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何なんだ、あれは……?生き物じゃないのか……?」
果たして霊体なのか、自然に宿るという精霊なのか、あるいは魔法で生み出された魔法生命体、または異界から召喚された幻獣なのか。
魔法に関して無知な人々には推測すら出来なかった。
いずれにせよ、謎の存在とドラゴンの戦いは凄惨を極めた。
強烈な光の攻撃を受けてドラゴンは確実に弱っていったが、それでも決して反撃を怠ることはなく、光り輝く存在に炎を浴びせ、爪を振るい、牙を突き立て、さらに三体の敵を屠った。
やはり彼らは死体となることはなく、一切の痕跡を残さず消滅していった。
そこでフリードが到着した。
「見てくれ、あれを!」
村人の声を聞くまでもなく、フリードの琥珀色の瞳は大空で繰り広げられる神話的な戦いにくぎ付けとなった。
(あれはグレータードラゴンか。俺たちが死ぬ思いで何とか倒した竜王ドラゴンロードに比べれば格はかなり落ちるが、それでも恐るべき存在に違いない。そいつと互角に戦うとは)
茶色の髪に琥珀色の瞳、日に焼けた小麦色の精悍な顔貌。過酷な鍛錬と幾度も死線を乗り越えた経験から威風あふれる堂々たる風貌であるが、フリードはまだ二十三歳という若さであった。
幼い頃から剣と功名に取りつかれたフリードは十三歳で平和な村を飛び出して冒険者となり、様々な試練を乗り越えて遂には竜族の頂点に立つ最強のドラゴンロードを倒して帝国全土に名を轟かせる英雄となったのである。
そのフリードもグレータードラゴンと戦う光り輝く謎の存在の正体は掴めなかった。
(翼を生やして空を飛び、光を纏いながら詠唱もなく魔法を放出するなんて、どれほど高位な魔術師であっても不可能なはずだ。あれは間違いなく人間じゃない。しかしあのような魔法生物は聞いたことも見たことも無い。一体何なんだ、あれは)
無尽蔵に近い生命を持つドラゴンも遂にその生命が尽きる時が来た様である。光弾を幾度も浴びて無残に傷ついた翼の動きが止まり、無念の響きがこもった咆哮を発しながら地上に墜落しようとしていた。
しかし勝利を確信して動きを止めた光輝く存在に向けて、最後の力を振り絞って爪を振るった。
彼の存在は慌てて躱したものの躱し切れず片腕と片翼が吹き飛んだ。
だが致命傷には到らなかったらしく、他の存在のように消滅はせずドラゴンを追うように墜落していった。
「衝撃が来るぞ、皆備えろ!」
フリードは鋭く叫んで村人達に注意を促した。その言葉の意味を理解した村人たちは慌ててその場から離れ、あるいは子供達をかばい、建物の陰に隠れた。
超重量の巨大なドラゴンが大空から地上に墜落したことで大地に巨大な衝撃が生じた。
このサビーネ地方は地震とは縁のない場所であるが、今ドラゴンの落下によって生じた衝撃はまさに地震そのものであった。
大地が陥没し、亀裂が幾重も放射状に走り、建物が震動によって破壊され、人々は立っておられず悲鳴を上げながらその場で倒れ伏せた。
衝撃が去ったことを確認したフリードは素早く立ちあがり、剣を抜いてドラゴンの元に駆け寄った。
数え切れない程モンスターを倒してきたフリードは一目でドラゴンが絶命していることを確信した。
しかし戦士の心得、冒険者の習いで念には念を入れる為にドラゴンの首筋に剣を突き立てた。
「さて……」
フリードはもう一方の謎の存在の方を確認すべく周囲を見回した。見れば衝撃から立ち直った若者達が一か所に集まっていた。
「何なんだろうな、こいつ……」
ファ―ルス村の若者達が囁き合う。光り輝く謎の存在の最後の一体は片翼と片腕を失い、地に倒れていた。
意識を失っているのだろう、その眼は固く閉じられ、苦悶の表情を浮かべている。
苦痛を感じている以上、生き物であることには違いない。
人間ではないことは明らかであるが、かといって魔物とは思えなかった。
確かに人を襲う魔物の中には人に酷似した姿の者、人の肉体の一部を持つ魔物がいるとは聞いている。
スキュラ、ゴルゴン、ハーピー、サキュバス、ケンタウロス、ヴァンパイア……。
しかし今眼前に倒れている存在がそのような魔物と同類とはどうしても思えなかった。
何故ならこの存在は魔物と呼ぶには余りに美しく、その身から発せられる光は余りに清らかで神聖だったからである。
「もし……」
若者の一人が意を決してその存在に語り掛けた。その正体は不明にしても、ドラゴンを倒して村を救ってくれたことは間違いない。
深手を負っているのだから手当をして何とか恩に報いなければならないと考えたのは当然と言えるだろう。
医療の心得がある者の家まで運ぼうと手を伸ばしたその時である。
その存在の閉じられていた目がかっと開かれた。その眼に宿る炯炯けいけいたる光。その光は非人間的なまでに凶悪であり、殺意と破壊への意志に満ちあふれていた。
この存在はやはり人間ではない。人間の味方であるはずがない。人間に破滅をもたらす為に現れた、ドラゴンをも凌駕するであろう恐るべき人類の敵対種。
そのことを一瞬で悟った若者は周囲の者に逃げるよう叫ぼうとしたが、叶わなかった。
光を纏った剣が振るわれ、胴が両断されたからである。
「なっ……!!」
眼の前で行われた惨劇が信じられず、立ちすくむ他の若者達にその存在は一切の躊躇ちゅうちょなく光耀く剣を振るって斬りつけて行った。
片手で振るわれているにも関わらず、その斬撃の威力は絶大であり、人の肉体がまるで紙を切るように両断されて行く。当然だろう。強固な鱗に包まれたドラゴンの雄大比類ない肉体に比べれば、人の肉体などまさに紙切れ同然なのだろう。
明らかに深手を負っているにも関わらず、またドラゴンと違って全く無害で敵意などあるはずのない村人に対してもその存在は容赦なく殺戮していった。
殺戮を楽しむ様子はない。ドラゴンという強大な敵と戦って深手を負った為錯乱しているという風でもない。
ただそうやって殺戮を重ねることこそが己の使命であり、生まれて来た理由なのだと言わんばかりの表情をその完璧なまでに整った美しい顔貌に浮かべていた。