短い話置き場

「天使と悪魔」

🟦🏺

ハロウィンの仮装のはずが本当にその人外になってしまう話

その日、ハロウィンを目前にしたロスサントスはそこらじゅうが朝からお祭り騒ぎだった。

「住民が仮装ではなく実際にその怪物に変身する」という市からのサプライズイベントが発生したのだ。街はまさに魑魅魍魎の百鬼夜行。調子に乗った車が激突し中から転げ落ちるのは肌までちゃんと灰色のゾンビ、そこに狼男と魔法使いが野次馬に来て、助けに来た救急隊もミイラ男というテーマパークのイベントショーのようだった。

青井が起きると、警察署の中はB級映画さながらの様相を呈していた。

まず「おはよう」と声をかけてきたのはいつもより少し線が細くて凛々しい顔、そして尖った耳のエルフになったまるんだった。

まるんから事情を聞く間にもキュートなリアル猫耳＆尻尾を生やしたメイド服のおじさんと、全身がモフモフの猫獣人になった猫マンゴーが廊下を走っていく。

取ってつけたような猫耳はケモノ化としてけしからんが、猫マンゴーは完璧すぎる。後でモフモフさせてもらおうと思い、説明してくれたまるんに礼を言って青井は署内を見て回ることにした。

署長は頭だけが玩具のマスクのような馬になっており、「なぜそこが採用されたんだ、おかしいだろ」と嘆き悲しんでいる。皇帝は高そうな王冠にベルベットのマントと王笏を持って哄笑しており、その横のミンドリーは額に御札が貼られているのでキョンシーだろう。

よく見ればみんなその人にちなんだものか、何かしら近しい姿になっているようだ。ひのらんがいたらどうなったのだろう、と青井は一瞬気づいてしまい考えるのをやめた。首から下は女性、頭は生のタコス、は新しい都市伝説にもほどがある。申し訳ないが今日だけは出勤してこないことを祈った。

「らだお！らだおはナんなの？」

その毛並みがみんなに大人気で、撫でられるのにほとほと嫌気が差していた猫マンゴーが寄ってくる。先ほど探偵の格好のキーモットに毛並みと逆に撫でられて強烈な猫パンチをかましていたが、青井の前では素直に頭を差し出す。それではと遠慮なくナデナデすると嬉しそうに喉を鳴らしている。

「そうなんだよね、俺、どこか変わってるところある？」

自分の視界から見る身体も、変化があるようには見えなかった。猫マンゴーは青井の身体をぺたぺた触り、首を傾げる。

「ンー、わかんなイ」

「そっかぁ」

もしや鬼面を取らないとわからない顔の変化か。それならば人前で取るのもはばかられる。顔を突き合わせて確認するなら恋人とが良い。名残惜しいが猫マンゴーに別れを告げ、青井は湧き上がる署内を見回す。

そこらじゅうで記念撮影をするお祭り騒ぎの人波の中に、しかし目当ての人間が見つからない。たまたま居合わせた彼の上司に声を掛ける。

「キャップ、つぼ浦は？」

「ん？出勤はしていると思うぞ」

キャップは青井への返事もそこそこに、「リアル猫耳エグい！！」と悲鳴を上げた服を着た等身大ペンギンをロケラン片手に追いかけていく。おそらく本人は気づいていないが尻尾でスカートが持ち上がっており、ドロワーズ（おじさんのドロワーズは悪夢でしかないが、かといって股引でも決して見たいものではないので間を取ってかぼちゃパンツかもしれない）が思いっきり見えており後ろ姿が地獄だった。

青井は鬼面を取ってみようかと更衣室に向かった。ドアを開けようとしたときに、中から「あ゛～～～」という聞き慣れた声がした。

静かにドアを開けるとつぼ浦が向こうをむいて床であぐらをかいている。アロハシャツは半分脱げかけており、キレたバナナの並ぶ背中からは小ぶりのコウモリのような黒い翼が生えている。

