コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
少し光の入る午前9時のポートマフィアには、ある会話が定着していた。
「ちゅーうーや、そんなに僕の自殺を止めたいなら僕と心中してよ」
と、中原中也をからかう幹部の1人──太宰治。そんな不器用な愛情表現の暴力を受けている中原中也とは、太宰治とは犬猿の仲の相棒であり、普通の人間、いや、部下だそう。
不仲と有名な相手にイタズラひとつで「心中してくれ」と1歩間違えればプロポーズの台詞を言葉を躊躇いもなく口から吐く太宰は、イタズラの化身と呼べるものである。
いや、これはただの「不仲」だけの関係性なのか。ただの構成員は聞けば首がはねると思い、勇気を出せるものは誰も居らず、早1年が過ぎる。
ある日、太宰は姿を消した。
仕事上の相棒とはいえ、毎日のようにちょっかいをかけていた中也にも一切連絡を寄越さずに。
中也は首領である森鴎外に、相棒の失踪を気に使われた。中也は相棒が消えたなんてどうでもよかった。ただ、自分の命を授けた首領に謝罪をさせてしまった。それだけが心残り、そう思いたかったのだ。
中原中也という小さな背中の少年にはアラハバキと言う真の姿があり、汚辱と言う素晴らしい力が秘めていた。だが、それなりの力には欠点も着いてくる。汚濁を使えば理性がなくなり、敵が消滅しても狂ったように暴れ続け、自分では止められないために、最終的には死に至ることもある。それほど強力で、恐ろしい能力だ。
強力なほど死に近づき、自分にも、周りの人にも、被害が及ぶ。そんな力は大っ嫌いな相棒の前でしか使えなかった。相棒の異能無効化で汚濁が制御され、相棒の体温の温かさを感じ、眠りに堕ちる。嫌いだが、深い奥底には強く、心の中の絆は離れやしないといつまでも柔い糸で繋がり続けていた。
それは、4年の年月が経っても同じである。
4年ぶりに再開した相棒はいつも通りの悪戯をしかけ、いつも通りの笑顔で帽子を深く被っている中也を嘲笑う。 4年前より身長がでかくなり、左目の包帯は跡形もなく消え去っていた。口調も変えており、中也は別人を相手しているようで気が気でなかった。
好きだった相手が目の前に現れたというのに、別人のようにして振る舞い、この世から去ってしまったようで、心の小さい穴はどんどんと広がるばかりだった。
「なんで抜けたか聞かないの」
いじらしく口先を尖らせて中也に対して疑問を投げつける。
中原中也はいつだって前を向いており、マフィアにしては明るい性格の上、部下からの信用も厚く、慕われている。そんな中也がどこか太宰の神経を無意識に逆撫でた。
過去には振れない。未来のことだけについて考える。
ずっとそうしてきた中也にも、太宰がポートマフィアを裏切ったことに対しては深く考え込んでしまっていた。戦闘中も、取引中も、寝る時でさえ頭の中にいつまでも残り続けていた。
だが、今更過去を尋ねたって何があると言うんだ、過去は変わらない。神はゲームのように人生をリセットなんてさせてくれない。
「ここで今聞く必要もねぇ、お前と俺はそんな良好な仲でもないんだ。」
「仲が良かったら聞いてたってこと?」
「さぁ、どうだかな…ほら、帰った帰った」
手首が熱を感じた。細くて長い指先を振り放し、中也は命令口調で太宰に帰れ帰れと押し付け、そそくさと立ち去った。
「莫迦犬め。飼い主の帰りをないて喜ばないなんて……はーぁ、中也のくせに私のことをどれだけ振り回したら気が済むんだ」
拷問部屋で1人残された太宰がこんなことを呟くだなんて中也は想像できたことだろうか。 離れて初めて気づいた恋という感情。しかもそれが男である中也にだなんて。
夢の中でも、現実世界でも、息をする度中也に嫌がらせすることばかりを考えていた。それは太宰にとって分かりやすく、とても耐えきれないほどの感情であった。たったの数年で相棒という肩書きと、嫌いあっている相棒からの信頼と信用に依存していたのかもしれない。
探偵社に入ってからも中也のことを1度たりとも忘れてなんかいない。太宰が亡くなった友人と共に思い出すのはいつも憎たらしい最愛の相手の顔だ。
「本当に……嫌いだ、」
***
あれから数月後、深夜1時を回った時計を見ながら中也は家へ帰る支度をする。家で片付ける分の書類などをまとめて下まで降りると、最下級構成員などの部室の扉から明かりが漏れていた。
夜の横浜を仕切るポートマフィアは当然ブラック企業。反社に常識を当てはめても、すぐにバラバラと崩れる。
中也は気を使い、無視して家へ直行した。部下に慕われているとはいえ、中也と面識のない人々はポートマフィア幹部と言うだけで恐れてしまう。それは組織の構成員も同じなのだ。
家について「ただいま」と言っても「おかえり」と一般の家庭のような暖かい返事はけっして帰ってこない。マフィアだから?違う、普通の人間とは違うからだ。
いつもの素朴な玄関の風景に自分の靴以外には少し大きめの靴しかな──いや、いやいやいやいやいや。なんでこの靴がここに????
