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「……本当に…ですか?」
驚いた顔を見せる彼に、「はい」と、頷く。
「……この庭園に、その子の樹も植えられたらって」
「……ええ、ではこの白い木蓮と並べて、赤い木蓮を植えましょうか」
彼が応えて、潤んだ瞳で感慨深げに記念樹を見上げた。
「……一臣さん」
今にも涙が零れそうにも映る彼を気遣って、名前を呼びかけると、
「……私は、君の前で泣いてばかりですね…。以前は人前で涙を流すことなど恥じたこととも思っていたのに、あなたの前で泣けることを、今は幸せに感じます……」
そう話して指の先で目尻を拭うと、まるで木蓮の花が咲きほころぶかのように、ふわりと笑った。
「いつか父の墓前で話したように、子供が生まれたら、母にも会わせることができたらと……」
「はい…」と、彼に応えて、腹部にそっと手をあてがった。
この子が彼とお母様とのわだかまりを少しでも和らげてくれたらと……そう願わずにはいられなかった……。
──其の日、私たちは彼のご実家の前に立っていた。
彼が呼び鈴を鳴らし、扉を開けて出て来られたお母様が、私の腕の中に目を落として驚いたように息を呑んだ。
「あっ……」と、口に手をあてて、玄関先に立ちすくむお母様に、
「あなたの孫の、政宗 一樹です」
彼が、告げた──。
しばらく身じろぎもせずに黙り込んでいたお母様が、口を覆っていた手を外すと、
「……ありがとう」
と、ゆっくりと口角を上げて微笑んだ。そのただ一言に、万感の思いが込められているようにも窺えた。
初めて目にした彼のお母様の微笑みは、どこか彼の笑い顔にも似ていて、
やがて訪れる春の雪解けを、胸の奥にじんとあたたかく感じるようだった……。
end──
「責め恋」完結