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『星を見に行く日』
七月七日
珍しく今日は早く起きれた。窓の外はどんよりとしていて、きっと雨が降っていると思う。無意識にベットの横の棚に手を伸ばしてあるものを掴んだ。目が覚めて1番最初に手に取ったのは、ボロボロになった日記だった。 これは僕の日記らしい。覚えていないけれど。不思議な感覚で1枚1枚、ページを捲る。
「四月十日
新しいクラスになった。上手くやって行けるか分からないけど、頑張ろうと思う。」
「四月十六日
最近よく忘れ物をする。気を付けないと。」
「五月二日
1ヶ月近く経ったけど、やっぱりクラスには馴染めない。」
点々としている、中途半端な日記だ。あまり面白くない。その日のうちにあったことを、忘れない様にメモするような、そんな感じだった。
だけど、六月からの日記は不思議と、いつもより綺麗な字で平日だけ綴られていた。
「六月一日(木)
席替えをした。隣の人はすごい綺麗な目をしてた。仲良くなれるかな」
「六月二日(金)
名前を呼んでくれた。兎みたいな、可愛い人だった。明日も話せたらいいな」
そうだった。人付き合いが嫌いになってから初めて人に興味を持てた出来事だった。しっかり顔を見て話すようにしたきっかけも、この人だった。だってこの人の顔は、ずっとずっと、優しかったから。
「六月五日(月)
休日の間も人の顔を覚えていられたのが久しぶりだった。空っぽだった頭に、席に着いてから中身が戻ってきた。ジョングクはいつも優しい。話してて楽しいと思えるのが、凄く嬉しい。あっちも、僕と話してて楽しいかな。」
「六月六日(火)
音楽の授業で一緒のパートになった。グクの歌はすごく綺麗。自分の声が醜く感じるぐらいに。すごいと褒めたら、『僕もテヒョナの声好き』と言ってくれた。どう答えたらいいか分からなかったけど、すごく嬉しかった。」
読み進めていくに連れて、段々と記憶に色が戻ってきた。思い出さなくていいことも、思い出してしまう。次の日の1文を読んで、その日以降から関係が崩れ始めることを。
「六月七日(水)
グクと話していたら、グクの仲のいい人に話しかけられた。容姿を褒められたけど、あまりいい気がしなかった。人と話すことができて、愛想笑いしたり、お世辞をしたりする感覚が戻ってきた。もちろんグクには愛想笑いなんてしないし、お世辞も言う必要なんてないけど。
帰り道、昼間のグクの友達に話しかけられたことを思い出して『やっぱりグクと話してる時が1番楽しい』と言った。グクは何故かそっぽを向いて僕を無視したし 。気持ち悪いと思わられたかもしれない。悲しい。」
この翌日から、いつもより体調が悪くなった。普段から忘れやすい自分がもっと悪化して。苦しくて。何故か、どうしてもグクを忘れようとした。
「六月八日(木 )
頭痛が酷かった。生徒会の仕事があって図書館で作業をしていたけど、途中で何もかも分からなくなって吐き気がした。怖くて、人の顔が見れなくなって、人が分からなくなって、グクの顔も忘れてしまった。思い出すのが何故か怖くて、でも忘れてしまうことの方が怖かった。だからグクを呼んだ。グクはすぐ来てくれた。声を聞いてすぐ顔を思い出した。すごく安心した。でもその後に、こんなことだけで呼び出したことに後悔して、罪悪感で死にたくなった。今日は最悪な日だ。そして、それと同じぐらい僕は最低だ。」
この日の日記を読んで、ようやく僕は自分が認知症だったことを思い出した。自分が認知症であることさえも忘れてしまう、自分が怖い。最後まで日記を読むことさえも怖い。でもそれでも、僕は君のことを思い出したがった。
「六月九日(金)
朝起きて、頭がぼーっとした。大丈夫、日記に書いてある。グクは僕の隣の席の人で、可愛らしい顔をしてて、歌が上手くて、優しい人。もう迷惑はかけちゃダメだ。」
そうだ。思い出すために日記を書いてたんだ。
「六月十二日(月)
やっぱりダメだった。不安になって、また迷惑をかけた。もう学校に行くのは辞めようと思う。グクに日記を見られた。ペラペラ捲った後にすぐ返してくれたけど、学校に日記を持ち込んでまで、思い出して、話しかけての繰り返し、もうグクも僕が可笑しいことにきっと気付いてると思う。僕よりグクの方が忘れるのは遅い。僕の方がすぐ忘れちゃうから。でも、どうか、僕のことを忘れてくれますように。」
、、なんで僕はこんなに馬鹿なんだろう。日記に書いたら僕が永遠に忘れられないのに。僕が忘れないで、グクにだけ忘れろなんておかしな話。
泣きながら日記の文字を一つ一つ撫でて、あることに気付く。次のページに紙が挟まってる。
[ 来月の七日、一緒に星見に行こ!僕の顔が思い出せなくなるなら、いくらでも一緒に写真撮るし、いくらでも思い出作って忘れなくしてあげる。いつも謝るけど迷惑なんて思ってないから。絶対来てね ]
丸っこい、可愛い字でメッセージが書いてあった。やっぱりグクは優しい。忘れたかったのに、忘れて欲しかったのに、どっちの願いも叶いそうにないよ。
早く起きれてよかった。残念ながら今日は雨だから綺麗に星は見えないけど、星なんかよりグクを見つめてたいから雨でも大丈夫。
この日記は数時間後、更新されると思う。
そう信じて僕は今日、帰ってきてから続きを書くよ。
終わり
コメント
2件
久しぶりの投稿嬉しいです☺️物語を書くの上手すぎて毎回びっくりします🙀