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⧉▣ FILE_004: 運命 ▣⧉
ロジャーに連れられて向かったのは、院長室。普段は入ることが許されない部屋だが、木製の扉がきぃと軋む音を立てて閉まると、部屋はすっと静寂に包まれた。
窓は曇り、壁は重く、空気だけが妙に澄んでいる。
ロジャーは二人に背を向けたまま、キャビネットの上から一通の封筒を手に取った。
「Lからの正式な指示だ。今朝、ワタリを通して手紙が届いた」
その一言で、心臓が跳ねた。
中身を見ていないのに、すでに嫌な予感がする。
「──内容は、“ワイミーズハウスから、Lを一人選出”し、その者に、当面の任務を任せる」
言い終えると、間を置かずに続ける。
「候補は──AかB。お前たちのどちらかだ」
「──……」
その瞬間、頭の中で何かが途切れた。
ロジャーの声は確かに耳に届いているはずなのに、言葉として理解できない。目の前で話しているのに、距離が遠のいたように思えた。
(なん、て……?)
鼓膜が塞がれたような圧迫感。
目の前にある封筒が異様に白く浮かんで見えた。
なぜ? どうして? “僕ら”が──L候補?
そんな問いが渦を巻く。
“Lを選ぶ”──すなわち、“僕たちのうちどちらかがLになる”ということだ。
目の前にぶら下げられたその名前の重さに、息が詰まりそうになる。
「……」
Aは目を見開いたまま、すぐには言葉が出てこなかった。呼吸が浅くなり、手のひらにじんわりと汗が滲むのが分かった。
まさか、自分がLの対象になるとは──そんな想定すらしていなかった。
──む、無理だ。
Lなんて。
そんなの、無理だ。
断ろう。
そうだ、断ろう。
断らなきゃ。
この場で、全力で、全否定して、全逃避して、全力疾走で逃げ出したい。
それくらいに──僕は、Lを拒絶していた。
だが、隣から発せられた言葉が、その全てを掻き消す。
「──“やらない”。 Lにはなりたくない」
その一言が、まるで空気を叩き割ったように響いた。
Aは、思わず彼の方を見た。
「……えっ?」
──やらない? Bが?
信じられなかった。
Bなら即座に「やる」と言うと、心のどこかで決めつけていた。
ずっとLにこだわり、追いかけてきた。
誰よりもその存在に執着し、超えることを目標にしていた。──そんな彼が、何の迷いもなく「やらない」と言った。
どうして──
「……理由を聞いてもいいか?」と、ロジャーが問う。
Bは目線を逸らし、口を開いた。
「Lになりたいわけじゃない。“超えてみせる”のと、“Lになる”のは、まったく別の話だ」
「…………」
Aはただ、茫然とBを見つめていた。まるで別人の言葉のようだった。
──彼がLに執着していたのは、あれはもう“過去”だったのか?それとも、これすらも“Bの一部”なのか?
どこまでが本音で、どこからが嘘なのか、わからない。けれど、確かに場の流れは──自分へと傾いていた。
Bが降りた以上、残るのは──僕。
「……じゃあ」
気づけば、声が漏れていた。
喉が渇いていて、弱々しい声で問いかける。
「──僕が、やるんですか?」
「……………」
「……………」
誰も答えない。
否定も、肯定もない。
ただ、そのだんまりがすべてを語っていた。
Aの胸に、じわりと冷たいものが降りてくる。
足元が妙に重く、床に沈んでいきそうだった。
(嫌だ。……やりたくない)
そう思った瞬間には、もう遅かった。
言葉には出さなかったが、心が後退していた。
目の前の封筒を見つめながら、Aは気づいていた。
──自分には、Lになるその器がない。
考えれば考えるほど、胸の奥がざわつく。
今までの人生で、何かを「背負わせられる」ことなんて、なかった。
いつも、正しい判断をしてきたとは言えないし、大切な場面では、他人の顔色をうかがって、間違えないように、失敗しないように、それだけを考えてきた。
なのに──これは、そういう話じゃない。
間違えることが、“誰かの命に繋がる”。
決断ひとつで、数千、数万の未来が変わる。
──無理だ。
そんな重さに、僕は耐えられない。
自分がLなんて、ありえない。
……なのに、Bが拒否した瞬間、すべてが変わってしまった。
逃げ道は、きれいに断たれた。僕以外の選択肢が消えた時点で、それは「任される」ではなく、「押しつけられる」ものになった。
覚悟も準備もないままに、運命の矢印だけが突きつけられる。
それでも、僕は言ってしまった。
「……考えて……みます」
その一言は、“保留”のつもりだった。
けれど、きっとあの場にいた誰もが──僕自身さえも──その瞬間に悟っていた。
これはもう、「引き受ける」という前提でしかないのだと。
「……」
やらなければならないなら、やる。
僕は、いつだってそうしてきたじゃないか。
期待されれば応えようとするし、頼られれば踏み出してしまう。そうやって、自分の意思よりも“必要とされるかどうか”で動いてきた。
──だからこそ、言えなかった。
「やりたくない」の一言が、口から出せなかった。
任されることにも、頼られることにも、もう慣れてしまっていたから。
ああ……どうして。
……どうして。
──あの時、「やりたくない」と言わなかったんだろう。
取り返しがつかないと気づいたのは、ずっと後になってからだった──
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