「誰だ……あ、アオセン？」

振り向く頭には２本の赤い角が生えているし、よく見ればズボンからは先が尖ったつるりとした赤い尻尾が飛び出している。

「ああ、なにそれ、悪魔？」

少し笑いが出てしまった。本から出てきたような悪魔の格好をしてつぼ浦は困り果てていた。

「そうなんすよ、起きたらいきなりコレで。翼つっかえるから服着れなくてどうしようかと思って」

とっくにTシャツは脱ぎ捨ててある。健康的な肌に残る昨夜の痕。嫌がるので服を着ていたら見えるところには残さないが職場で服を脱ぐとは聞いていない。本人に自覚があったのかはわからないが更衣室にこもっててくれてよかったと青井は安堵のため息をつく。

「仕方ないんで穴開けるの手伝ってくれませんか」

「いいの？」

「ハイ、365着あるんで」

ハサミを手渡され、つぼ浦の背後に立ってアロハシャツを持ち、大体の位置をジョキジョキと切っていく。365着あるとはいえ、いつも見慣れている服を自分の手で刻んでいくというのは少し気が引けた。

「悪魔って言ってもなんか小悪魔っぽいね」

「そういうもんなのか？大悪魔はやっぱ違うんすかね」

「んー、ヴァンさんとかなんじゃない？」

「半チャーハンか、チクショウ納得だぜ」

Tシャツまで位置をあわせて穴を開けるのが難しかったので、つぼ浦はアロハシャツ一枚で過ごすことになった。ちゃんとボタンは締めてね、と青井に言われ最初は怪訝な顔をしていたが、「ギリ見えそうなところにつけちゃった」と胸元を指さされ真っ赤になってボタンを一番上までしっかり締めている。

その爪はツノと同じく血を塗ったかのように赤く、見慣れた横顔と、人生でマニキュアをつけることなどないであろう指先のギャップで青井はいっそう目のやり場に困る。服など布だと思っていたが、好きな人が普段と違う格好をしているというのは毒だ。

「で、アオセンはなんなんだ？」

まだ少し顔が赤いつぼ浦は、仕返しとばかりにその赤い爪で青井を指差す。一番上まで締めたものの、やはり息苦しくて一つだけはボタンを外した。

「そう、俺何なの？誰からも言われなかったんだけど」

鬼面を外す。そのままつぼ浦の顔を覗き込めば、つぼ浦は急に顔をしかめた。

「ウワッまぶしっ」

「えー？」

たしかに頭の後ろから光を感じ、青井は奥の鏡を見る。頭には光輪があった。それに気づいた途端、背中から鷹のように凛々しく白鳥のように優美な一対の白い翼が現れる。いわゆる「天使」というものだ、とどちらからともなく理解した。

「ええ～、そういうガラじゃないけどなぁ」

翼を開いたり閉じたりしながら青井はため息をつく。翼を纏い後光を受ける青井は宗教画のようで、急に遠くに行ったようなその静謐な美しさにつぼ浦は思わず息を呑んだ。

「鬼、じゃないんすね、そんなお面なのに」

「まるんもエルフだったからわりと仮装の判定がガバなのかもしれない」

「虎縞のパンツ履かなくていいんすか」

「だから鬼じゃないって」

抱えた鬼面を横目に青井はもう一度ため息をつく。つぼ浦が翼に手を伸ばすがそれは実体がなく、掴むことができない。それに青井が気づけばやがて翼は消えてしまう。

「消せるの便利やん」

「とりあえずやっときましたみたいな変化ずるいぞ、俺なんか一張羅を犠牲にしたのに」

「365着あるんでしょ」

「俺ともなると全部が一張羅だぜ」

減らず口を叩きあう。青井は嫌がっていたが、光輪で淡く浮かび上がる顔につぼ浦はつい目を取られる。何より自分が悪魔で、対応課の青井が天使というのがさもありなん。そこでつぼ浦は思いつく。

