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東京に引っ越してきて、はじめて一人暮らしを始める。家は、商店に近いアパートの2階のすみっこ。引越し業者さんに手伝ってもらって、引っ越しは意外とスムーズに進んだ。
「これで….一応全部ですが、女性の一人暮らしにしては物が少ないですね」
「きっとこれから増えていくので、最初はこんな感じがいいかと思って。今日はありがとうございました」
「いえいえ。新生活、楽しんでください」
業者さんは、パタン、と扉を閉めて、トラックがブロロロ….と音がする。業者さん、筋肉もあってイケメンだったな….なんてことを思いつつ、部屋を見渡した。玄関を開けると、下駄箱とダイニングが広がっている。キッチンは2つIHがついている。実家の一軒屋に比べたら当然狭いが、1人なら十分だろう。ダイニングには、窓に机。机を東と西で挟んだ位置に椅子が1つづつ。東側に座ると、テレビが見える。椅子とテレビの間にマットレスを敷いて寝る。玄関の右手にある2つのドアノブは、手前が御手洗で奥がお風呂だ。
玄関の隅に置かれた下駄は、私のお気に入りだ。ゴミ出しの時くらいなら履けるかもしれない。
さて、家具も来て早速だが、買い物に行かなきゃならない。親戚から送られて来た梅も漬たいし。窓に写った私を見ると、群青色の半袖Tシャツ。二の腕の当たりがオシャレな穴あきデザインになっているお気に入り。お気に入りのやつ。そして、白のパンツスカート。….格好は嫌いじゃないんだけど、顔はいつもの死んだ魚みたいな目をしてる。多少いい格好したって、新しい出会いなんてないんだろうなって、諦めた顔して。わかってるけど、もう少しマシな顔はできないんだろうか。私は。
黒のスニーカーを履いて家を出た。次の角を右に曲がると商店があったはずだ。財布やら携帯やら買い物袋が入っている茶色のいつもの肩掛けバックを持って、鍵をかけて家を出た。
外はなんとなく暑くて、春の陽気から夏の陽気に変わっている。近くの商店は、坂本商店というらしい。坂本商店のガラスには、禁煙マークや営業用のフレーズが紙に書かれて貼ってある。禁煙かぁ。私はタバコ、好きなんだけどなぁ。吸わないけど、父さんが吸ってた副流煙の匂いが好き。
ウィーンと自動ドアが開いて、
「っらっしゃっせ〜」
金髪の、同い年くらいの男の子と、白髪で眼鏡で口髭の、ぽっちゃりした店員さんがいる。私は軽く会釈をして、カゴを手に取った。男の子はヤンキーかと思ったけど、優しそうでイケメンだ。赤い髪のおさげの店員さんにに商品の陳列を教えてあげているみたい。このお店は共通して緑のエプロンをしているらしい。金髪の男の子の店員さん、声もスタイルもいいし、面倒見もいいんだなぁ。同級生にいなかったタイプ。かっこいいけど、きっとあのおさげの子と付き合ってるんだろうな。
さて、買い物買い物。まずは袋の麦茶でしょ?次に食パンとお米と、牛乳と、卵とハムと、野菜と調味料。お菓子は…うーん、チョコくらい袋買いしておこうかな。カップ麺もふたつくらい。またスーパーとか見て、そっちで値段が安ければ考えよう。多少高くても、今日はいっぱい買わなきゃいけないってわかってるから。あ〜…そう考えると、袋に入るかな….。と思いつつ、私はパンコーナーを探した。こっちは…お酒類か、
「パンならこちらですよ」
金髪の男の子の店員さんは、ハキハキと喋って案内してくれた。
「ごゆっくりどうぞ」
「あ….ありがとうございます」
男の子は飲み物類を見上げている。びっくりした。独り言で出ていたのだろうか。私は昔から独り言がでかいからなぁ….気をつけよ。
食パンをカゴに入れて、次はお米を….あ、でも重いから最後にしよ。次は麦茶麦茶。これは切らしちゃいけない。私の母がいつも入れてくれて、ジュースやお酒よりもこれが1番安心するんだよね。牛乳….も、欲しいけど重いな。後回し。卵とハム….ハムは賞味期限近くていいとして、卵は….遠くのにしよう。めんどくさくてスープかなにかで済ませる日が出てくるかもしれない。あっ、スープも買お。
「スープなら、カップ麺の隣ですよ」
え、
「あ、ありがとうございます。….すみません、うるさかったですかね?」
「え?いえいえ全然ですよ」
そう言って、また金髪の男の子の店員さんはアドバイスをくれた。
彼は雑誌の方に歩いていく。
また独り言か〜。気をつけてるんだけどなぁ。しっかし、飲み物の場所にいたのに野菜コーナーから声届いちゃう?私やっぱうるさい?他のお客さんがいないからって油断してるんだろうか….。不安になって唇を触る。私は集中すると唇が空いてしまう、いわゆるアホ面なんだが、私、このお店に入って店員さんに挨拶やお礼だけしか声に出てないぞ?無意識のうちに喋ってたのかな…..2回も?いかんいかん…..。っていうか、声に出さないように意識してるのに無意識で発声してるとしたらそれはもう病院に行って調べてもらった方が良いのでは?!
