コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私たちの住む京都から
小一時間ほどの郊外の地に
「リバティ・トラスト」の宗教施設はあった
ホームページで下調べをしていたのに
正面玄関を入った瞬間
私は驚きに目を見張った
メインの建物は競技場ぐらいの大きさがあった
「すごいわね・・・・」
私は言った
「駐車場だけでも何台停められるのかしら・・・」
「2千台は行けそうだねこれぐらいの規模は
いくら君の強欲親父でも建てられないだろうね」
駐車場の中を運転しながら俊哉は言った
いちいち父を比較に出すのをやめてほしいと
思ったが口に出すとまた機嫌が悪くなるので
私は言わせたままにしていた
建物の中に入るとその壮大さにまた驚いた
ロビーには巨大な
LEDスクリーンがでんと構えていた
高さが4メートルもあろう
キリスト像が真ん中にある入り口から
礼拝堂に入って行くと
そこには沢山の人が溢れていた
まだセミナー開演時間には早く
そこいらで人びとが立ち話をしている
玄関口のホールには一山大善の関連書籍や
法話DVDが所狭しと並べたてられていた
聞いた所によるとリバティ・トラストは
健康と富を心棒するところに賛否両論があると
のことだった
つまり経済的困難に陥っている信者こそ熱心に
成功を祈らなければならないということだった
私にはそのことで議論ができるほどのまともな知識な無い
でもこのように信仰が
巧みにパッケージ化されて
マーケティングされているのを見ると・・・・
俊哉には悪いけど本能的に
不信感を抱いてしまう・・・
とはいえここに来ている人達を見渡してみると
みんな幸せそうだった
私は俊哉に言って化粧室に向かった
鏡の前で念入りに化粧直しをする
俊哉に殴られたあざはずいぶん
薄くはなったものの、まだ内出血の
後が目立つので、数時間置きに
コンシーラーを叩きこんで隠していた
そして後で気づいたのだが掴まれた
二の腕の青あざも隠れるように
カーディガンを羽織っていた
彼に殴られたあの事件から
自分が心底笑っていないことに気づいていた
むしろ小さく微笑んだ
作り笑いが得意になっていた
私はセミナー中、終始ガラスでコーティングされたような作り笑いを浮かべていた
セミナーの後は近くに座っている数人の人と椅子を輪に囲んでディスカッションが行われた
私と俊哉は二つのグループに分かれてディスカッションをした
見ず知らずの赤の他人だからかえって良いのかもしれない今セミナーで感じた事などをお互い話し合った
私はセミナーの中の「縁起の理法」が
心に残ったと話した
全ての今の出来事は過去に必ず
原因があるというものだ
私は裕福だけど両親の愛を感じない家庭に
育って、幼少時代に寂しい思いを
していた事を素直に話した
偶然私の向かいに座った男性が親身になって
頷いて同情してくれた
とても良いディスカッションだと思った
見ず知らずの人々の話をこんなに親身に
なって聞いてくれるなんて
自分の心を見つめそして私も色んな人の意見や
体験談を聞いて自分の心を見つめる機会が出来た
そして最後はみんなで笑顔で
ここまで頑張ってきた自分と
このディスカッショングループの人達に拍手した
ディスカッションの後私はトイレの帰り道
なんだか興奮気味の私は
あまりにも大きな施設なのでヘンな道にそれて
施設の中ですっかり迷子になってしまった
私は廊下の所々でおしゃべりしている人々の横をさりげなく通り過ぎ俊哉を探した
大階段を下りてバルコニーのある大広間を抜け
施設の端から端まで続いている
明るく照らされた広い廊下を進んだ
たしかこの先にさっきまでいた
セミナー会場があるはす・・・・・
でもどうしてここはこんなに広いの?
どうやら自分がヘンな道にそれて
遠回りをしてしまったようだ
私は近道を探してテラスから庭を見渡した
たしか駐車場からセミナー会場が見えたはず・・・
私はテラスの手すりにつかまって中庭を見つめ
方向だけ定めたら
冷え冷えとした夕闇の広い芝生に出た
芝生の端の小道に沿って裏側からセミナー会場に入ろうと道を進んだ
すっかりあたりは暗く
人っこ一人いなかった
迷路の様な美しい手入れされた生垣に
しばらく目を奪われながら進むと
大きなあずまやが出でてきた
真っ白な建物からは何やら人のうめき声の
ようなものが聞こえた
私は恐ろしさと好奇心の狭間に揺れ
その中を覗いてみる事にした
「何をしているんですか?」
真っ白な建物の前に異様なキリストの
ステンド・グラスが入った玄関口で
誰かに呼び止められた
背の小さい長髪を後ろでくくっている男性に
声をかけられた
「ここは関係者と出家者以外
立ち入り禁止ですよ」
外見は上品そうに見えたが白の作務着を着て
頬はやせこけ眼光は鋭かった
「あ・・・・あの・・・・
ごめんなさい道に迷ってしまって・・・」
その男性の目は冷ややかな黒い瞳で
いかにも私を咎めているような空気を
醸し出していた
「セミナーにお起こしになられた方ですか?