「アオセン天使ってことは、二人でそそのかしたら行けるんじゃないすか？臨時ボーナス」

「コント・天使と悪魔、みたいな？」

「さすがだな、話が速いぜ」

「え、やだよ俺、どうも天使です～とかいって入っていくの」

正直なところ、つぼ浦以外にはあまり見せたくない気持ちが青井にはあった。しかし仲間のために空で頑張るこの人が守護天使でなくて何だというのかとつぼ浦は思った。

「てかアオセンそれ飛べないんすか？」

そう空だ、この人が映えるのは。このくだらないイベントが少しでも心を汲んで青井に翼を授けたのなら、飛ぶところを見たい。つぼ浦の提案を受けて青井は首を傾げる。

「どうだろう。お前……は無理そうだな」

「ああこれまじで飾りっす、全然動かん」

そのへんも小悪魔っぽいんだよなぁ、と青井は笑った。

互いに手を引き引かれ屋上へ向かう。雑に塗りつぶしたように青い空が二人を迎える。

「どうっすか、飛べそうっすか？」

「そうは言ってもどうすればいいんだ」

翼は自分の意志を聞きはする。とりあえず大きく広げ、羽ばたきと同時に床を蹴った、途端に信じられないほどの力で青井の身体が浮いた。

「え、うわっ、つぼ浦！！」

「アオセンまっ、て……！！！！」

飛びかけた風船を取り戻すように、伸ばされた腕をすんでのところで捕まえた。だがそのままつぼ浦の足も浮く。

「ギャーーッアオセン、離すんじゃねぇぞ！」

「むりむり怖い怖い怖い！！」

つむじ風に巻き上げられた木の葉のように、見る間に身体が空に吸い込まれていく。見上げれば宇宙まで繋がる上限を知らない青が口を開けている。そのぞっとするような威圧感に互いを引き寄せて抱きしめ合う。

見る間に上空200フィート、ヘリなら見慣れた高度。だが足の下には何もなく、煤けた街がジオラマのように並ぶばかりだ。鉄の機体に守られていない高さがこんなにも恐ろしいのかと青井はわずかに震えた。

「あ、あ、アオセン、降りられるよなこれ、大丈夫だよな？！」

つぼ浦の切羽詰まった声で青井は我に返る。青井にぎゅっとしがみつく姿は木に登って降りられなくなった猫のようだ。丁寧に小悪魔の尻尾まで足に絡みついている。

「た、多分……鳥ってどうやってるんだろう」

「鳥はそんな事考えたことないと思いますよ」

「じゃあ考えないほうがいいのか」

「チクショウそういうわけじゃ……ウワーーーッ！！」

青井が目を閉じ重力に身を任せれば、頭からすごい速さで警察署の屋上目指して落ちる、もとい飛んでいく。激突する直前で白い翼が大きく開き、それまでの勢いを殺してふわりと降り立った。つぼ浦は久しぶりの地に足がついた感覚に感謝しながら命からがら抱きしめていた体を離す。

「し、死ぬかと思ったぞ」

「なんかわかった、こういうの感覚のほうがうまくいくわ」

腰が抜けてへたり込んだつぼ浦を尻目に、青井は興味深そうに翼を動かしている。この空の悪魔はこんな取ってつけたものでも飛べるのか、とつぼ浦は感心を通り越して少し呆れた。

「さすがっすね」

「ちょっと試してみるね」

そう言うが早いがとんっ、と軽く屋上を蹴り上げてまた羽ばたいていってしまう。取り残されたつぼ浦は屋上にぺたんと足を投げ出してその姿を見守った。

かなしからずや空の青、海の青にも染まらず飛んでいく白い翼を見て、不意に胸が痛む。すぐにそれが寂しさであると理解した。空の青と一人じゃれ合う青井は綺麗だが、やはり嫌だなとつぼ浦は思った。

戦況を解析し現場を掌握する守護天使の孤独と責務は如何ほどだろうか。それに彼はすぐに調子に乗る。その手を引いて人間に引きずり下ろすのは多分、それが悪魔の役割だ。

ひとしきり飛び回ってやっと降りてきた青井に、つぼ浦は手を差し出した。

階下では相変わらずのリアルすぎる仮装パーティーが続いていた。わいわいと騒ぐ同僚たちを見て、つぼ浦がはっと気づいて青井を見やる。

「そうだアオセン、本題を忘れてた」

「なんかあったっけ」

「臨時ボーナスっすよ！ちょっと署長そそのかしてきます」

「あ～今日馬だったから駄目じゃないかな」

「じゃあ試しに念仏でも唱えてきます、ちゃんと聞こえんのかな」

実は般若心経得意なんで、といってつぼ浦はウキウキと階段を駆け下りていく。残された青井は廊下の壁に寄りかかって署内を見渡す。

狼男になった狼恋が力を制御できずに窓ガラスをぶち割ってしまい、上官たちに怒られながらほうきで破片を回収している。エントランスの方からキャップの怒声とともにロケランの発砲通知、そして爆音、そして成瀬力二のダウン通知が滑らかに流れる。

