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「ふわぁー」
とある朝。20歳前後の男が大きな欠伸をしながら起き上がる。黒い瞳をとろんとさせた寝ぼけ眼をしながら、左手で紫の髪の毛をワシャワシャと掻いている。彫刻かのように整っている顔も眠たげな表情では格好がつかない。
男の名前は、ムツキ。現在この世界で唯一にして、最強の転生者である。
彼の名前を漢字で書くと1月を意味する睦月だ。男で睦月というのも中々なさそうなものだが、前世の両親からの、誰とでも仲良くできるように、そして、尽きることが無い熱意を持ってほしい、という願いによって、至って真面目に付けられた名前である。
本人もとても気に入っていて、転生後もそう名乗っている。
「あー、服着ないと……」
ムツキは眠たい目をこすりながら、ふらふらとベッドから抜け出す。彼は今パンツ一枚のため、服を着ようとしているようだ。ムツキはズボンを履こうとして上手く履けないズボンに無理やり足を通そうとする。
「ん-!」
バアァァァァァンッ!
突然の爆音。ムツキの履こうとしていたズボンはもちろん、着ていたはずのパンツまで爆散した。彼はまたやってしまったと言わんばかりに膝から崩れ、やがて、倒れる。
「ひゃうっ! 何、何? ダーリン?」
ムツキが出たベッドに2つあった膨らみのうち、最初に起き上がったのは黒狸の半獣人と呼ばれる種族の女の子だ。名前はメイリという。
半獣人は人が動物的な耳や尻尾などの特徴も持っているようなイメージだと理解すれば早い。彼女の場合、耳、尻尾、肘から先の腕と手先、膝から下の脚と足先が狸のようになっている。
彼女の肌の色や髪の色は黒く、少年のようなショートヘアに真ん丸な顔と茶色の瞳は小動物的な可愛さを引き立てる。しかし、その幼い顔立ちと低身長には似合わない大きな胸が掛布団越しでも存在を主張していた。
「あ、またか。前より爆発音が小さいのは、旦那様が着ている服の数が少ないからか?」
次に起き上がった膨らみはナジュミネという名前の魔人族の鬼族の女の子である。彼女は、元・炎の魔王であり、鬼族といっても角が無い。
彼女はまるで陶器の人形が動き出したかのような白い肌で、プロポーションも抜群な華麗な姿をしており、ウェーブの掛かっている真紅の長い髪が動くたびに見た者に炎の揺らめきを想像させる。さらには、真紅の瞳と釣り目がちな目は、奥に秘めた意志の強さやある種の自信を表している。
「姐さん、冷静に分析する前に僕にも教えてほしいな……」
「妾もそうも思うのだが、そろそろ、サラフェやキルバギリー、コイハも来る頃だろう。その時に説明する」
何が何やらと言いたげな顔のメイリにナジュミネが少し待ってほしいと伝える。
「ムツキさん!」
「マスター!」
「ハビー!」
ナジュミネの予想通り、サラフェ、キルバギリー、そして、コイハが先ほどの爆発音につられてやって来た。
「……大丈夫なのですか?」
サラフェは人族の女の子だ。彼女は透き通るような青い髪を両サイドにまとめているツインテール姿で、垂れ目がちな目の中にある瞳の色はその髪の色と同様である。肌は健康的な褐色で、体型はとてもとてもスレンダーで真っ直ぐスラっとしていた。
「大丈夫なようですね」
キルバギリーはロボットの女の子で、人族の始祖のレブテメスプが造った最強兵器である。髪は灰色のポニーテイルに、瞳も同じように灰色であり、肌とも言える表面は薄橙をベースに少し光沢のある薄い虹色が掛かっているかのようである。
「ハビーがそこに寝転がっているが、一体、何が起こったんだ?」
コイハは白狐の獣人族だ。つまり、白銀のキツネである。獣人は半獣人と異なり、動物がヒト型に近付いて2足歩行したような姿だとイメージすれば早い。
彼女は白銀の毛並みが美しく、すっと伸びたマズルや尖った耳、ふさふさの尻尾と高い身長が特徴的な美しい白狐である。
「おはよ。ムッちゃんのこれも2回目ともなると慣れちゃったわ。でも最近、頻発しているわね? どうしてかしら」
その後、彼女たちの後ろに来たのは、ムツキを愛称で呼ぶリゥパという名前のエルフだ。彼女は白い肌と長く尖った耳が特徴的な見目の美しい女の子である。
彼女は若干スレンダーな体型、瞳の色や髪の色は淡い緑色をしており、髪がショートボブで短く綺麗にまとめられている。
「さて、全員揃ったところで説明するか」