それならばあそこの小道を迂回して
表駐車場から会場にお入りください」
「は・・・はい!
すみませんでした 」
私はそそくさとその場から逃げ出した
いったいあの白い建物の中では何が行われていたのか考えながら・・・・
帰りの車内では俊哉の不機嫌は頂点に達していた
そして家に帰るなり玄関でいきなり彼に
背中を突き飛ばされた
私は恐怖のあまり呆然としていた
俊哉の言い分はこうだった
誰彼構わずに出会った男たちに
色目を使うんじゃない、男を挑発するような
言葉を口にするんじゃない
微笑むことも、首をかしげることも許さない
俊哉の非難は延々と続いた
私は恐怖と信じられない事に
自責の念に打ちのめされた
俊哉の言うとおり私は無意識に男性を
挑発していたのだろうか
半年以上も俊哉以外の人とかかわりを
持っていなかったのでたぶん彼がとがめるような事を無意識にをしていたのかもしれない
学生時代に駅ですれ違うの男子校の男の子から
しばらくの間モテていた事を思い出した
友人は私の微笑みはセクシーで彼らを
魅了しているとよくからかわれた
私自身はそう言われる理由がわからず
当惑したものだった
今彼は炎のように激怒している
「君は俺のものなんだよ!
リンリン!
俺一人のものなんだ!」
俊哉は激しい叱責を繰り返す
「他の男に媚びるようなまなざしを向けるのを
俺は黙って見過ごすつもりはない
君は決して俺から離れられない
自分一人では生きていけない女なんだ
君には俺が必要なんだよ 」
そうして俊哉は私の首に手をかけ
荒々しく抱き腰を振り続けた
私はそれは警告だとハッキリわかっていた
自分がもっと強い人間だったらと
どんなに思ったことか
だが私は実家からも見放され人生経験の
乏しい世間知らずの小娘にすぎなかった
ますます自分が卑小な存在になっていくようだった
俊哉は私を養い、面倒を見て、私のかわりに
あらゆる決定を下すのが夫たる彼の
役目だと思い込んでいた
冷ややかな夜の海のような真っ黒の瞳を見て
彼が本気でそう信じているのがわかった
利口で人を巧みに操り
彼は完全に私を支配していた
しかし屈辱的に
激しく体を痛めつけられた後は・・・・
不思議なほど彼は穏やかで優しくさえあった
まるで何事もなかったかのようにふるまった
彼にとって妻を懲らしめるのは
夫の当然の権利にすぎなかった
妻に物事をわからせるのはそれが
唯一の方法だと思っているようだ
愛しているなんてどうしていえるのだろう
まるで私を憎んでいるように
ふるまったあとで・・・・・
結婚して二年目に突入しようとしていた頃
俊哉は私たちの間に異様に子供を欲しがった
それは私の兄、俳優の櫻崎拓哉に第一子が生まれたと報道を見てからだった
私は兄に祝福の連絡をしたかったけど
以前に兄に車をねだったまま身内の
葬式にも行けずじまいで連絡が出来ていないので
後ろめたい気持ちがあったからだった
「今のうちの経済状態で
子供が出来たら生活はとても苦しくなるわ」
俊哉はいつものごとくビールを飲みながら言った
「それは大丈夫だよ
櫻崎の子供が産めるのはお前の兄以外にも
いるって事をあの強欲な父親にわからせてやれよ」
この頃から私はなんとか家計をやりくりして
へそくりをつくりそれで毎月婦人科で
ピルを処方してもらっていた
子供が欲しくないからだ
俊哉の言動を聞いているといくら私が子供は
欲しくないと言っても、このままでは無理やり
犯されて妊娠させられてしまう
私の気持ちなどおかまいなく俊哉がただ子供を
欲しがっているという理由でだけだ
彼は子供をだしに櫻崎家からお金をせびろうとしているのかもしれない・・・・
彼は今だにこの結婚に援助してもらえない櫻崎家を憎んでいた
家を買うお金すら出してもらえない
父や兄をしょっちゅうなじった
彼は私たちの未来の子供を櫻崎家から金をせしめる道具としか考えていないのではないかとさえ思う時があった
もちろんきっと私が泣きついていけば父も兄も
援助はしてくれるだろう・・・・
でも一回ダムが崩壊してしまえば俊哉は
なんでもかんでも櫻崎家に頼るようになるだろう
ただでさえ兄より出来の悪い娘が
また金のかかる厄介ごとを
持ち込んでしまうのだ
しかし私にも小さなプライドがある・・・・
やはり俊哉と結婚して
立派に暮らしているといつか
家族に誇らしく思ってほしかった
そして何より恐れているのが・・・
俊哉はきっと子供を殴るだろう
彼の世話も満足に出来ないと叱咤される毎日で
子供まで産んでしまったら
彼の世話どころか育児なんかとても出来そうにない
そして子供は所かまわず泣くし汚す・・・
それで彼は癇癪を起すに違いない
私だっていつかは子供が欲しい
でも今の状態で手のかかる赤ん坊を家に迎え入れる事は考えられない
手のかかる夫の面倒を見るので精いっぱいの今は・・・
想像しただけでガタガタ体が震える
