でも、仲間を探してる最中なの。君みたいな、かっこいい美人でいい女の人をね」
「……え?」
「でも次は、一緒に戦わない?」
真弓は少し唖然とした顔をしていたがやがて、双剣を背に納め、苦笑した。
「……変な子。でも……いいよ。あたし、ちょっと面白そうだなって思ってたところだったから」
その瞬間、街の上空に朝日が射し込んだ。
闇の中、また一人仲間が加わった。
創る者。空を舞う者。氷と炎を使う、創造の戦士。
その名は、田中真弓。
エデンの旅は、まだ始まったばかりだ