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抱きしめてもいいかというルードの問いに、ソフィアは驚いて声をあげる。すると、ルードはすぐに眉を下げて悲しそうに微笑みながら視線をそらした。
「っ、すまない、やっぱりもう一度はダメだな。君の気持ちも考えずに、本当にすまない。今のは忘れてくれ。……馬車までもう少しだ、今度ははぐれないようにしよう」
そう言って、ルードは歩き出そうとした。ソフィアはハッとして、ルードの服をそっとつまむ。クイッとルードの体が引っ張られ、ルードは驚いてソフィアを見た。
「……?」
「あっ、すみません!その、……嫌なわけではないのです。ただ、びっくりしてしまって……」
「そう、なのか?」
ルードが尋ねると、ソフィアは小さくコクリと頷く。その様子を見て、ルードは頬が緩むのを何とか堪え、また口を開いた。
「それじゃあ、もう一度抱きしめても?」
「……は、い」
消え入りそうなソフィアの言葉を聞いて、ルードは今度こそソフィアを抱きしめた。優しく、労わるような、大切なものを抱きしめるようなルードに、ソフィアの胸は張り裂けそうになる。
しばらくソフィアを抱きしめていたルードは、ようやく腕の中からソフィアを解放しソフィアの顔を覗き込む。ソフィアの顔は真っ赤になっており、それを見たルードは思わずゴクリと喉を鳴らした。
「ソフィア、そろそろ戻ろう。またあんなことが無いように、手を繋いでいこう。俺の手を離さないでくれ」
そう言って、ルードはしっかりとソフィアの手を握り締める。ソフィアは驚いて目を大きく見開いたが、すぐにルードの手をそっと握り返した。
(ど、どうしてルード様は隣に座っているの……?)
馬車に戻ると、いつもは向かい側に座るルードが、なぜかソフィアの横に座っている。馬車はゆったりとした広さのはずなのに、なぜかルードはソフィアに密着するように座っていた。馬車についてからも繋がれた手は離されることなくそのままだ。
ソフィアがそっとルードを見ると、美しい横顔がある。サラリとした銀髪が馬車が揺れるたびにサラサラと靡き、整った顔は見ているだけで心臓が飛び出そうになる。外では黒眼帯をつけている右目は馬車の中でソフィアと二人きりだからと眼帯が外され、綺麗なサファイア色の瞳がキラキラと光っていた。いつもはここまで間近に見ることのないルードの顔に、ソフィアの心臓は忙しい。
そんなソフィアに気付いたルードがソフィアを見て、小さく微笑みながら首をかしげた。
「?」
「あ、あの、どうして隣に?」
ソフィアがおずおずとそう尋ねると、ルードの口元から笑みが消えて途端に不満そうな、悲しそうな顔になる。
「嫌、だったか?嫌ならいつも通り向かい側に座りなおすが」
「あ、いえ、嫌というわけではないのですが、その、いつもと違うので慣れなくて……どうしてなのかな、と思ったんです」
「ああ、ソフィアの側を離れたくないんだ。またいつ何が起こるかわからないだろう」
いつ何が起こる、といってももう馬車の中だ。危険が起こるとは思いにくい。だが、そんなことはおかまいなしにルードはソフィアの顔を見て優しく微笑んでいた。
「今後はこうして君の隣に座ろう」
(えっ、これからも!?)
驚いてルードを見上げると、美しいオッドアイがソフィアを愛おしそうに見つめている。
「この方が、君をより近くで感じることができる」
そう言って、ルードは握っていたソフィアの片手の甲にそっとキスをした。
(ま、待って!?ルード様の距離感が、おかしい!)
