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「……ここ、すごい静かですね」ひそやかな声で呟いた狐の隣で、おかめが小さく笑った。
「美術館ってそういうもんでしょ。静かじゃないと、集中できないよ」
2人は今日、珍しく“2人きりで”出かけていた。
他のメンバーは撮影や編集で予定が合わず、
「たまにはいいんじゃない?」
とおかめの一声で決まったプチお出かけ。
「狐ってこういう場所、けっこう好きでしょ?」
「…まぁ、はい。静かで、余計なものがないので。落ち着きます」
「でしょ? 俺もそう。色が多すぎたり、音が多すぎると、ちょっと疲れちゃう時あるし」
展示室を巡る間、会話はほとんどなかったけれど――
ときおり交わす目線や、すれ違い様の小さな笑みが、心地よいリズムになっていた。
「……あの絵、好きです」
ぽつりと狐が言ったのは、静物画の前。
「へえ、理由は?」
「意味があるようで、ないようで。あるように見せかけて、作者が何も考えてなかったら面白いなって」
「きっつん、ひねくれてる~」
おかめが楽しげに笑って、少しだけ近づく。
「でも、俺もそれ思った。こういうのって、感じるままが一番いいっていうか」
「……ですね。決めつけすぎず、言い切らず。けれど、近づきすぎないでも受け止められる」
狐の言葉に、おかめはふと、狐自身のことを重ねた。
近づきすぎるとスッと引いてしまう、だけど誰より仲間想いで、隠れたところで努力してる。
だからこそ、今日くらいは。
「……なにか言いましたか?」
不思議そうに振り向いた狐に、おかめはごく自然に、手を伸ばして――
「ん、別に。ただ、今日こうして来てよかったなーって思って」
そっと、指先が重なる。
狐が驚いたように瞬きをして、おかめの手を見つめる。
「……おかめさんは、時々、ずるいです」
「え、褒め言葉? それとも……照れてる?」
「……そのままの意味です。あと、手があったかい」
「狐が冷たいだけじゃない?」
「……そうかもしれません」
静かな笑い声が、展示室の奥に溶けていった。
――おかめは知っている。狐が自分にだけ、少し甘えてくれることを。
――狐は気づいている。おかめの優しさが、時にどうしようもなく刺さることを。
そんな、音のない午後のやりとりが――
誰にも見せない距離感で、2人の心をゆっくりと近づけていた。
fin