テラーノベル
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俺はリップの先端を小瓶に入った媚薬にしばらく浸らせて、すぐにキャップを閉めた。まだ液体の残っている小瓶をズボンの後ろポケットに入れ、逸る気を沈めるように何回か深呼吸を繰り返したあと、リビングの方を振り返る。 今日と明日はアキラもオフである。チャンスはもう、この日しかない。
リビングのソファに腰掛けているアキラの後ろ姿を、俺は緊張と期待をこめた眼差しで見つめた。
(大丈夫、バレてない。バレても舐めちゃえばこっちのもん。……大丈夫、行ける!)
心の内のみで強く宣言し、勢いよくリビングへと一歩を踏み出す。なるべく感情を表に出さないように用心しながら、アキラの横へと腰掛けた。
「アキラぁ、唇ケアしてあげるからこっち向き?」
「え〜、…休みの日なのに…。たらいってほんと私よりも美にこだわってますよね 」
「馬鹿、オフだからこそケアすんの。というか日頃からするもんだから。その時その時だけでケアするんじゃ、乾燥した時もっと唇血塗れなんぞ」
「はいはい、お母さんごめんなさーい」
「誰が母さんだ誰が」
いつものように小言を交わし、アキラがこちらを向いて大人しく「ん」と目を閉じる。普段ケアする時となんら変わらない動作のはずなのに、心臓はそれだけで大きく跳ねて、鼓動がうるさく響き渡った。
ゆっくりと、リップを唇に近付ける。その手は微かに震えてしまい、いつものように上手く塗ることができない。
唇の端から端へ、リップが滑っていく。リップに仕込まれた媚薬が唇を彩っているようにピンク色に染まっていくように錯覚して、俺は一瞬その光景から目を背けたくなる衝動に駆られた。
それでもなんとか塗り終えて、とりあえず一段落とほっと息を吐く。あとはアキラが俺に隠れてしていたように、唇を舐め取れば終わりだ。
満足気にリップのキャップを閉めて、「終わった」とアキラに声をかけた。その呼び声に応じるように、アキラが閉じていた瞳をゆっくりと開く。
──その瞳は、いつの間にか爛々と煌めく紫の奥に、燃え上がるような濁った情欲を滾らせて鋭く光っていた。
見たことのない目に気付いて慄く時には、既に身体をソファの上へと押し倒され、声を上げようとした俺の唇をアキラが噛み付くように強く塞いでいた。
「んっ……! んぅ……っ」
無理矢理割り込み入ってきた舌が、歯列をなぞって余すことなく口内をまさぐる。舌の裏側を丁寧に滑る動きに、ぞくりとした快感が脳中を駆け巡って混乱した。
舌の根から強く吸い上げられて腰が粟立つ。
「んぁっ……ん、ンッ!♡」
こんな激しいキス、今までしたことない。
アキラはいつだって優しく、丁寧に唇を重ねてくれて、こんな息が追いつかなくなって、意識を失ってしまいそうなほど唇を塞いでしまうなんてことはなかったはずだ。
そんなアキラがいつもと違うキスをしてくるということは、それはもしや──、
(あきらに…媚薬が効いてる?)
それにしては早すぎではないだろうか。
俺が見ていた限り、アキラが唇を舐めとった様子はまだなかったし、こんなすぐにがっつくほどの量はつけていないはずだ。
『奏斗くん家の媚薬はそこらの市販で売ってるようなものとは比べ物にならない威力だよ?』
ふと、奏斗の言葉を思い出して腑に落ちたように納得する。奏斗の言葉が本当なのであれば、この媚薬は相当効き目が強いらしい。それならば俺が浸したほんの少しの量でも威力が強めなのも頷けた。
(でもなんか……あれ、おかしいな…)
先程から何故か、おれの身体が変に熱い。俺は媚薬を飲んでいないはずだ。それなのになんで、麻薬のようにこんなにもくらくらするのだろうか。
答えは意外にもすぐに分かった。媚薬が塗りこまれたアキラの唇が、キスを通しておれの唇にも塗りこまれている。伝った唾液を飲み込むと同時に、媚薬も飲みこんでしまっていたのだった。
火照った身体と沸騰してまともな思考をもたない脳に、理性が焦がされていく。
やっとのことアキラの唇は離れていき、絡めあっていた舌からは唾液の糸が引かれた。もう既に蕩けきった瞳を見下げながら、アキラはするりとおれの腕をなぞる。その指はやがてリップを握る手のひらへと辿り着き、アキラはおれの手からそれを取り上げた。
「たらいは悪い子ですね。こんな薬仕込んで、私にどうされたかったの?」
「く、すり……?」
「媚薬。奏斗からもらったんでしょう?」
あっけらかんと言いのけるアキラは、おれのズボンのポケットに隠されていた小瓶を手に取り、目を細めた。アキラの行動に、分かりやすく動揺する。
「な、なんでそのことおまえが知って…ッ…」
「せっかく必死に我慢して優しくしてあげてたというのに。物事には順序ってものが必要でしょ? 私は貴方を怖がらせたくないし、泣かせたくないから。だから、一生懸命壊れないように触れてたんですけど。……でも、私のそんな健気な努力も全部取っ払ってこんなことしちゃうたらいには…」
怯えの色を滲ませてしまったおれに構わず、アキラは淡々と喋り進め、ゆっくりと耳元へ唇を近づける。舌で耳輪を舐められると小さく喘いでしまい、それにアキラがくつくつと笑う。
「そんな悪いたらいには、たくさんお仕置しなくちゃ 」
低い声で告げられる言葉と共に耳に吹き込まれた吐息は熱く、おれの中の情欲が煽られるのには十分だった。
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