俊哉が絶対空けないキッチンの隅の食器棚を
開ける、奥に隠してあるピルを
ひと月分まとめて包装されている
シートから一粒取り出して
水も飲まずにかみ砕く・・・
万が一、彼に隠れてピルを飲んでいることが
バレたら恐ろしい事になる・・・・
でもこの行為は今や私にとって唯一
自主性を失なわずに意思を通すことが
できる行動だ
私は思った
なんとしても今は妊娠したくないと・・・・
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
付き合い始めた頃は一緒にいるだけで楽しかった
しかし最近は俊哉の機嫌が悪い日の方が
良い日よりはるかに多く
休みの日は午前中から彼はビールを
煽るようになっていた
どうすればこの状態を改善できるのか
まったくわからない
でもたぶんこれは私のせいだろう
他の夫婦の結婚生活はこんなものではないはずだ
普通の妻ならば夫が次に何を欲求してくるかと
常にビクビクして家で用心深く
行動することもない
私の実家だって家庭は主に母が仕切っていて
普段は母が自分の好きなように家庭を
切り盛りしていた
父はその事にいちいち口を出すことはなかった
彼は私との結婚生活に自分が抱いていた何かが
欠けているのが気に入らないようだ
ある日彼は私に言った
「俺たちに子供ができたら
親父さんに孫を見せに行こう
さすがに親父さんもせっかくできた孫に
いつまでもチンケなアパート住まいを
させているなんて世間体が悪いからな
そうなったらあのケチな親父さんも
何かしらの金をくれるはずだろ?」
「私・・・・
実家にはあまり頼りたくはないわ
それに・・まだ子供は早い気がするの」
その瞬間俊哉が缶ビールを冷蔵庫に投げつける
その音が「バシッ」と銃声のように聞こえる
あまりの驚きに血の気が引く
「自分以外の人の気持ちを少しは考えたことがあるのかよっ!」
「俊哉・・・・ 」
心臓がバクバクして冷汗が出る
こんな風に面と向かって男の人に
怒鳴られるのは死ぬほど恐ろしかった
「いつだってお前は自分のことばっかり!
どうしてそう我儘なんだよ!
何様なんだ!お前は!え?
子供を作るのもお前にわざわざお伺いを立てないといけないのか?」
体中のあらゆる細胞が拒否反応をしめす
恐ろしさで言葉がどもる
「わ・・・私は・・・べつに・・・
子供は欲しいけど・・・
まだ早いって・・・言うか・・・ 」
「今月の生理は?来たのか? 」
「え・・・・ええ・・・・ 」
彼は「チッ」と口を鳴らした
私は顎が緊張でこわばっていた
初めて殴られたあの日以来彼が癇癪を起すと
頭の回路がショートしたみたいに真っ白になる
そして体が粉々に砕け散ってしまう気がして
訳もなくガタガタ震えてその場から
動けなくなってしまうのだ
「次の生理が遅れたらすぐに病院に行けよ!
まぁ・・・
どうしようもないお前でも母親になったら
ちょっとはまともになるだろうしな
優しい旦那で感謝しろよ!」
私はただじっと目を見開き
彼の信じられない言動を頭の中で反復していた
赤ん坊をうちの父を操る道具
としてしか考えていない
この人の考えをどう変えられることが
出来るだろう・・・・
そしていきなり足首を掴まれて言われる
「パンツを脱げよ」
私は震えながら従うしかなかった
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
ある日の夕方私が夕食の買い物から帰ると
駐車場に俊哉の車が止まっていた
私はサァーっと背中が凍り付いた
え?平日のこんな時間に彼はめったに帰って
こないのに
彼が帰ってくる前に掃除をすればいいと
思っていたから部屋は散らかっている・・・
どうしよう・・・・
「お・・・・
おかえりなさいあなた早かったのね
具合でも悪いの? 」
玄関で靴を脱ぐのもそぞろに
彼の顔色をうかがう
驚いたことに彼の片手には缶ビールがあった
そして彼がもう片方の手にしているものを見た時
その瞬間世界がぐるりと一回転した
バレた
彼が手にしているものは引き出しの奥に
しまってあった
避妊用ピルだった
ゆらりと俊哉が立ち上がった
私は数歩後ずさりした
「今日・・・・・
早く営業が終わって帰って来てみれば・・・・」
心臓が早鐘を打っている
人が突然危険な状況に追い込まれると
脳は二つの機能を働かせる
一つは慌てふためいて現実に
対処しようとするのと、もう一つは
一歩引いて今なにが起こっているのかを
理解しようとする
「俺にずっと嘘をついていたな・・・・」
どんよりと曇った俊哉の目が獲物を捕らえた
残酷な生き物のような輝きを放っている
「それは・・・・・
ち・・・違うの・・・・・
生理痛がひどい時にも効果があって・・・」
私は額から汗が噴き出した
咄嗟に言い訳を考える
彼と出会ってから身に着けた技だ
「そりゃこんなもの飲んでいたら
子供なんか出来ないよな?
