買い物と夕食を済ませて帰宅すると、時間は夜九時を回っていた。恭介は慣れた手つきでボタンを押して風呂に湯を溜めると、買ってきた荷物をほどき始める。
「俺はこれを片付けちゃうから、先に入っていいよ」
「じゃあお言葉に甘えて……」
智絵里はそそくさと浴室に向かった。ドアが閉まるのを確認して、恭介は大きなため息をついた。
今日の買い物の間、恭介は気が気ではなかった。やはり智絵里は人の目を引く。スラリとした体型とキレイめな顔立ち。今日は花柄のワンピースを合わせ、髪は下ろして左側の肩に流していた。
俺のものとアピールしたくても、無闇に触ることは出来ずにモヤモヤしたが、とりあえずすぐそばを歩くことで周りを牽制し、自分を満足させる。
高嶺の花と呼ばれていたくらいだし、今もそれは変わっていなかった。
シャワーの音が聞こえ始めると、恭介の心臓が高鳴り始める。
智絵里が俺の部屋にいて、これから毎日顔を見られる。彼女は今どうしているんだろうなんて考えなくても、手を伸ばせば届く場所にいるんだ。それがこんなにも安心出来るなんて思わなかった。
* * * *
恭介が風呂に入っている間、智絵里はソファに座ってソワソワしていた。
いろいろなことが久しぶりだった。誰かと買い物に行ったのも、温かいお風呂に入ったのも、誰かが入るシャワーの音を聴くのも、色のある部屋にいることも。
膝を抱えてうとうとしていると、恭介が浴室から出て来る。グレーのスウェットの上下を着て、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。
ラフな恭介も新鮮で、智絵里は一つ一つのことにドキドキが隠せなかった。こういうことが積み重なって恋になっていくのだろうか。だとすると、昨日から智絵里はドキドキしっぱなしだった。すぐにでも恋に変わる予感すらしている。
「智絵里も何か飲む?」
「ううん、大丈夫」
「そうだ。智絵里の家の冷蔵庫にあった野菜ジュース、一番上の段に入れてあるから」
「持ってきてくれたの?」
「だって智絵里、朝食食べて帰ってきてからも飲んでただろ? 朝のルーティンみたいになってるのかと思ったら処分出来なかった。その代わり栄養バーは松尾さんにあげちゃったけど」
「さすが恭介、私のことをよくわかってるね。日課になってるから、なくなると不安になっちゃいそうだったの」
恭介は智絵里の隣に座ると、彼女の手を取る。真剣な表情で智絵里を見つめ、その手にそっと口付ける。
ここまでは昨日の夜に智絵里が”して欲しい”と言ったことだった。
「今夜はどうしようか。俺の寝室で一緒に寝るか、隣の部屋に布団を敷いて一人で寝るか」
恭介は優しく微笑む。
「好きな方を選んでいいよ」
智絵里の頭に昨日の記憶が蘇る。
ずっと不眠に悩まされていたのに、目が覚めた時に恭介がいただけであんなにも安心出来た。
「……恭介と一緒に寝たいな。一人にしないで欲しい……」
「しないよ。大丈夫……」
恭介の手が智絵里の髪を撫でる。それが気持ち良くて、智絵里はそっと目を伏せた。
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