どちらにしろこの買い物を終わらせなきゃ。野菜….は、カット野菜でもいいけど、スーパーを見つけて考えよう。うちは祖父母が百姓をしてたから、旬な野菜も食べられたし、野菜はあんまり買ったことが無いんだよね。このお店にあるのは….カット野菜が多めだな。そういうのは専門店の方が売ってるか。さて、次は調味料だ。
まず、砂糖塩胡椒…あ〜….砂糖1キロずつのタイプか…。いやいや、この後牛乳もお米も持たなきゃなんだから、これくらい頑張ろう。
さらにケチャップやソース、醤油と料理酒もボトルで買うと、カゴがいっぱいになった。….お、重い…..!!ここからさらに牛乳とお米が入るって?持って帰れるかな…。
やっとの思いで牛乳もカゴに入れて….さ、さらにお米を….くっ….!
「俺、レジまで持って行きましょうか?」
「え、」
「重いでしょ」
やっぱり金髪の男の子の店員さんが、身をかがめてお米を取ってくれた。そして、レジの台に乗せると、私をクルッと振り返った。
「それも」
「い、いいんですか?」
うん、と端的に答えて、店員さんは私の手からいっぱいのカゴを掬った。店員さんはピッピとレジを捌く。彼の胸の名札を見ると、” シン “ と書いてあった。シンくん、か。かっこいいな。
「7,980円になります」
「はぁい」
私は1万円を差し出した。いや…高!こんなするんだ。親にお金出してて貰ってたから知らなかった….。でも、今回が特別多いだけだよね。調味料の減りなんて遅いだろうし。彼は、2,020円のお釣りをレシートと一緒に手渡してくれる。さて、問題はどうやって連れて帰るか。お米が….ラスボスすぎるんだよ….。もう1回取りに来てもいいけど、置いといて貰うのも悪いし….。近くだからって、さすがにきついよな….。
「ルーは今トイレなんで…坂本さん、俺、ちょっと出てきてもいいですか?」
「……..」
坂本さんと呼ばれた店員さんは、無言で頷いた。
「良ければ、近くまで持っていきますよ」
「えっ」
わ、私に言ってる?いや、私しか客がいないんだからそうか。
「で、でも迷惑ですよ、」
「どうせ買い出しがあるので。だって、アンタじゃ運べないでしょ」
眉を困らせて、シン…くんはひょいとお米を持ってくれた。
「それも貰うけど」
「や、ですが…..いいんですか….?」
おずおずと買い物袋を差し出すと、彼は片手で持って歩き出した。ウィーンと自動ドアが開いて、慌てて追いかける。
創作でよくある、宅急便のお兄さんとそのまま….とか、家まで送っていくよ、から始まる漫画はよくある。だから一瞬考えた。でも、私はそんなふうに見てもらえる女性じゃないし、この人ならそれでもいい、と思った。から、私は、
「こ、こっちです」
「ん」
彼を案内した。