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よわよわナチ、ファンタジック暴力、そしてお薬。欠損等はありませんがG(グロ)寄りなのでセンシティブです。
苦手な方は回れ右。イタ王が不器用
全員ちょーっとずつ優しさの方向がズレてるんですけど、そのおかげでなんとか保ってる感じです。
▽
化け物だ。
ヒトか国か、カザノワシかそれに食される鳥類か、誰が言うまでもなくあれは化け物だと叫んだ。上位互換の知能から成る欲望は理性の箍を壊し、下級生物の哀願などたかが知れる。翼へ無慈悲に振るわれた鉄鋸と手、拘束する手、空音を鳴らす手、手、手。
──その、恐ろしさ!
誰が彼が化け物で、それは酷いものだから、甚振り調教をしても良いのだと言う。どちらが、とは知らない。考える余地なんてない。いつしか頭を撫でられる手ですら、肉を切り裂いて脳を弄られるのではないかと怯える日々が続いたのだから。
白痴の組んだパズルのように歪な体、背骨から微かに浮き出た骨の跡に縫い付けられた何処ぞの犬耳と尻尾、一族のシンボルである鷲の漆黒翼は剥ぎ取られた。つまるところ、律儀で愛らしい人様の”犬”になったのだ。ルールに縛られた飼い殺しの家畜。噛み付いてはならない、吠えてはならない、尻尾を振って何事にも服従し、人間への崇拝心を忘れず、国民の為に奉公せよ。それが生きる運命とされる。国は器があれば形を保っていられるためかプライドや権利など後々邪魔になる概念は端から消され死んだように生きる。
自己の存在価値を疑った。
監視されるのは何故か、鞭で打たれるのは何故か、毒を食べれば人間はペンを紙に滑らせ、あれは駄目これは良いと指示を出し、国の治癒力に関心して頷き、そして何事も無かったかのように放置する。
人は皆して、すてごま、と言っていた。意味は分からなかった。知る由もなく、そもそも知る必要もない。骨と肉に知恵を与えれば邪となり敵となり、それでいて傲慢になる、たったそれだけの話だと殴られてからそう思った。
いつの日だっただろうか、身体中痣で埋め尽くされるまで鉄パイプで殴られ続けた後、ほのかに色付いた液体を注射で首に打ち込まれ、熱くて必死に藻掻いていた時、
──化け物め。
と誰かが俺に吐き捨てた。
瞬間、狂った歯車が欠け、死んだ脳が動き出し、全てが合致した。
化け物、化け物は俺だった。生き物から見て恐ろしい生物は俺だ。だから皆々が俺を侮辱の目で見てくる。叫ばれたのは俺の名前……本当なら恐ろしい生き物などすぐに殺さなければならないが、人はその開豁さで俺を赦し、あろうことか何か俺が役に立てるようにしてくださるのだ!……そうでなければ合点がいかない。殴られるのも蹴られるのも毒や海水を飲まされるのも撃たれるのもきっとなにか、俺を赦してくださった人へのお返しになる、所謂人の云った奉公できっとなにか理由や根きょがあるはず。人は俺みたいな化けものに居ば所をくれたのだ。人はばけものと生きようとして人はおれみたいな化けもノのそばにいてくれて人はなんてやさしいんだろう、ひとはおれのことをあいしてくれてひとはおれのかちをみつけてくれるんだばけもののいきるみちをつくってくれるしいいこにしてるだけでほめてくれるしだからいたいこともたえられたしきっとこれがあいでおれをまいにちあいしてくれるひと、が、
おれのことすてるわけない。
おれはしあわせだ。まえまでも、そしていつまでも。
▽
「……起こしてあげるべき?」
部屋の隅で蹲りながら眠るナチスを見下ろす日帝に、ソファへ座っていたイタリア王国が優しく問う。ナチスが睡眠中に呻き声や小さな悲鳴をあげることは少なくない、むしろ大人しく眠っている方が珍しいほどで、イタリア王国がナチスを(本人の承諾は未だ受けていないものの)引き取ってから一週間、しっかり寝ていたことを確認できたのは最初に話を聞いた時以降一度もなく、目の下の隈は消えるどころか些か酷くなっているような気もする。