最悪の思い出として保管された記憶のフォルダが全て脳内に放たれる。
「おかえり」
「お、おかえりじゃねぇよ!!なんでお前がここにいるんだッ!!!」
「君と街中であった時にGPS発信機をいれたのだけれどぉ………もしかして気づいてなかった?」
ポートマフィア幹部もこれまでか、と言わんばかりの悪戯坊主の表情をし、笑いを堪えきれない太宰に中也は一発蹴りを入れた。が、見事に避けられる。
「危ないじゃないか、今日は私の聖なる誕生日なのだよ?」
「誕生日ィ????」
「ちょ、ちょっと!?まさか忘れてるとか言わないよね!?」
動揺の声を隠しきれず、中也の肩を掴みながら前後に揺らす。
「はぁーー!!せっかく飼い主であるこの私がわざわざうるさい犬のプレゼントを受け取りに来たというのに!本当に何も用意してないのかい!?」
頑固なやつだなと思いながら「そこで待ってろ」と犬に待て。をしているかのように命令を下し、中也はリビングへと向かう。
ワインセラーを見上げ、少し金のかかったワインと有名な焼酎を手に持ちながらグラスにコトコトと注ぐ。
「ねぇ〜まだァ?お腹すいちゃったじゃないか!!」
リビングの方で文句を言う太宰に答えるような早さで中也は蟹のおつまみを用意した。
アイツは待てもできねぇのかよ、
いつも犬呼ばわりしてくるくせして中也に対しては従順に言うことを聞く。どちらが飼い犬でどちらが飼い主なのか、太宰と中也の関係性を考えることは時間を泥沼に落としていることになる。
何度考えても結局は「わからない」で始まり、「わからない」で思考は閉じる。本人たちに直接聞いても犬猿の仲だという言葉しか聞けない。そんな2人の周りは苦労が耐えなかった。
「ん、よしっ」
「流石蛞蝓!すごくノロマだったよ」
呼んでないと言うのに太宰は中也の背後に立ち、豪華なテーブルの方へ向かい、椅子を引きながら揶揄う。
「お前…いや、なんでもねぇ」
「ほう、中也にしては中々のお酒を用意しているじゃないか」
氷とグラスがぶつかる音を奏でながら、幸せそうな表情で酒に口をつけた。蟹の部分のみを箸でつまみ、1口食べる姿を見ながら中也も向かいの椅子に座る。数日間、職場で過ごしていたからか酒の味は久々のように感じた。
中也は紅色のワインを一献傾ける。
しばらくし、酒の酔いが全身に行き渡った頃、中也は近くの救急箱から包帯を取りだした。何か嫌な予感がする、太宰の勘が的中し、中也は太宰の膝の上にのしかかった。
「酒臭っ…中也、君酔いすぎだよ。降りて」
聞こえていないのか、はたまた聞こえているが無視しているのか、中也は包帯で太宰の左目をぐるぐると隠した。
「何、ちょ…やめ、中也、私の声聞こえているだろう?」
完成だとでも言わんばかりの表情を太宰に見せ、にんまりと口角を上げる。一方太宰はぐちゃぐちゃに巻かれた包帯が左目を隠し、口をへの字にして、露骨に不機嫌なオーラを醸し出していた。
「んへへ、男前だな 」
突然甘い声を耳元で囁かれ、ぽかんとしている太宰を放って力強く抱きしめる。
「は、はぁ!?もう!早く降りて!!」
中也を無理矢理元の椅子に座らせ、太宰は「なんでこんなのがあるの、」と言いながら包帯を外した。
今ここにいるのは過去の私ではない。君の好きな相手ではない。けれど、君が私以外の、いや、今の私以外を見るなんて絶対に許せない。
「今の私だけを見てよ、中也」
深夜2時をまわり、 いつもは中也が深い眠りについている時刻だった。
アルコールのせいか瞼は重くなるばかりで、これ以上酒を飲めば眠りに落ちてしまう。いや、寝ても良かった。だが、「もう少しだけ」とボヤけた視界に映る太宰があまりにも綺麗で見続けてしまっていたのだ。
「なぁに?中也、私に見惚れちゃった?」
酒で頬を赤くした太宰がニヤリと笑う。
「んぁ、そぅだ……」
その言葉を伝え、中也は完全に寝入ってしまった。
「えっ中也!?!?…………寝た?」
中也の柔らかい瞼が落ちたのを見、酒のせいではない赤面をしながら、持っていた酒瓶を机に勢いよく叩きつけた。