街で抱きしめられてから、急にルードの距離感がバグっている。まるで堰が切れたかのようにソフィアへべったりになったルードにソフィアは混乱してしまい、顔を真っ赤にして俯くことしかできない。
そんなソフィアを、ルードはただひたすら愛おしそうに見つめていた。
◇
「ソフィア様」
「!、ギル様」
「あぁ、私なんぞに様をつけるなどおやめください。どうか私のことはギルと呼ぶようにといつも申しているではありませんか」
ソフィアがルードの屋敷に来てから数か月が経った。この日、ソフィアを呼び止めたのは執事のギル。ソフィアがこの家に来た際にルードと共にいた人物だ。
「ソフィア様に折行ってお話がございます」
真剣なギルに、どうしたのだろうとソフィアも緊張する。
「どうか、ルード様との婚約を今一度お考えいただけませんでしょうか」
「え、え?」
「ソフィア様が来てからと言うもの、ルード様は見違えるようにイキイキしておられます。ルード様のあんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてです、それもこれも全てソフィア様だからこそ。ソフィア様であればルード様の瞳を見ても問題ありません。ルード様にはソフィア様しかいないのです」
「ギルはルード様のことを本当に大切に思っているのですね」
「私は先代の頃からずっとこの家に仕えてまいりました。ルード様が生まれてからもルード様の成長をずっと見守り続けてきたのです。私も、ソフィア様のようにルード様と目を合わせて話をすることができたらと……それができない悲しさと悔しさを胸にしまいながらずっとお仕えしております」
(ルード様は本当に愛されているのね。ギルはずっとずっとルード様のことを気にかけていらっしゃったんだわ)
「どうか、ルード様との婚約を今一度お考えください。この通りです」
静かにお辞儀をするギルに、ソフィアは慌てて手を差し伸べた。
「どうか頭を上げてください。それにそのような話はルード様も……」
そう言いかけて、遠くからソフィアを呼ぶ声が聞こえた。
「……ソフィア!ソフィア!」
曲がり角を曲がってルードが慌てて走ってきた。ソフィアの姿を見つけて途端に笑顔になる。
「ソフィア!ここにいたのか!これを見てくれ!」
そう言ってルードは右手首を見せた、そこにはあるはずの黒い紋様がない。
「ルード様、これは?」
「ソフィアが来てから少しずつだが紋様が薄くなっていたんだ。気のせいかと思っていたが今朝すっかり消えていたんだ。まさかと思って両目で花を見つめてみたんだが、花が凍らなかったんだよ!」
ルードの言葉に、ソフィアもギルも目を丸くする。
「そのほかにもいろいろな植物で試してみたんだが、どれも凍らなかった!もしかすると俺の目が!氷の瞳の力がなくなったのかもしれない!」
「……本当ですかルード様!よかった!すごいです!」
喜ぶソフィアをルードは持ち上げ、クルクルと回る。
「ルード様!ルード様ったら!」
キャッキャと嬉しそうに喜ぶ二人を、ギルは潤んだ瞳で見つめていた。
「ルード様」
「ギル!」
ギルに気づいたルードはゆっくりとソフィアを下ろし、ギルの手を掴んだ。
「まだ確実とは言えないが、俺の瞳がもしかしたら治ったかもしれない」
「えぇ、えぇ!どうか、どうかその目で私も見てください。私は貴方様ときちんと目を合わせてお話しする日をずっと夢見てきました。願いがもし叶うならどうか」
「だめだ、まだ確実ではないんだぞ」
「いいえ、それでもいいのです。私は貴方様と目を合わすことができるのなら、自分が凍りついても構わないとずっと思ってきました。どうか、どうか」
涙ながらに訴えるギルに、ルードは戸惑いを隠せない。そっと横にいるソフィアを見つめ、ルードは決意したように右目を覆っていた黒い眼帯を静かに外した。
「ギル」
「ルード様……あぁ、ルード様!」
ギルの瞳には不安げな顔をするルードの顔が映っていた。ギルは凍りつくことなくじっとルードを見つめ、その瞳からは大粒の涙が流れ落ちる。
