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事務所を出て歩き始めると、肌に冬の冷たい風が刺さった。後ろから保冷剤を突然つけるドッキリみたいな寒さに思わず身震いする。
交差点の前で立ち止まる。
目の前の交差点に目をやりながら寄りかかり、ある人を待った。
車がひっきなしに通る中、夕暮れはだんだんと夕闇へと変わっていく。
寒さが深まる中、忙しなく動く。
……これ、もう雪降ってもおかしくなくない?
そんな思考を現実へ引き戻すような冷たい風に煽られながら身を縮こませて待った。
しばらくして、車の荒波から外れたタクシーが交差点の付近で不自然に止まる。
『支払』に変わってある人物が出てきたのを見ると、途端に視野は狭まり、息を飲んだ。
いますぐにでも大手を振って声をかけたい衝動を押さえながら、あくまでも冷静に、平静を保った。
タクシーの扉が閉まり、その人はこちらをちらっと見ると、軽やかに走り出した。
いつの間にやら『空車』に変わったタクシーが加速して自分の横を通り過ぎた時、彼も走りを緩めた。
「ういっす」
「ごめん、現場が押して」
「お疲れ」
「仁人もお疲れ。どっか行く?」
そう言ってスッと手を差し出される。
…適応、早えなお前。
ぐっとそんな言葉を喉に詰まらせながらも左手を乗せると「えっ」と声を上げる。
「手ぇ冷た!」
「冷え性だからこうなんのよ」
「えごめん、寒い中待たせて」
そう言いながら両手をとると、高速で摩擦を起こす。
骨張った熱い手が必死に温めようとしている。
この一言も、この行動も、今まで無かったものだ。
その時、胸の奥から締められる音がした。
「……こんなもんか」
「……勇斗」
「え?」
思わずぽろりと唇からこぼれた。
「……めっちゃすちだわ〜」
「すちってやめて」
顔を顰めて拒否されると、エスコートするように手を引かれる。
身体が風に煽られたように、ふわっと歩みを進められる。
…内心、浮かれてんだろうな。
そう考えると素直じゃないな、とクスッと笑えてしまった。
実は、デートと呼ばれる形で出かけるのは3回目になる。
忙しい人だから、今までみたいに束の間の休暇やタイミングで遊びに行くようなことしかできないが、やっぱり今までとは違う。
初めて手を繋いだことも鮮明に覚えている。
あれだって、自分から帰り際にけしかけてやっと握手みたいな繋ぎ方で。
でも、これで良いかと思っている。
まさか10年拗らせたこんな想いが実現するとは思わなかったし、勇斗も仕事人間だから他に考えることもあるだろうし、ツンデレで素直じゃないからこちらからグイグイ行きたくなる。
だが、意外と勇斗も大概だった。
2回目の帰り道からは手を組んでいわゆる恋人繋ぎ、とやらをしてきたし、話しているときにふと目を見ると、見たことないぐらい優しい顔をしてたり。
なぜか不思議な感覚になった。
その日も食事して仕事の話をしたり、クリスマスツリーにはしゃいでみせたりした。
「いやーやばかったわ〜」
「俺あんなのがあるって知らなかった」
帰り道、夜も遅く人気の薄くなった広い駅構内を歩いた。
立ち並ぶ店はもうすっかりシャッターが閉まり、顔に疲労を滲ませる猫背のスーツの男性やデート後の抜け殻のような片割れがスマホをいじる人がポツポツと歩いている。
そんな人たちも奥まっていくごとにどこかへと消えていく。
もう改札内だ。
この階段を登れば、また何事もなかったように日常は戻るのだろう。
バレないように横並びに寄せ合った身で隠した、繋がれた掌をぎゅっと握りしめた。
……もう少し一緒にいたいか
……またしばらく会えなくなるのか。
心に影を落とした。
ちらりと隣の勇斗の顔を見る。
凛とした顔つきはただ前を見据えている。
…何考えてるのだろうか。
やがて、歩みが止まった。
暖かかった手は離される。
勇斗が向き直った。
「じゃあ、俺あっちだから」
「うん」
頷くと勇斗は苦笑いして言った。
「……なんだよその顔はっ。小鳥になってんぞ」
「ああいや、俺もびっくりだけど……」
ボソッと呟いた。