「ほんっとタチ悪い…」
そう言いながらも、中也の穏やかな寝顔に心を奪われ、2時間との時間を溶かした。帰宅しようかと椅子から腰を上げたが、なぜか心に小さな芽が生えたような感覚よろしく、 モヤモヤとしたこの気持ちを解決できないまま帰るのか?いや、それは男として配慮すべきだろう。と思考が巡りに巡った。
ソファにかかっているふわふわの肌布団を中也の肩にかける。その時、するりとサラサラの髪が指をなぞったのを感じ、鼓動が早まった。
愛おしい。そんな感情を押し殺し、机の上に散らかっている高級そうな黒のお皿を台所に持って行く。
太宰は料理は苦手でも、多少の家事なら出来る。食器を水に浸けるぐらいだが。
これは、太宰にとって相棒への気遣いと優しさと、もどかしさであった。
***
すずめの可愛らしい鳴き声がし、中也は目を覚ました。時計を見ると出勤時間の30分前。静かに焦り、太宰が肩にかけていた暖かい肌布団を床に落としてしまった。
妙に酒臭い匂いと、食器以外は全て放置されてる机を見ながら夜のことを思い出す。時計の針のチクタクと動く音が妙に心を包み込み、もう一度、目を閉じてしまいそうになった朝の出来事。
街で偶然を装った顔をして、中也に近づく輩がいる。その男の容姿は少し乱れており、いつもと変わらない蓬髪で、無駄に整った顔面をしていた。
「やあ!中也!偶然だねぇ」
砂色のしわがついたコートからは少し鼻にツンとくる酒の匂いがする。きっと、寮に帰ったのが遅く、しわくちゃのまま家を出てしまったのだろう。
朝の不器用な優しさと重なり、つい頬が緩んでしまった中也に対して、太宰は文句を垂れ流す。
「なんだいその顔、いつにも増して莫迦に見えるよ?」
「うっせえ!!!!」
2人とも二日酔いの心配はなさそうだった。 むしろ、いつもより元気で仲良く喧嘩をしていた。
──今聞く必要もねぇ、か。 そういう所が嫌いなのだよ。けれど、今日は少し美味いところに行こうか
中也の財布から掏ったブラックカードを片手に、中也の好きそうな落ち着いた音楽のかかっている人の少ないBARを検索する。
眠い目を擦る中也に問いかけた午前2時。
「もう誕生日じゃねぇだろ、それともなんだ、手前にしては珍しいただの質問か?」
誕生日じゃないなんて分かっているさ、わかっていた上で話している。
太宰治の顔は真剣なただの青年のように見えた。優れた美貌に橙色のライトが芝居のスポットライトのようにあたり、太宰の両目には仕事の疲れと酔いで重い目を無理矢理開けている無防備なポートマフィアの五大幹部が映った。
「あぁ、そうか、いや…お前はもう、俺の望むだざいおさむじゃねぇ。だが、愛されように頑張るお前を見るのはなぜか頬が緩む」
恋愛を連想する淡いピンク色のカクテルをからからと揺らす。
「へ…ぁ???な、、そっ!?それって!」
「ははっ、間抜け面」
人差し指で毛穴がひとつもなく、当然肌荒れだってしていない綺麗な太宰の頬をつんっとつつく。
君ってやつは期待させといてなんなんだ、告白してもどうせ了承なんて下してくれないくせに。これなら独占しきれない中也への恋心を諦めて素敵なご婦人と心中した方が──
「おい、諦めるなんて考えんなよ?だざいはかっこいい男の子だろ?」
──幸せなはずだが、私にはやっぱり無理なのかもしれない。
BARが閉まる直前まで優しい味を堪能することになり、明朝は流石に酒焼けで声が枯れ、二日酔いで頭痛が酷くなることだろう。
ー
太誕 心中と葡萄酒、終
◆アトガキ◆
わーい!今日は太誕ですよ!!中誕同様、XのTLは狂ったように暴れることでしょう。😌
Skyにて、オーロラのコンサートに参加したのですが、「だいじょうぶ、泣いてもいいのよ」と言われて毎日の疲れが全て開放された気がしますね。
最近は暑すぎて家から出たくないです(切実)アイスのように溶けてしまいますもの。くれぐれも、熱中症と脱水症状にはお気をつけください。