「……さァナ」
日帝はイタリア王国の意見に賛同する気は更々無い素振りを見せたが、言葉だけは御丁寧にも曖昧だった。
「君だって無理する必要はないんだよ」
何気なくナチスに寄り添い続けている日帝へ確認するかのように呟く。
日帝にだって多少の不安はあるはずだ。
またその妄想もイタリア王国のお節介だったが、ナチスを日帝の目の前に置くことは、言わば消えかけた傷口を弄り開いているようなもので、本人にとってもそれは実に良いものではなかろう。そんな気がして訊いたのだから、悪気なんてものは一切なかったものの、
「こちラのツゴウでカれにむりをサセることへテイコウガナいとでモ?」
と、日帝はむっつり腕を組んでしまった。どうやら不服らしかった。
「嗚呼、うん。そうだよね、君がそう思うなら、多分ナチスもそうされるのが一番かもしれない」
果たして知ったように呟くイタリア王国は、よいしょ、と間延びした声を出してソファから立ち上がり、すっかり縮こまったナチスの元へ移動する。蚊の鳴くような呻き声は、ナチスがうつつに引き戻されるまで止むことはない。あまりに弱々しく可哀想だったので、そうっと頭を撫でようとした。
日帝はやめろ、と咎めた。
「ヤメろ。モドしてテやるな、かレの幸セヲうバッてくレルナ」
「奪うってそんな、だって、苦しそうだろう」
「なニ、イマまデでヰチバンしアわせソうだロウ。今このシュンカンよリモ、じぃット、このやくメヲなさナイのドガ鳴らナイときガあッタものカ」
それは、とイタリア王国が言葉を詰まらせる。日帝やナチスよりも幾分か大きい狼の耳をへたりこませた。
この気弱な大型犬に似た国は、どうしても頑固が抜けない節がある。
傷があれば当たり前のように手当をしてやって、可哀想なら自分が幸せにしてやって、辛くて泣いているなら抱きしめてやればいい──それで解消されるなら、今やナチスは此処に住まわされてなんかいない。日帝だってイタリア王国の元で暮らしてはいなかったはずだ。思い込みの果て、彼が今一番幸せでいられるのは、今まで生きてきた人間たちに囲まれる夢の中。それすらも取り上げるのはまるで畜生よりも醜い行いだろう。
「アルジと引きハなサれたチュウケンが、ユめニすがりツいテやっトいきテいるトいウのだ。そレくライ、ゆルシてやれ。……おマえにハ分かラナイ、そして、こレカらモワからナくテいヰコトだ」
日帝はそう言うや否や、イタリア王国が座っていたソファの元へ移り、どかりと寝転んで独占する。
大人びた発言から随分と子供らしい振る舞いの差に、思わずイタリア王国は微笑する。ふん、と鼻を鳴らす日帝を見て、果たして今の行動が故意的なのかそうでないのかがハッキリだ。
日帝も素直になったものだとイタリア王国は思う。
寂寥感と不安に駆られて暴れ回っていた頃と比べれば、今はふてぶてしいほどだ。言葉も段々しっかりとした発音になって、夜も魘されず眠れるようになって、少なくとも日帝は此処を心地良い場所だと認識し、イタリア王国とも信頼を築いている。
──ナチスもいつか、日帝のように安心して此方に身を寄せてくれるだろうか。
いつか、一日中笑顔で過ごせる日が来るのだろうか。
たとえその可能性が微々たるものであろうとも、今はただ、そうなることを願うしか彼らには出来なかった。
イタリア王国は日帝とナチスと同じ悲しみを知らない。
日帝はイタリア王国とナチスの正しい慰め方を知らない。
ナチスはイタリア王国と日帝が味方であることを知らない。
脆く不完全な基盤の幸せはいつまで続くか定かではないが、それを埋め合うことで、彼らが普通の生活を送っていることは確かだった。