「図書室でのお話」
もうすぐ日が沈む夕暮れの時間に一人の男が図書室の窓に向かって静かに寝息を立てている。
「これ…起こしたほうがいいのか?」
司書さんが早く起こせと言わんばかりにこちらを睨んでくる。
気持ちよさそうに寝てる人を起こすのは少し気が引けるがそろそろ図書室も閉まるし起こすかとすまない先生の肩を叩く。
「…う、ん…なに…」
数回瞬きしてもまだ少し寝ぼけているようだ。
「ここ図書室ですよ…」
銀さんが呆れたように言うとすまない先生はハッと身体を起こした。
「え?なに?どういうこと?」
「寝ぼけないでください…すまない先生は図書室でうたた寝してたんですよ…」
少しだけ周りを見渡すとすまない先生が座っている机には本が山積みになり置いてあった。
「起こしてくれたのかい?ありがとね…」
すまない先生がばつが悪そうに頭を掻く。
「寝不足ですか?」
「悪夢を見てね…よく眠れなかったんだ。」
いつもあんなに明るい人からは聞けないような言葉に俺は思わず聞き返してしまった。
「悪夢?」
「あぁ、凄く恐ろしい夢をね」
夢の内容を聞こうとしたが人の話にあまり突っ込むのも良くないと思い、俺は聞かないようにした。
「どの本のページだっけな、どの本かに重要なセリフがあった気がしたんだけど…」
先生はため息をつく、目当ての本をパラパラとページをめくり、何かを探してるようだ。
そんな先生の仕草に銀さんは何を調べているのか聞かずにはいられなかった。
「何を調べてるんですか?」
「ん?…あぁ、とある国の昔話だよ。」
先生は探すのを諦めたのか、本の山を戻しうんと伸びをした。
「昔話?」
不思議そうに尋ねる銀さんに先生は小さく鼻で笑った。
「そう、昔話だよ……」
何処か遠くを見るような目で、本の山をぼんやりと見つめていた。
先生のその横顔がほんの少しだけ憂いを帯びてるように見えたのは気のせいだろうか?
銀さんはじっと先生の横顔を見つめる。
先生の青くアクアマリンのような瞳は、いつものような輝きはなく、光を失ったように曇っている。
┈┈┈なにか様子が変だ。
銀さんは先生の内心が分からずただ黙っていることしか出来なかった。
図書室に午後六時の鐘が鳴り響いた。
先生は急に我に返ったように、いつもみたく明るい声で
「さてと!僕はこの本達を片付けたら帰るよ!」
と言って、机に置いてある本を手に大量に抱え奥へ奥へと歩き始めた。
銀さんも本を手に取り、先生の後に続く。
「あ、そうだ!君は知ってる?」
先生は銀さんに背を向けたまま喋りかける。
「何をですか?」
「悪夢を見ないようにするにはどうしたらいいのかとかさ」
先生が急に話題を戻すので銀さんは、先生が言わんとすることが掴めず目を見張った。
その間にも先生は手を止めずに一冊一冊丁寧に本を棚に戻していく。
銀さんは何も答えずに先生が直していく本のタイトルを目で追った。
一見、関連性のないタイトルばかりが続く。
先生の業務には全くもって関係のないような書物ばかりであることは明白だ。
(この人は何をしようとしているんだ?…)
「……さっきの先生の質問…俺に分からないです。」
先生は本を戻す手を止め、銀さんの顔を見る。
「俺は先生のこと、何も知りませんから。」
先生は銀さんのことを深く知っているが逆に銀さんは先生のことを何も知らない。
知らないというより先生から直接聞かされるようなことでもないし、銀さんとて先生のことを知りたいなんて思ったこともあまりない。
何処で生まれて、何処でどんな風に暮らして、今いくつで、何を考え、何を思って生きてるのかさえも当然分からない。
銀さんの当たり前の回答に先生は申し訳なさそうな顔をして
「そうだよね…すまないね!変なこと聞いちゃって…」
と、銀さんの肩をポンと叩いた。
「邪魔して悪かったね!僕は先に帰るから!」
そう言って先生は図書室から出ていった。
そして、先生の姿が見えなくなった後、銀さんは先生が戻した本の表紙を目でなぞった。
(あの人は何を考えていたんだ?…)
あの人の心の内には何かある。
銀さんは、漠然としたよく分からないものがあると、そのままにしておけない質(たち)で、自身がここに来た理由を忘れ、先生が棚に戻した本を引き抜き、近くの椅子に腰を掛けて読み始めた。
(…先生は何処から来て、何処へ行こうとしているのか)
先生の言動の理由が知りたい。
その答えは多分自分の近くにあって、でも、とても遠く、簡単に手が届かない場所にあるような気がした。
しかし銀さんはその難題を少し面白く感じていた。
銀さんは何から手を付けるかと、本から目を離し、顔を上げた。
❦ℯꫛᎴ❧