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「ドラゴンだー!ドラゴンが現れたぞ!」
人々の悲鳴と絶叫がエトルリア帝国東方、サビーネ地方の平和な山村に鳴り響く。
この辺り一帯の魔物は大方倒し尽くされているはずである。
よりにもよって全ての魔物の頂点に君臨するというドラゴンが潜んでいようとは……。
そのような地上に這いずり回る卑小な存在達の悲鳴をかき消すように小山の如き巨体の赤い鱗のドラゴンは凄まじい咆哮を上げた。
ドラゴンの咆哮には強大な魔力が宿っている。
全身に激しい苦痛を感じ体力を奪われ非力な女性や子供、体力の弱い老人は気を失った。心臓が止まって絶命する者もいたようである。
「そうだ、確かフリードが姉のヒルダに会いに来ているはずだ」
人間を遥かに超越した圧倒的な力を持つ存在の前に成す術が無く絶望していた人々の瞳に希望の火が灯った。
フリードは稀代の英雄である。彼はそのずば抜けた身体能力と剣の技でもって冒険者として数々の伝説を生み、遂にはドラゴンの中でも最強の存在である竜王を滅ぼして「竜殺し」の勇者となったのである。
彼の圧倒的な強さ、そして竜王を倒した叡智と経験があれば、この状況を何とかしてくれるはずだ。
だが間の悪いことに彼は村から離れた森に狩りへ出かけているようである。
「すぐに呼んでくるんだ!」
馬術に長けた若者が駿馬に飛び乗ってフリードがいるはずの森に向かって駆けた。
巨体にも関わらず驚く程素早い動きで暴れ回っていたドラゴンはその鉄をも切り裂く爪を振るって人々を瞬時に肉塊に変え、その巨大な牙と想像を絶するまでの咬合こうごう力でもって人肉を存分に喰らうだろうと思われた。しかしドラゴンはファ―ルス村の人々には目もくれず、突如その翼を広げ、天空に飛び立とうとしていた。
「どこか別の場所に行くつもりか……?」
そう人々が安堵の声を上げたその時である。天空に異変が起こった。
突如ラッパの音が高々と鳴り響き、太陽をも凌駕するかと疑われる程の輝かしい黄金と白銀の光が大空を満たした。
あまりに清く美しい光の乱舞。それは地上の人々が今まで目にしたことのない芸術的にして神秘的な光景であった。
そして黄金と白銀の光が集まり徐々に形を成そうとしていた。
光耀く美しい翼と黄金と白銀で鋳造されたような武具を持つ人間へと。
「あれは人間、なのか……?いや……」
確かにその姿、四肢といい目鼻立ちといい背丈といい自分たちと同じ人間、しかもエルフやドワーフではなくヒューマンであるかのように思える。
しかし人間であるはずが無かった。
翼を羽ばたかせながら大空を優雅に舞う異能、全身から発せられる神々しい光。
魔法とは縁のない生活を送ってきたファ―ルス村の人々であったが、あの天空に現れた者達が人を遥かに超越した力を持つ特殊な存在であることは瞬時に理解出来た。
再びドラゴンが咆哮する。その咆哮には凄まじい怒りと殺意が込められたおり、明らかに天空を舞う光り輝く存在に向けられているのは明らかであった。
「おい、見ろ……」
村人が確認したところ、彼の存在は全部で五名。遠い空を優雅に飛びまわり、また光に包まれている為確認しづらいがその長い髪と華奢な体格から女性も二名いるようである。
最もあくまでそう見えるというだけで、彼の存在に性別があるのかどうかは不明である。
彼らは恐るべき速度で飛行し、ドラゴンを包囲するようにそれぞれの位置を占め、その手に持つ剣や槍を構えた。
「戦おうというのか、ドラゴンと」
その言葉に怒りを覚えたかのようにドラゴンはその巨大な口を開け、炎を吐いた。
あらゆる生物を一瞬で消し炭にするであろう凄まじい高熱の炎であるが、彼の存在達は優雅に、そして素早く身を翻して炎を躱かわした。
彼らはその繊手を動かし掌をドラゴンに向けた。すると掌から次々と光弾が放たれ、悉ことごとくドラゴンに正確に命中した。
その場に魔術師がいれば、詠唱することも印を組むこともなく強烈な光弾を放ったことに驚愕しただろう。
ドラゴンの鱗は鋼よりも固く弱い威力の魔法であれば容易に弾き返す。
しかしその光弾はドラゴンの鱗を穿ち、その下の肉体に傷を与えたことは明らかであった。
今まで生きて来て味わったことのないであろう苦痛を覚え、怯んだドラゴンに彼の存在は剣で斬りかかり、槍を突き立てて行った。
強固な鱗に覆われたドラゴンに傷を与えるには強力な魔力を得た武具でなければならないのは常識である。
彼の存在達が持つ武具は神々しい光を放っているが、やはりそれらは神聖な魔力が秘められているのだろう。
そして彼らはいずれも細身であるように見えるが、その見た目に反するような恐るべき膂力りょりょくを持っているようである。
剣は鮮やかにドラゴンを切り裂き、槍の穂先は深々と突き刺さる。
光り輝く存在五体は確実にドラゴンに傷を負わせ、その命を削っていくようである。
しかし全ての生物の頂点に立つ王者であるドラゴンの生命力は無尽蔵に近いのだろう。
英雄フリードとその仲間達は何れもそれぞれの道を究めたエトルリア帝国屈指の手練れであったが、それでも竜王を討伐する為に一昼夜不眠不休で戦い続けねばならなかったらしい。
古い伝承では三日三晩戦い続けてようやく倒すことができたドラゴンもいたようである。
その話が大げさでも何でもないことをファ―ルス村の人々は否応なく思い知らされることとなった。
鋼鉄をも破壊するであろう威力の光の魔法の攻撃を幾度も浴び、剣や槍の攻撃を受け続け、百を優に超える傷を負ったはずにも関わらず、ドラゴンは一向に倒れる気配が無かった。
ますます猛気を露わにして咆哮し、炎のブレスを吐く。
そして遂にドラゴンが振るった巨大な爪が彼の存在の一体を捉えた。
人智を超えた凄まじい力で振るわれる爪をまともに受けてその存在は見るも無残に砕け散った。
だが彼の存在から血が噴き出ることも、内臓が飛び散ることもなかった。
ただ光が弾けただけであった。そして死体となって地上に落ちる前に光の粒子となって痕跡も残さず完全に消滅した。