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夢
⚠ 耀菊
夢だと気づいたのは、菊の睫毛が震えた瞬間だった。
柔らかな黒髪が指に絡み、白い肌が月明かりに透ける。こちらを見上げる琥珀色の瞳が、普段よりもずっと近い。
『耀さん』
呼ばれた声が甘く耳に落ちて、王耀は思わずその顔に口を――
「……っ!」
勢いよく目を覚ました。
薄暗い部屋。見慣れた天井。窓の外では、まだ夜明け前の静寂が広がっている。
「……哎呀」
低く漏れた声に、自分でも少し嫌気が差した。
夢。
ただの夢ある。
そう理解した瞬間、妙に腹立たしかった。あと少しで触れられた気がしたのに、現実は容赦なく目を覚まさせる。
王耀は乱暴に前髪を掻き上げ、深く息を吐いた。
……まったく、何を考えているあるか。
横を向く。
そこには問題の本人――日本__本田菊が、穏やかな寝息を立てて眠っていた。
昨日から、菊は耀の家に泊まりに来ている。外交だ何だと理由はついていたが、実際は「久々にゆっくりお話でもするある」と耀が半ば強引に引き留めた結果だった。
畳に敷かれた布団の中で、菊は規則正しく呼吸している。
夢の中と同じ顔。
いや、夢よりもずっと無防備で、静かだった。
「……」
耀は眉を寄せる。
あと二日。
菊がここにいるのは、あと二日。
「我、耐えられる気しないある……」
ぼそりと呟いた声は、当然返事をもらえない。
ㅤ⠀昔から、菊はこういうところが無防備だった。
警戒心が強いくせに、一度気を許した相手には妙に隙を見せる。しかも本人に自覚がないから困る。
今だってそうだ。
少しだけ開いた襟元から白い首筋が覗いているし、掛け布団から出た手は、すぐ届く位置にある。
触れようと思えば簡単だった。
「……」
王耀はしばらくその手を見つめ、やがて額を押さえた。
駄目ある。
いや、本当に。
何千年も生きてきて、どうして今さらこんなことで振り回されるのか。
昔はもっと平気だった。小さかった菊を抱えて歩くことだってあったし、一緒に眠ることも珍しくなかった。
なのに今は、隣で寝ているだけで落ち着かない。
ほんの少し触れたら、きっと理性が危うい。
「……耀さん?」
不意に、眠たげな声がした。
耀はびくりと肩を揺らす。
いつの間にか、菊が薄く目を開けてこちらを見ていた。
「起きていたんですか」
「お、お前こそ起きたあるか!?」
「今起きました」
菊はゆっくり身を起こした。寝癖で少し跳ねた髪が珍しく幼く見える。
「何かありました?」
「何もないよろし!」
反射的に答える。
絶対に言えるわけがない。お前を抱く夢見てました、などと。
菊は少しだけ首を傾げた。
「顔が赤いですが」
「気のせいある!」
「熱でも?」
「ないある!」
矢継ぎ早に返す耀を見て、菊はぱちぱちと瞬きをしたあと、小さく笑った。
「耀さん、わかりやすいですね」
「……っ」
その言い方は卑怯だと思う。
柔らかく笑う顔も、寝起きで掠れた声も、全部。
耀は思わず視線を逸らした。
「……菊」
「はい?」
「あと二日、ここ泊まるんだったあるな」
「その予定ですが」
「……善処できるなら、少し距離取ってほしいある」
「?」
本気で意味がわかっていない顔だった。
王耀は頭を抱える。
この鈍感さ、本当にどうにかならないのか。
「耀さん?」
「……何でもないよろし」
結局、そう言うしかできない。
菊は不思議そうにしながらも、「そうですか」と素直に頷いた。
その瞬間、さらりと黒髪が揺れる。
夢の残滓が脳裏を掠め、耀は再び天井を仰いだ。
あと二日。
本当に我慢できるのか、自信はまったくなかった。
終
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