いいかげんにしろよ
どうしてそういつまでも子供みたいに我儘なんだ」
「ご・・・・ごめんなさい」
咄嗟にささやいた
頭の中ではSOSの警光灯が素早く回転している
ここから逃げた方がいいのかもしれない
「俺が子供が欲しいの知ってて
お前は俺の気持ちを踏みにじって
心の底では嘲笑ってたんだな 」
彼はこれまでと同じように
どんどん気が立っていって
我慢の限界に来ているみたいだ
怒りがいったん決壊を起こすと
それはまるで雪崩のように一気に崩れ落ちる
その合図のように
彼がソファーテーブルを蹴り上げた
ガッシャーンという音と共に
テーブルがひっくり返る
「お願い!ものを壊すのはやめてっっ」
私も半狂乱になって叫んだ
「なんでもかんでも手を抜きやがって
今回だけは我慢の限界だ!! 」
「キャッア!」
私は髪を掴まれてリビングへ引きずられた
私も我慢の限界だった
「私だって一生懸命やってるのよ!
なのにあなたは少しも認めてくれないわ!」
「俺に口答えするな!」
「私を殴りたければさっさと殴ればいいじゃない」
決して挑むような口ぶりではなかった
かといって怖気ついてもいなかった
私はもう疲れ切っていた
なのに彼は私が彼を裏切っているとののしり続けた
「甘やかれた育った我儘娘のくせに
お前はペットの犬より始末が悪い 」
ドンッとリビングの床に体を叩きつけられる
目線が彼の下半身を直撃した
あろうことか俊哉はこのシチュエーションに
興奮し勃起していた
「どうやらお前は痛い目にあわないと
いけないみたいだ
これからはしっかりと躾けてやる!」
私は逃げ出そうと咄嗟に体を起こしたが
彼に背中を踏みつけられた
彼の足が私の背骨に全体重をかけたせいで
背骨がミシリと歪んだ音を立てた
その瞬間信じられないほどの痛みが走った
あまりの痛さに息がつまり
声が出せない
彼は私のスカートをまくり上げ
パンティを降ろし
背骨の痛さでうめいている私の片足を掲げ
バックの体制で一突きで入ってきた
「ギャァ!!!!」
悲鳴ともわめきとも思えない声が出た
「痛い!痛い!やめて!!やめてったら!」
彼は挿入したまま
私のお尻をバシンッと何度も叩いた
私は逃れたくて彼の太ももをピシャリと叩いた
「うるさい!!反抗するなっ!!」
その声と同時に次の瞬間
右顎をげんこつで殴られた
耳の奥で爆発が起きたかのように
キーンと鳴り響いている
絶望感に打ちひしがれ
みるみる涙が溢れてくる
彼は激しく息を弾ませ目を見開いていた
「これは躾だ!
お前が俺に反抗的な態度ばかり取るからだ」
激しく腰を私の中へ叩きつける
「ああああっ!!」
次の瞬間失神しそうな鋭い痛みに貫かれた
体の内側の奥の方で何かが裂けた気がした
何度も叫びながら私は脚をばたつかせて
やめてほしい一心で彼を蹴り飛ばした
私の脚が彼の顔に当たりその勢いで
彼がやっと離れてくれた
それに激怒した彼が私の後頭部をつかみ
立ち上がらせて壁にたたきつけられた
後頭部が硬い壁に激突し
頭の中がホワイトノイズで満たされた
そしてもう一度反対側の頬をはたかれる
初めて私が反抗的な態度を取ったせいで
彼は怒りのあまりもはや自分の行動を制御
出来ない様だった
彼の中には怪物が潜んでいるのは薄々気づいていた
今はそいつが満足するまで
どうにもとまらないのだろう
彼の言ってる言葉はもう聞こえない
髪をつかまれ私は人形のように
そこらを引きずり回された
そしてついには玄関口で背中を突き飛ばされ
外に放りだされた
投げ出された私は硬いアスファルトの地面に
しこたま体を打ち付けた
そして彼が怒鳴る
「しばらくそこで反省していろっっ!」
ドアはバッターーーーンと
大きな音を立てて閉まり
中からガチャリッと鍵がかかる音だけが
あたりに響いた
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
夕闇がせまり・・・・・
ひんやりと闇夜とともに
寒さがあたりに漂ってきた
昼間の太陽に温められたアスファルトからは
鉄と埃の匂いが混ざっていた
いったいどれほどこの地面に
横になっていただろう
私は叩きつけられたアスファルトから徐々に
体を離し
自分がどれほど怪我を負ったのか確かめた
背骨は少し動かしただけでも痛い
そして後頭部と殴られた顎・・・・
舌を動かして歯が折れていないか確かめた
ゆっくりと起き上がり地面に座ると
子宮のあたりに激痛が走った
しかし最大の恐怖は
彼が再びドアを開けあの中に引きずり込まれることだ
とにかくここから離れなければ・・・・
私は口の中にたまったしょっぱい液体を吐き出した
それには血が混じっていた
頭の中で渦巻く暴力的な
イメージをどこかにやり
とりあえず今の自分を見つめてみた
財布もない、上着もない、スマホも、
靴さえない、
そして下着は履いていない・・・・
これではまるでレイプされた女性だ
むきだしの足をみるともう笑うしかなかった
家から放りだされた猫のように
彼に許しを請て家の中にいれてもらうのを