「ギル、ギル!お前にはずっと苦労をかけたな」
「ルード様!……そんな滅相もない!貴方様とこうして両目を合わせてお話しすることができるなんて……」
そのまま泣き叫ぶかのようなギルを、ルードがしっかりと抱きしめる。その二人の様子を、ソフィアも涙を流しながら見つめていた。
その後、万が一のことがあってはならないと黒い眼帯を完全に外すことはなかったが、少しずつ眼帯を外す時間を増やし、最終的にルードは眼帯をすることなく両目で全てのものを見ることができるようになった。
「これも全てソフィアのおかげだ。本当にありがとう」
「いえ、私は本当に何もしていないのですから。ルード様がこうして両目で世界を見ることができるようになって本当によかったです」
翌日、二人は屋敷から少し外れた小高い丘に来ていた。そこはシャルフ家が所有する領地の一角を一望できる場所で、お弁当を携え二人でピクニックにやって来たのだった。
「君が来てくれてから俺の世界は本当に変わった。すべてが輝いて見える。ずっと暗がりの中にいた俺を光のある場所へ連れ出してくれたんだ。君には感謝しかないよ」
ルードは両目で見れるようになったことでさらに自信を強めたのだろう、元々できる男ではあったが仕事はさらに順調になり、ルードと遠慮がちに距離をとっていた人間とも良好な関係を築けるようになっていった。
「氷の瞳の力がなくなったとたんにすり寄ってくるような貴族やご令嬢がいるのは正直いってうっとうしくてならないけれどね」
苦笑混じりにそういうルードを見つめ、ソフィアは心の中で静かにため息をついていた。
(氷の瞳の力が無くなったのだから、これからルード様はさらにたくさんの広い世界を見ることができる。誰とでも目を見て話すことができるようになったのだから、もう私はルード様のそばにいるべきではないのに)
ルードはソフィアのおかげで見える世界が広がったと言ったが、ソフィアもまたルードによって見える世界が広がったことを実感していた。義父の家では侍女のような扱いをされ外とは一切関わりを持たされることもなく隔離されていた。だがルードと出会い、ルードによって外の世界と関わりを持つことができた。屋敷の外に出て、街へ行き色々な人々と話をする。知識も増え、自分の中の世界が大きく大きく広がったのだ。
それでも、自分のような人間はいつかルードのそばから離れるべきなのだとソフィアは思うようになっていた。ルードには自分はふさわしくない。だがそれを自分から言う勇気が出せない。いつか言わなければと思いながら、ずるずると先伸ばしにしている自分のこともソフィアは許せなかった。
「ソフィア?顔が暗いけれどどうかしたのか?最近少し塞ぎ勝ちに見えるけれど、もし何か心配ごとがあるなら言って欲しい。俺は君の役に立ちたいんだ」
ルードはそう言って静かにソフィアの両手を掴む。その手はとても暖かく、ソフィアを見つめる瞳はとても穏やかで優しい。とても愛おしいもの見つめる瞳で、今まで氷結辺境伯などと呼ばれていたのが嘘のようだ。
(あぁ、ルード様は本当になんてお優しい方なのだろう。こんな私にまで心を尽くしてくださる)
優しくされればされるほど、自分はここにいるべきではない、こんな素敵な方の隣にはもっとふさわしい女性がいるべきた、いつまでもぬくぬくとルードの優しさに甘えているべきではない、そう思えてしまう。
「ルード様、私は……」
「クエエエエエ!」
意を決して口を開いたソフィアの声がルードに届く前に、ルードへ手紙が届いたことを告げる伝書魔鳥の声が響いた。
「なんだ、伝書魔鳥が俺の元へ直接来るなんてよっぽど急ぎの手紙なのか?」
ルードが伝書魔鳥の首にかかった手紙を取って読み、そしてすぐに顔をしかめた。
「……君の義父上からの手紙だ。明日こちらに来るらしい。君も一緒に同席してほしいとのことだ」
嫌な胸騒ぎがして、ソフィアは胸元の服をぎゅっと掴んだ。