破茶滅茶な署内の様子を見て、鬼も良かったかもしれない、と青井は思った。

虎縞のパンツは嫌だけど今日ばかりはいつもの誰かさんみたいに無礼講で、道行く全員を棍棒でぶん殴るのも良かったかもしれない。イベントにかこつけてにじみ出すなら行儀の良い善性よりも、隠し持った凶暴性のほうがいくらか胸がすいただろう。

今からでも遅くない、刀の峰打ちならしばきまわっても怒られないだろう、と思ったところに邪悪な笑顔のつぼ浦が小走りに戻ってきた。

「念仏効いたぜ」

「効いちゃいけないんじゃないか、馬だったら」

「俺はこの警察の馬なんだァってやさぐれてたから、一緒にそそのかして臨時ボーナスふんだくってやろうぜ。アオセン天使役な」

いいながらつぼ浦は青井の手を掴み、ぐいぐいと引っ張る。その力でついよろめくが、青井は逆につぼ浦の手を引っ張り返した。

「悪魔楽しい？」

下から覗き込み、数歩前に出ればつぼ浦は押されて下がる。この宇宙に近い空の色の目をした先輩が何を考えているのかわからないまま、背中が壁にぶつかる。

「ああ楽しいっすよ、」

ふわり、白い翼が二人に覆いかぶさる。その美しさに気を取られた瞬間頭をぐいと掴まれ、青井の顔が目前に迫る。なにか言おうとしたつぼ浦の口を青井は強引に塞いだ。

周りに人の気配はすれど、美しい翼の下で何が行われているのか見ることはできないだろう。だが人の気配に怯えて震えるつぼ浦の、その薄い唇を青井はゆっくりと貪りながら舌でこじ開ける。

「……ッは、アオ、セ…ン」

息継ぎにと口を離せば少し涙を浮かべた上気する顔があった。こんな顔を青井に見せるのは構わないが他人には見せるのをとても嫌がるし、何より青井だってそれは嫌だ。だが今は押さえられない加虐心のほうが勝った。

少しだけかかとを上げ、掴んだ手に指を絡ませ壁に押し付け、角度を変えればたまらずつぼ浦は口を開く。逃げる舌を追いかけ、溢れる唾液さえも飲み込む。小さく漏れる声も愛しい。

不意に電子音がしてコンビニ強盗の通知が入る。署内がわっと湧き上がる。「イベントテロ罪だ！先に捕まえたやつが総取りだ！」という声が響き、何人かのふざけ散らす慌ただしい足音、そして無数のサイレンが遠ざかっていく。

急に静まり返った廊下に生々しい口づけの音と、つぼ浦の押し殺した喘ぎが響く。

ふわりと翼が消えれば溶け切った顔のつぼ浦が荒く息を吐いている。その焦点の合わない目が満足げな青井の顔を捉え、どちらのものとも知れぬ唾液の伝う口を押さえてキッと睨みつけた。

「あ、悪魔！アオセンのほうがよっぽど悪魔だ！」

「やっぱ天使ってガラじゃないわ」

からからと笑うと、青井はまだ怒声を上げようとしていたつぼ浦の唇をもう一度軽く塞いだ。

ーーーーーーーーーーー

ハロウィンといえば何やってもいいと思って書いた話

実際のところつぼ浦が撲殺天使で、青井が空の悪魔なんですよね。うわべだけでも逆になるのも良いなというアレ。

どちらかといえばブロマンス的な方が好きなので（私が）、二人きりのときはイチャイチャしてるけど、仕事では恋人＜仲間として普通にやり取りしてるけど、ふとした時に手が出ちゃう関係が好きです。