ここで膝を抱えて待つしかないのだろうか・・・・
私は彼にこれからも「自分が悪い」と
何度も謝り彼の機嫌をとって
暮らしていくんだろうか
そして今回みたいに殴られてボロボロになっても
まだ許してくれと懇願するのだろうか・・・・
私は疲れ果てていた
気が付くとふらつく足で立ち上がり
最後に家のドアを見つめた
「あなたなんか・・・・・
もう知らないんだから・・・・・・・」
そう言葉を吐き捨てると
私はふらふらと道路に向かって歩き出した
裸足で道路を歩くということは初めての経験だ
なんとも歩きにくかった
だから人間は靴を履くのね・・・・
妙な悟りを開いて一人むなしく微笑んだ
ゴツゴツした砂利や小さなゴミが歩くたびに
足の裏に刺さった
もしかしたら小さなガラスを
踏んだかもしれないが
そんなこと他の痛みに比べたら
どうでもよかった
こんな時に相談できる
友人などもいたら良かったのに
しかし私は友人も家族もすべて捨てて
俊哉のもとに行った
彼が幸せにしてくれると信じ込んでいた
なのでこんなことを相談できる友人など
一人もいなかった
父も母も頭に浮かんだけどすぐに
消えて行った
こんな時に私が頼りになる人物はただ一人―――
兄の拓哉だった
あの兄と弁護士のお嫁さんの弘美さんなら
この件を表沙汰にせず
きっと私を助けてくれるはず・・・・
今の私にはあの二人以外に信頼できる人はいない
京都から大阪までは
いったい何キロあるんだろう・・・
歩いたらいったい何日かかるのだろう
でも行くしかなかった
なぁに時間はたっぷりある・・・・
だって今の私には・・・・・
たった一つの真実だと思っていた愛さえも
無くしてしまったのだから
トボトボと私は裸足のまま
兄のいる大阪の方向へ歩き始めた
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
夜の闇が濃くなって
一軒家からは夕食の匂いがあたりに漂う
あ・・・あのおうちは今日はカレーね・・・・
あそこは焼き魚・・・・・
一つ一つともる家の灯りを眺めながら
ゆっくりと足を進める
どこの家の灯りも温かそうで
幸せそうだった
どこの家の窓からも小さな子供の
笑い声がこぼれて聞こえてきた
今の野良猫のような自分とは
かけ離れている世界だった
顔をあげて
夜空に浮かんだばかりの月を見上げる
とっても綺麗・・・今日は満月だわ
でもどうして月が二つに見えるのかしら・・・
そこで初めて自分の視界が
ぶれているのがわかった
どうりで斜めに歩いているわけだ
夜の闇夜にまみれて私はひたすら歩いた
ヘッドライトをつけた車が通り過ぎるたびに
私はビクッと身を震わせた
俊哉が車で追いかけて来ていないか
それだけを恐れていた
時々小さな小道を選んで歩いていたが
やはり大きな通りを通った方が
近道ではないかと思った
やがて俊哉に怪我を覆わされた
体が悲鳴を上げだした
警察に呼び止められて職務質問されたりしたら・・・
考えただけで恐ろしかった
きっと身元引き取り人は俊哉で彼は言葉巧みに
私を悪者にするだろう
そして家に連れて帰られて
今度こそ私は殺されるか
一生治らない怪我を負わされるだろう
ううん・・・
もしかしたら今そうなってるのかもしれない
数歩歩いただけで体中が痛み出す
特に背中、顎、頬がズキズキ痛む
そして股間もまるでそこに心臓があるように
ズキズキしだした
あまりの痛みに気を失ってしまうのが
怖かった、必死で左右の足を交互に
出すことに力をいれる
うつむいて顔を髪で隠して歩いた
顎の痛みは最悪だった
本当に骨が折れてしまっているのか
顎がずれてしまっているのか確かめたくても
口を少し動かしただけでも激痛が走る
とにかく・・・・・
いったんどこかに座りたい・・・・
私は明かりの灯ったスーパーの入り口に
フラフラと引き寄せられて行った
店内にはこんな格好でフラフラと
入るわけにはいかないお金も持っていないし
わざわざ人目をひくことはしたくない
ただ・・・・少し
外のベンチに少しだけ座れれば・・・・
ようやく店の外に取り付けている
沢山のガチャガチャマシーンの横に
備え付けられているベンチに
ヨロヨロと腰をかけた
途端に下腹部が痛み吐き気に襲われる
私は命綱にすがるように
ベンチの背もたれにうなだれ
少しだけと自分に言い聞かせて
目を閉じて横になった
しばらくして目を開けると
大きなクリクリとした
丸い瞳がじっと私を見ていた
「ひっ!」
私はすぐ近くにある大きな目に驚いて
咄嗟に体を起こした
次の瞬間激痛が走って息がつまった
「お姉ちゃん?眠いの?」
5歳ぐらいの小さな女の子が
私の目の前に立っていた
髪を可愛くポニーテールに結びフワフワの
シュシュを付けられている
着せられているトレーナーには
魔法少女のキャラクターが印刷されていた
そして足元には光るスニーカーが
彼女をキラキラ照らしていた
彼女が不思議そうに私に尋ねた
「眠いならおうちで寝なきゃだめなのよ?
