私の彼氏は避妊しない。
性行為をする時、絶対にゴムをつけない。わざわざ外に出す。
それでいい。別にいい。なんなら中に出してくれてもいい。彼の子どもなら、私は。
私の彼氏は優しい。私のことを愛してくれている。すごく、すごく。
お昼に一緒に外へ出かけてくれる。彼の友達や知り合い、上司に私のことを紹介してくれる。
記念日もマメに覚えてくれる。私との会話をメモして、絶対に忘れないようにしてくれる。
私が動かなくていいよう、食事、掃除、着替え、体の清掃、歯磨きまでしてくれる。
私の両親に会ってくれた。結婚しようと言ってくれた。来月には彼の両親に会う。
きっと幸せだと思う。
でも、私の人生に彼は要らない。少し違う。彼だけじゃない。私の遺伝子以外要らない。
私には、彼と私の遺伝子が組み込まれた、私の子どもしか要らない。彼の遺伝子すら要らないと思う。
人間は1人で受精できないから、仕方なく彼の精子を受け入れようとしている。受精をしたら、彼の家にある自分のものを破棄して、母の元へ帰るつもりだ。
母に「私の子どもだよ。貴女の遺伝子をちゃんと受け継いだよ」と報告する。それが生きる目的だ。母の遺伝子を育て上げて、私の役目は終わる。
母は美しい。笑った顔も、怒った顔も、泣いている顔も、全て美しい。
彼女の美しさに気付いたのは、彼女が包丁を私の腹に突き付けた時だった。
父だった人に逃げられた、と思う。あまり覚えていない、不明瞭な記憶だ。その時、不安定な彼女は、私に包丁を突きつけた。
美しかった。こんな人が世界から消えるのはもったいないと感じた。
いくら私が彼女の不老不死を願っても、人間である限り、確実に朽ちる。
幸いにも、私は彼女と瓜二つだった。彼女の遺伝子を持っていた。
この身体は、私にとって、世界で一番、尊いものだった。
遺伝子を引き継がなければ。世代を超える度に、尊い彼女の要素が薄くなるのは残念だが、消滅するよかマシだ。
「子どもができたら、結婚しようね」
彼の言葉。
彼は、なんとなく、私が彼から逃げることを察している。だから子どもを作って、逃げられないようにしている。
お腹に出された精子が温かい。不完全な命の源。
仕事帰りのバスの中、子宮を肌の上から撫でて、妊娠した姿を夢見た。
私に、彼女にそっくりな女の子が、微笑んでいた。
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