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一歩、また一歩と、アメリカ合衆国はソヴィエトの中枢たるクレムリンの廊下を職員に導かれ、「あの男」のいる部屋へと進んでいた。
仮想敵国の、しかも生粋の監視国家のホームグラウンドに立っているという不快感を悟らせないよう、アメリカはできる限り無心で、平常心を装って、ポーカーフェイスを保って廊下を歩いていた。
やがて、一つの扉の前にたどり着く。
職員がノックを3回すると、中から「どうぞ」と奴の声がした。
一呼吸置いて、アメリカは部屋の中へと入る。
目の前にいるのはアイツ。
勝者の余裕とも取れる笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
「久しぶりだな、合衆国。わざわざモスクワまで来ていただき、誠に感謝する。」
「全く、3年ぶりだっけ?こちらこそ、友好的に出迎えていただけたことを光栄に思うよ。」
ああ、今すぐこいつを殴りたい。
そんな気持ちを押し込め、アメリカは外交礼儀としての挨拶を済ませた。
「道に迷うことはなかったか?入国前に『外交官世界』の導入を拒否したと聞いたが…」
「おいおい、流石にそれは無いぜ?クレムリンの位置くらい、観光マップにも載っている。」
『外交官世界』。ソヴィエトが使用する人工知能『ヴォジャノーイ』製人間管理システムの一つである。
その名前の通り、『外交官世界』は主にソヴィエト国外からくる外交官、または使節に適用され、快適なソヴィエトの旅と引き換えに位置情報やら思考やらの個人情報、機密情報を『ヴォジャノーイ』に提供させられるという、アメリカにとってはクソったれと吐き捨ててしまいたいようなシステムだ。
「まさか、紙の地図をたどってきたのか?『外交官世界』を導入していれば、クレムリンどころか、この部屋までの最短ルートを『ヴォジャノーイ』が教えてくれるというのに。わざわざ職員に案内してもらう必要もない優れものなのだがな。」
ソヴィエト連邦が演技じみた調子で言った。『外交官世界』の導入なんてしたら、大方『ヴォジャノーイ』をワシントンに連れ帰る羽目になるだろう。
一生アカ野郎に脳を寄生されるのは御免だ。
アメリカはひどく冷めきったその思考を感じさせないように、改めて笑みを深くした。
「あいにく、人工知能なら『リンカーン』で間に合っているんでね。世界各地の情報がコイツ一つで丸分かりだ。」
だから図に乗るんじゃねぇ、ソヴィエト連邦。
そう続けたいのを堪えて、『リンカーン』との通信機能を備えたサングラスを指で弾いてみせる。
『リンカーン』。
かつて合衆国を一つにまとめ上げた英雄たる大統領の名を冠するこの人工知能は、シンギュラリティ・ソヴィエト・ショックの後すぐに開発された、合衆国の希望だった。
宇宙開発競争でまさかの敗北を喫してしまった最中急ピッチで開発された『リンカーン』は、ソ連に対抗すべく今も弛まずアップデートが重ねられる、正に合衆国のアポロに継ぐ叡智の結晶なのだ。
「そうか、それならば俺の心配は野暮だったな。まぁ、折角太平洋を越えて来てくれたというのに立ち話もアレだ。そこのソファにかけてくれ。ゆっくり話そうじゃないか。」
そう言ってソヴィエトは執務机の前にある応接用のソファへの着席をアメリカに促した。