ここはおうちじゃないわ 」
私は自分ではニッコリ微笑んだつもりだが
顔を動かした途端あまりの痛さに震えた
そのせいで隠していた髪の毛がハラりと
後ろにかかり、私の顔面があらわになった
私の顔を見てビクッとその女の子が
1歩後ずさった
しかし勇気のあるその子は恐れより
好奇心が勝ったみたいだ
「マナちゃーん!お行儀よくしなきゃだめよ!」
足早にこの子のお母さんであろう
30代の女性が駆け寄ってきた
「お行儀よくしてないとどうなるの?」
むくれて女の子が口答えをした
いちいち「どうして?」と聞く癖・・・
なんだか昔の私みたいだなと
ほほえましく思ったが
駆け寄った女性は私を見て
女の子の10倍はひきつった顔をした
そして私をながめまわしてから言った
「大変!あなた!大丈夫?
今すぐ救急車を呼びますね!」
ダメ!救急車は呼ばないで!
俊哉に見つかるとダメなんです!
ことを大事にしたくないの!
私は心の中で必死にしゃべるものの
口の呂律が回らないのか何をしゃべっているか
自分でもわかっていなかった
「は・・・・はに・・に・・れんわを・・・」
兄に電話をかけてくださいと何度も
言ってるのにこの女性はわかってくれない
でも親身になってくれたこの親子に私は
心底感謝すると同時に
見ず知らずの人にも怯え切っていた
女性は私の手を握って言った
「・・・大丈夫よ・・・・
聞こえているわ
お兄さんに電話してほしいのね・・・
かけてあげる番号は言える? 」
「へろ・・・はち・・・へろ・・・」
「0・・・8・・0・・・ね
続きは? 」
兄の電話番号はハッキリ覚えていた
どうしてかキチンと話せない私のいう事を
辛抱強くその女性は聞いてくれた
しかし私を見るその女性の瞳には
哀れみの感情が映っていた
「もしもし?ああ・・・すいません
私山中と申しまして・・・
京都の網野町の交差点のスーパー
(マルキュー)の前からかけているんですけど
その・・・・
櫻崎鈴子さんから頼まれて
電話させていただいています・・・・
ええ・・ええ・・・
妹さんで間違いないですよね」
この女性にどうして「田村鈴子」ではなくて
旧名の「櫻崎鈴子」と名乗ってしまったのだろう
でも今は俊哉に見つからずに
兄に助けてもらうことしか考えていなかった
山中さんと言う人が
早口で事情を兄に説明してくれている
すると目の前でずっと
私を見ていた女の子が言った
「ね~~ママぁ~?
このお姉ちゃん足の間から血がでてるよぉ~?」
その言葉を聞いた母親が悲鳴をあげた
「なんてこと!!もしもし?
ええ・・・かなり酷い怪我をしていて
股間からも出血していて
スカートがかなり血で・・・・・」
「どうしました?」
そこにお店の従業員が2~3人やってきた
歯を食いしばって痛みをこらえると
今度は顎に火が着いたように痛みが走る
「かなり意識が朦朧とされていて・・・」
人々が話している言葉が所々しか聞こえない
目を閉じると瞼の裏に赤い点が
浮かび上がってくる
考えが少しもまとまらないことに不安を覚える
「救急車に乗せて・・・・・」
「つきそいは・・・・ 」
「お兄さんから・・・
専属の指定病院が京都の市内に・・・」
周りにいる人の会話が途切れて聞こえる
いやっ・・・病院はいや・・・
どうしてこんな怪我をしたのかって
原因を詮索されるでしょう?
