昼間でも薄暗い路地裏を、二人組の怪しい男女が歩いていた。男女と言っても付き合っているというわけでなく、親分子分といった感じではある。女のほうは背が高く自信あふれる様子で胸を張って歩き、逆に男のほうは背が低く腰も低くして歩いている。二人の関係性は明白だった。
「……姐さん、そろそろ教えてくれないですかい? 売ってカネに変えるならほかにもっといいのがあるでしょうよ。さすがに目立ちますよ、あの石像・・・・は」
「はぁ~~~~。これだからあんたはいつまでも薄汚いコソ泥止まりなんだよ。馬鹿で間抜けでおまけにチビ。アタシの子分でいたいならせめて審美眼は磨きな」
「す、すんませんっす!」
そう謝りつつ子分の男は目をゴシゴシ擦る。おそらく審美眼を磨いているのだと思われる。
「まあいいや、あんたが例のブツを見つけてきてくれたんだからねぇ。教えてやるよ。あの石像の中には、それはそれはきれいな宝石が埋まっているのさ。あたしの目が言ってるのだから間違いはないね」
「宝石?! それってどんな宝石っすか?!」
「さあ。さすがに割って確かめてみなきゃ分からないねぇ」
「……あなたたち、いったいなんの話をしているの……?」
「――!」
二人組が背後からの声に振り向くと、そこには目を見開いて驚くマリーベルの姿があった。彼女は石像の行方を追って路地裏を探索している最中だった。そこで偶然話し声を耳にし、たどってみると二人組に出くわしたのだ。
「石像とか宝石とかって聞こえたわ。まさか、あなたたち……!?」
「チッ、あんたのせいだよ。あんたが大声を出したからこうなったんだ」
「すんません! 責任取ってアッシが口封じしてやるっす!」
男はそう言うと、懐からナイフを取り出した。マリーベルに向けられた刀身が白く光る。
「や、やっぱりあなた達、盗賊だったのね?!」
疑惑が確信へと変わる。
マリーベルは即座に臨戦態勢を取った。
「盗賊だなんて失礼しちゃうわね。アタシ達はそんなちゃちなもんじゃないわ」
「そうだぞー! 怪盗と呼びやがれー!」
「どっちも同じじゃない!」
マリーベルがそう言った途端、盗賊二人組の目つきが鋭くなった。どうやら逆鱗に触れたらしい。泥棒にもこだわりのようなものがあるみたいだ。
「姐さん。アッシ、あんな小娘に好き放題言われたままなんて我慢ならねえ。そろそろやっちゃっていいっすよね?」
「ああ。だが傷は付けるんじゃないよ。あの子、たぶん領主サマの娘だからねぇ」
「ウッシャーッ!」
(……来る!)
マリーベルの手のひらに魔力が集中し、炎の球を発生させる。
あとはこれをぶつけてやるだけ――
「遅ぇぜ!」
「なっ?!」
しかし、見た目に反して男は素早かった。
いや、マリーベルが遅かったというほうが正しいかもしれない。
まさしくお手本通りの手順による魔法の発動は、訓練だったら100点だっただろう。
魔力を集めて事象を発生、そして対象めがけて発射。実戦では遅すぎる。特に、こういう1vs1の場面では。
マリーベルの背後をいともたやすく取った男は、いやに慣れた手つきで地面に這いつくばらせ身動きを封じた。
「あーあー下手に首を突っ込むからこうなるのよ」
女は地面に押さえつけられたマリーベルを見下し嘲笑った。
「私をどうする気!?」
「どうもしないわ。ただ、おとなしく待っててもらうだけ。あんたのお父上様からちょ~~~っとお金を頂戴するまでの間ね」
「人質にするつもり?!」
「理解が早くて助かるわぁ~。さすがはご領主の娘。そして偉大なる光の魔女様の子孫ってところね」
「ぐっ……!」
怒り。悔しみ。自分の不甲斐なさ。
様々な感情を滲ませながらマリーベルは歯を噛みしめる。
「それにしてもなんて体たらく……たぶんあの世で光の魔女様もため息をついてるんじゃないかしら。それとも……実は血がつながってなかったりしてね。あんた、弱っちいし」
弱い。
確かにそうだ。
マリーベルは何か言い返すことも、にらみつけることさえ出来ない。相手の言っていることは事実なのだから。
「あるいは……光の魔女様っていうのも案外大したことなかったりしてねぇ」
「なっ!? 私には何言ってもいい、でもエルシャ様を侮辱するのは絶対許さ――あうっ!」
頬に走る刺激。
女が蹴ったのだ。
痛みは遅れてやってきた。
おそらく口の中が切れた。
嫌な味がする。
「恨むなら自分の弱さを恨みなさい。強くなければこの世界は生き残れないのよ」
マリーベルは痛みのせいで何も言い返せない。そもそも言い返す気力すらなくなっていた。
「さっすが姐さんエゲツねえっす! でもいいんすか。傷つけるなって姐さんが言い出したことなのに」
「うっさいわねぇ。こんなの傷ついたうちに入らないわ」
「さっすが姐さんハンパねえっす! 細かいことは気にするなってことっすね!」
「フンっ。無駄口叩いてる暇あるならとっととアジトに運んじまいな。厄介な奴らが来ちまうだろう?」
「はいっす!」
威勢のいい男の返事を聞いたのを最後に、マリーベルの視界は闇に包まれた。
意識は消えかけているが、感覚だけは残っている。
この閉塞感。おそらく袋の中に詰め込まれたのだろう。
ゴトゴト揺れているのは、担いで運ばされているためだ。
(……ごめんなさい、お父様。ごめんなさい……エルシャ様)
マリーベルは心の中で何度も謝る。
その時ふと吹いた風で、近くの壁に貼られていた紙がはらりと剥がれ落ちた。
【手配書】
この顔にピンときたら衛兵詰所に連絡ください。
盗賊団リーダー:クレソン:性別:女
同メンバー:ケール:性別:男
罪状:各地で窃盗多数
手配書に描かれた似顔絵は、明らかに先ほどの二人組だった。
しかし、気を失っている上に視界を奪われているマリーベルに、手配書の顔を確認する術は残されてなどいなかった。
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