ナジュミネは肌着を素早く身に着けた後、近くにあったタオルとムツキの肌着を握りしめ、悲しみに暮れている彼に勝手に肌着を着けながら説明を始めた。その説明が終わる頃には、初めてこの体験をしたサラフェ、キルバギリー、コイハ、メイリがほっと胸を撫で下ろす。
「呪いのせいですか」
「もう少し静かに発動してもらえるといいですね」
サラフェは少し迷惑そうに呟き、キルバギリーもまた呪いに文句を付ける。
「いや、そもそも、呪いはない方がいいだろう……」
コイハはそれに対して、冷静にツッコミを入れる。ベッドに入ったままで肌着を着け始めているメイリがムツキの方を見る。
「呪いに逆らうとこうなっちゃうのは分かったんだけど、なんでダーリンはこうなっちゃったの?」
肌着を着た状態で打ちひしがれているムツキは身動き一つ取らないままに口を開く。
「ちょっと朝に弱くて、寝ぼけていることが多くて……なるべく寝ぼけないようにしているんだが……最近、油断気味だった」
「へー、ダーリンって、ちょっと抜けているところがかわいいよね♪」
ムツキはしっかりしているつもりなので、抜けていると言われると少しグサッとくる。
「メイリ、旦那様はいつでもしっかりしているつもりなのだ。そういうことを言うのは旦那様を傷付けることになるから良くないと思うぞ」
ムツキはナジュミネの何気なく抉ってくるような言葉に心が瀕死になりそうだった。
「ナジュミネもバカにバカと言っちゃいけませんみたいな言い方になっているわよ? ほら、ムッちゃん、拗ねたわよ」
リゥパにそう言われて、ハッと気付いたナジュミネが慌ててムツキの身体を揺らしながら彼に弁解する。
「旦那様! 妾はそういうつもりで言ったわけでは!」
「いいんだ……俺はダメな奴なんだ……」
「そういうつもりでは!」
ムツキは顔を伏せ気味にして起きようとしない。
「面倒ですわね……」
「サラフェ、それを言ってはいけません」
サラフェの何気ない一言にキルバギリーが注意をする。
「いやいやいや、みんな、散々に言い過ぎだろ……。仕方ねぇな……。ハビー、ほら、俺のモフモフの尻尾だぞ。好きだろ? 触ってもいいから元気を出せ」
コイハがムツキの前にどかりと座り込み、尻尾をパタパタと振る。
「うん……はぁー……モフモフだ……幸せだ……ずっとしていられる……」
「いや、ずっとは勘弁してくれ……」
ムツキのその幸せそうな顔を見て、ナジュミネは真剣な面持ちで唸り出す。
「やはり、モフモフでないと旦那様を慰めることすらできぬのか……となると、せめて、尻尾と耳だけでも……」
あまりの真剣な表情に周りのみんなが心配し始める。
「姐さん、早まらないでね?」
「そろそろ、ユウが来るから、頼まねば……いや、どうせなら……コイハのように全身か?」
メイリの言葉はナジュミネに届いていないようだった。リゥパは小さく溜め息を吐く。
「サラフェ、キルバギリー、悪いけど、ナジュミネが暴走したら止めてね?」
「面倒ですわね……」
「サラフェ、それも言ってはいけません」
先ほどと同じやり取りをしているサラフェとキルバギリーの頭上辺りに突如人影が現れた。
「ふわぁ……ムツキ、また寝ぼけたの?」
人影の正体はこの世界の唯一神である女神ユースアウィスだ。普段、ユウと呼ばれるムツキの最初の妻であり、今は幼女の姿をしている。
彼女は白いナイトキャップに薄青色の寝間着姿で現れる。背中が隠れるくらいの長い金髪に透き通るような白い肌をしていて、ぱっちりなお目目の中には綺麗な青い瞳がその存在感を主張していた。お人形さんと呼ばれても遜色ないほど、理想的で綺麗な姿である。
「うわ、出た」
メイリが思わず驚く。その近くではナジュミネを有無も言わさずに取り押さえるサラフェとキルバギリーがいた。
「メイりん師匠……人をゴーストみたいに言わないでよ……」
「ユウは人じゃなくて神様なんでしょ?」
「そうだけど、そうじゃなくて」
ユウとメイリが楽しそうにやり取りを始める。それをリゥパ、ナジュミネ、サラフェ、キルバギリー、そして、コイハとムツキが微笑ましく見ている。
「……こんな幸せな日が続くといいな」
「ん? ムツキ、何か言った? 大丈夫?」
ユウは寝ころんだままのムツキの上に乗っかる。いつまでも起き上がらないので、全員が心配そうにムツキの顔を覗き込む。彼は小さく微笑む。
「みんなのおかげで元気出たな、ってな。さて、今日も1日スローライフを楽しむぞ!」
ムツキのその言葉に、全員が小さく肯き笑った。