警察にも連絡がいくかも・・・
そうしたら俊哉が・・・
心では叫んでいるのに声にならない
閉じたまぶたの裏から
涙がこぼれていくのがわかった
「はい これ」
小さな女の子が心配そうに私にキャラクターの
描かれているバンドエイドを差し出た
こんな小さな女の子にも
人を思いやる心があるのに
私は何をどうして間違ってしまったのだろう
とにかく京都から離れたいの・・・
俊哉から逃げたい・・・・
兄に連絡してくれるだけでいいの・・・・
遠くで救急車のサイレンの音がしていた
どうかお願い・・・・
事を大げさにしないで・・・・
恥ずかしいから・・・・
私の事は放っておいて・・・・
どうか 放っておいて・・・・
シュー・・・・バチンッと
テレビの電源が落ちたかのように
そこから視界は真っ暗になった
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
京都でも有名な某総合病院の
ICUのVIP専用待合室は
大理石のコーヒーテーブルと
フカフカのイタリア製の皮張りのソファー
そして一人用の腰かけ椅子が
優雅にセットされていた
この病院は多額に寄付をした人に
VIP専用の対応をしていて
ここは以前から寄付をしている櫻崎家の
かかりつけ病院だった
拓哉や有名な櫻崎家の者が
この病院を利用するときは事を
大げさにしたくない時などにVIP専用の
待合室を使えることになっていた
ドラマでもよくあるどこかの病棟の奥にあって
飲み物などを提供してくれるサービスだ
一般の外来患者は決して入れない世界だ
そして今その部屋には拓哉が血の気のない顔で
待合室を檻の中のクマのようにウロウロし
さらにそれをソファーに座ってしかめっ面をして
見ている弘美がいた
二人は盛装だった
伴侶同伴のプレミアム記者会見にゲスト出演
していた二人はイベントの途中で
飛び出してきたのだ
弘美は胸の谷間も艶やかなフォーマルドレスで
ダイヤのイヤリングを着けていたが
あまりにも場違いな空気に気づいた弘美は
申し訳なさそうに外した
しかしねじりあげた髪をサイドで
シニヨンにまとめ、そこにもダイヤが
ちりばめられている姿はやはり
ゴージャスで
拓哉はタキシードでそれもテイルのある
燕尾服で黒い靴は輝くほど光沢を放っている
今は彼は疲れ果て
ネクタイを外し鎖骨をあらわにしている
鈴子を助けてくれた一般人の人から
連絡を受けた二人は
あわててプレミアム記者会見から
急いで車を飛ばしてきた
二人が病院に到着してから
病院の空気が変わった
このカップルの登場でナースステーションが
一気に色めきだった
ICUに急ぎ足で向かう二人を迎え入れ
横について歩いて早口で説明した医師は
この病院の理事長の息子だった
手術室のランプが消え鈴子はICUに移され
看護師に病院着に着替えさせられていた
今は麻酔が効いて熟睡している
理事長の息子がカルテを持って
待合室にやってきた
二人に経過を説明する
「背骨の圧迫骨折よる外科手術は成功しました3センチのボルトを仕込むことによって自然治癒よりも早く骨がくっつきます
そして顎と頭に受けた強い打撃によって脳が強く揺らされた事が原因で重度の脳震盪の疑いがあります
反対側の目の近くにも打撃を受けています視神経が傷つけられている恐れがありますので後に眼圧検査も必要でしょう
今は内出血を広げない投薬を処置しています」
拓哉と弘美が大きく息を飲んだ
「そんな・・・・」
「くそっ!」
拓哉が壁を蹴った
「それと・・・・」
医師が大きくため息をついた
「まだあるんですか?先生!」
拓哉が困惑の顔で詰め寄った
「ここからは婦人科のドクターに
バトンタッチしますので
彼女から説明を受けてください」
ドアから中年の女性医師が出てきた
医師は眉をひそめる二人に顔をしかめて話をつづけた
「田辺鈴子さんの外傷状況をお伝えします膣の中に約2センチの裂傷がありましたおそらくそこから出血がおこっていたもようです
縫合手術は体内に溶けるタイプの人口糸を使っていますので抜糸の必要はありません後は経過観察で良くなると思います
今は抗生物質の点滴と酸素吸入をおこなっています
しかし・・・私が気になっているのは
子宮口のあたりにも治りかけの無数の傷が・・・」
二人は凍り付いた
弘美が口を手で覆い
倒れそうになるのを拓哉が支えた
女性の医師は今まで感情を交えない毅然とした
口調だったが
この時ばかりは彼女は顔をしかめた
「大変申し上げにくのですが
櫻崎さん・・・・
あなたの妹さんは性的虐待を受けています
それもずいぶん前から」
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
「鈴子」
囁く声
「鈴子」
また聞こえた
何度も名前を呼ぶ声が私を闇の中から
引き戻そうとする
私は水面に向かって泳ぎ
最後の人蹴りで闇を突き抜けた
誰かが私を呼んでいるでも俊哉じゃないわよね
だってリンリンと呼ばないで
私の名前をよんでるんだもの
そっと目を開けると白いカーテンに覆われていた
ううん・・・・まって・・・
ここは病院だ
薄暗い中でベットのライトが照らされている
今はどうやら夜の用だ
全身痛みは相変わらずだが少し体を動かした・・・
でもあの激痛はなく鈍くズキズキする
なんだかとても硬い・・・
何か硬いものに体を覆われている
ここがどこだかわからないけど
ようやく目が頭に追いついたらしく
顔を横にしたら見知った
アーモンドの色の瞳が自分を見ていた
「に・・・ぃさん・・・」
「・・・目覚めたか・・・ 」
自分の息がぷんと臭う
いったいどれぐらい寝てたのだろう
私は鼻にしわをよせたがすぐに顔の激痛にみまわれた
とにかく喉が渇いていた
私はうめきながら起き上がろうとしたが
横から弘美さんに抑えられ口のよこから
吸い飲みの先端を差し込まれた
ありがたかった
私はごくごく水を飲み4回もお代わりした
辛抱強く弘美さんは水を飲ませてくれた
ほっと一息ついた途端顔の痛みが
あちこちから襲ってきた
口の中にしょっぱい味が広がり
耐えられず私は嗚咽を漏らして泣いた
「ちくしょう!」
兄が歯を食いしばって言った
「今は夜中よ・・・・鈴子ちゃん・・・
あんまり痛みがあるなら鎮痛剤を
もらいましょうか? 」
苛立つ兄をなだめながら弘美さんが言った
「お前は背骨を折られてるんだ!