「……思いのほか寂しいなって思って」
なんとなく気まずくて目を逸らした。
勇斗からのアクションはない。
どうせ、気持ち悪いとか思われているんだろう。
悪い思考が頭をもたげて俯くと、勇斗のスニーカーがズ、とわずかに前進した。
肩にぽん、と手を置かれ、顔を上げると視界は暗くなった。
鼻先が触れる。
その瞬間、柔らかいものが触れた。
軽く触れるような…甘やかな音を奏でてそれは離れた。
何が起こったか分からない。
呆然とする暇もないまま、今度は背中を引き寄せられる。
顎がとん、と勇斗の肩にあたる。
背中と首後ろから熱い感触が伝わる。
間近に迫った耳が、真っ紅に染まっている。
寒いのか、照れているのか。
その答えは耳元で、絞り出すような声で鼓膜を震わせた。
「───────……ほんとお前ずるい……」
強く密着して、余計に顔が熱くなる
「せっかく恋人になったんだから、いろいろなことしたいよね。仁人だって本当は腕組みの方が好きっしょ?」
「……うん、まあそうだね」
「じゃあ次やろう。絶対にやろう。約束する」
「勇斗は?俺としたいことないの?」
そう聞くと、少し間があってからこう答えた。
「……そりゃあ、あるでしょ。仁人と行きたいところもあるし、もっとキスだってしたいし……あとは…あの…あれ…そういう…まあまあえろいことだってしたいし?」
「!?えっ、そ、は?」
グッと腰を押しこまれて飛び退いた。
「え、本当に俺のこと抱けんの?」
「俺だってびっくりだよ。まさか10年目にしてこんな気持ちになるなんて思ってなかった」
「はえー……。知らなかった」
かなり衝撃的であった。
身体を離して、親指で耳元の髪を耳に掛けられる。
その指さえ慈しみを覚えた気さえした。
「なんか、前より大事にされてる気がするわ」
ぽろっとそんな言葉をこぼすと、勇斗はきょとん、という顔になった。
「そりゃお前、愛してっからだよ」
じゃ!と高く手を挙げて颯爽と走っていく。
その後ろ姿に手を振りかえすことは叶わなかった。
・・・いや、正確には手を振り返そうと手はあげたが。
『愛してっからだよ』
その言葉だけがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
どういう意味なのか頭の中のAIに問いかけてみたり、いつから?どうして?・・・思いつく限りの疑問系をその言葉に向けて投げかけてみたり。
そうこうしていくうちに全身の血は乱暴に体の中を駆け巡り、だんだんと顔面体温上昇注意報がなされる。
頭のてっぺんまで熱が達した頃には、駅構内に声にならない叫び声がこだました。
同じ頃、勇斗は電車の車窓から景色を名残惜しく見送っていた。
車窓に映る自分の姿が目に入り、さっきまでのことを思い出した。
ーーーーーキス、しちゃったな。
ハグまでして。
手のひらを見つめた。
別に初めてじゃない。
これまでに何回とあることだし、この関係性ならなんら不思議ではない。
なのに。
その手をそのまま顔へ叩きつけた。
押えた手のひらがやけどしそうだ。
叫びたい。
叫んで踊ってついでにロンダートまでしてデカい声で雄叫びあげたい。
破壊衝動に疼く代わりに大きなため息をつく。
長い長い、大きな溜息。
訝しげに見る周りのことなんかどうでも良かった。
『次は、〇〇ー、〇〇ー。』
電車の車内アナウンスに我に帰り、顔を上げる。
冷たい車窓に頭と体を預ける。
良かった。
勇気を出して。
これで、気持ちは伝わっただろうか。
なんか最後声聞こえてたし、大丈夫だよな。
ーーーーはやく、次の予定を立てなきゃ。
タスクにかける時間を見直してみよう。
この時間も使ってみよう。
ーーーーそうしたら、もっと。
目を閉じると、あの笑顔も、紅い耳も、寂しがる伏せた目も、鮮明に蘇る。
あの顔に出会えると思うと、泉のように力とアイディアが湧いてくる。
もっと一緒に過ごせる時間を作ろうと、欲張ってしまう。
ーーーーー好き、じゃ全然足りなかったな。
こんなにも大きくて、持て余しそうな気持ちのあれこれを伝えるには。
知らぬ間に扉が閉まった電車はゆっくりと加速し、夜闇へと旅立った。
終