脳震盪もおこしている!
こんなに顔も腫れ上がって
あの野郎にやられんだなっっ!!」
「拓哉!」
怒りを抑えられない兄を彼女がなだめた
「お願い・・・・・
パパとママには言わないで・・・・」
私はそう言うのが精いっぱいだった
「どうしてだ!!お前は死にかけたんだぞ!!
脳震盪の後遺症ともこれから付き合って
いかなきゃいけないと医師も言ってるんだぞ 」
「拓哉っ!
今鈴子ちゃんは目覚めたばかりよ!
彼女を興奮させちゃいけないわ 」
兄は湧き上がる怒りを抑え切れない様子だった
弘美さんが私の手をしっかり握った
「お義父様とお母義様には
しばらくして落ち着いてから話しましょう
他には?私たちに何かしてほしいことある?」
彼女の優しい声に勇気づけられ
吐きそうになりながらも私はこれだけは
お願いしなければいけない事を言った
「私が・・・・ここにいることを・・・
俊哉にだけは言わないで・・・ 」
二人は黙った
その沈黙がすべて悟ったとみなされた
「鈴子――― 」
「わかったわ 」
兄さんが言おうとした事を弘美さんが遮った
そしてさっきより強くぎゅっと私の手を握ってくれた
「今後いっさいあの男をあなたに
近づかせないと誓うわ」
ゾッとするぐらいの冷たい口調だった
安心したのか涙が溢れて目を閉じると
涙が耳の横に流れて言った
それを彼女は優しく拭いてくれた
私はもうぐったりしてそれから
うつらうつらとまた睡魔の闇に戻って行った
何も考えないように
どうか起こっている事が全部夢でありますように
:*゚..:。:.
.:*゚:.。
2週間の入院生活の後
背骨は硬いギブスのようなものから
ウレタンで出来たベルトで閉める
コルセットタイプの物に取り換えられた
少しは動きやすくなったことに私はとても
嬉しくなった
自分の体が治ってきていると感じていたのだ
色々詮索されるかもと最初の内診では
ビクビクしていた婦人科の先生も
傷の治り具合以外は何も聞いてこなくて
ホッとした
最初に洗面所の鏡で自分の顔を見た時の
ショックは酷かった
目元はどす黒く顎もぷっくり腫れていた
交通事故にでもあったかのようなありさまだった
しかし2週間たった今では腫れはだいぶん
収まってきていた
でもまだ顔にはまだら模様で黄色い箇所が
何個かあるので誰かに殴られたのだと
一目瞭然だった
虐待を受けることが日常的になると
判断力が著しく低下して自分ではほとんど
何も決められなくなってしまうものだと悟った
例えば朝食をパンにするか
ごはんにするかなどの
ほんの些細な事も大きな決断力がいった
どっちがいいかわからないのだ
自分が間違った選択をした結果責められたり
懲らしめられたりすることを酷く恐れ
いっそ誰かに決めてもらった方が
いいと思ってしまう
私の場合俊哉の傍を離れたからと言って
それですべてが解決できたとは言えなかった
24時間何かにずっと怯えていて
少しも安心出来なかった
物理的な距離はともかく
自分は間抜けな人間なんだ
他人に迷惑をかけてしまう人間なんだ
という精神的呪縛から
この俺に殴らせるお前が悪いんだと
さんざん罵られてきたせいで
彼の思い込みがウィルスのように私の中を犯していた
この怪我をしたのも
もしかしたら私が悪いのかも・・・
もっと力を抜いて彼を受け入れていたら
膣が傷つくこともなかったのかもしれない・・・
あらゆることに対して自信がなくなり
なぜかフワフワした雲の上を歩いているようで
クラゲのようにあやふやなものになっている気がしてならない
一度なんかジュースを買おうとして
自動販売機の前まで行ったけど
販売機の前でぐらりと世界が歪み
自分は何を買えば良いか決められず
ベッドと販売機をウロウロと何度も往復したりした
自分の感覚や感情に
全く自身が持てなくなっていた
そう思ったら突然残忍な
想いが自分の中に去来した
私は何度も俊哉に無抵抗で
殴られたシーンを思い出し
もしああやっていたら・・・・
こうやっていたら・・・・
いっそのこと台所の包丁で
彼を刺してやったらよかったのよ
と何度も想像の中で彼と取っ組み合いの喧嘩をした
力ではかなうわけないのに
それでもひっかいてやったらよかった
髪を引っ張ってハゲさせてやればよかった
時には夢の中で今までの恨みを彼に向かって吐き出した
ほとんどノイローゼのようだった
そして夜は恐怖がよみがえり
私はまたあの場所に戻っていた
結婚して2年間・・・・
たった二人っきりで過ごしたあのアパートに
俊哉が私に向かって罵倒を浴びせる
彼が怒りをつのらせ私に向かってくる
彼が私の腕を掴む
私は心を引き裂く悪夢から身を守ろうと体を硬くする
私は泣いていた
それとも別の誰かだろうか
多分私だ
私はそれを体の外側から聞いてきた
次に何が来るかわかっていた
私は再び闇の中へ沈んで言った