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「お客さん、知らないのかい。セネル国の王子妃様がねぇ、亡くなったんだよ。聞いた時は驚いた。残念だよ。あの方はとても綺麗で優しい方だった。ここだけの話、周りは皆、政略結婚だと噂をしていてね、今回の事も本当は病死じゃなくて殺されたんじゃないかって言われているよ」
「……そうだったのか。しかし、そんな噂が立つなんて、何か根拠でもあるのか?」
「お客さんはよそから来たから知らなくても仕方が無いか。シューベルト王子は昔から女癖が悪くてね、結婚をしても愛人を沢山抱えて毎夜楽しんでいたと専らの噂だったよ。何故結婚したのかって疑問の声もあったくらいにね」
「そうか」
「まあ、そんな訳で今は国全体が喪に服しているから店も閉まっているところが多いんだよ、お客さんも折角来たのにタイミングが悪かったね」
「まあ、こればかりは仕方が無いが、こんな状況下に宿を取れただけでもこちらとしては有り難い。助かるよ」
「葬儀に参列する方が遠方から来る事を見越してね、うちに限らず宿や酒場は休まずやっているんだよ」
「そうか、それでは世話になる」
「うちはあくまでも宿の提供だけになるから、食事は隣の酒場で頼むよ。酒の提供は休みだが、食事は提供しているから」
「分かった」
話を終えて部屋の鍵を受け取ると、エリスの手を引いたギルバートは二階の部屋へ歩いて行く。
部屋に入って鍵を掛けると、ずっと黙っていたエリスが口を開いた。
「……知りませんでした、市民の間で結婚に疑問の声があったなんて」
「まあ、女癖が悪いのは兼てより噂があったからな、そんな男が一人の女と結婚となれば何かあると勘繰る奴もいただろう」
「……それに、私が病死じゃなくて殺されたなんて噂がある事も、びっくりです」
「結婚から怪しまれているなら、驚く事では無い。ただ、そういう噂が広まると余計に厄介だ。シューベルトたちの耳に入れば必ず、お前を探すだろうから」
「……そうですよね」
「そんな顔するな、今のお前の容姿なら問題無い。王子妃だった面影は無いからな」
「はい」
「かえってビクついていると怪しまれる。堂々としていれば問題無い。それと、葬儀にはお前の妹や継母も参列する為にこちらへ来るだろうから、次は二人が帰る際同じ船に乗って奴らの動向を探ろう」
「……はい」
「腹は空いたか?」
「いえ、今はまだ……」
「そうか、それなら少し休むといい。一休みしたら酒場で飯を食おう」
「はい、分かりました」
こうして二人はエリスの葬儀が行われるまでの数日間をこの町に滞在する事になった。
そして、葬儀当日。
王都には以前より関わりのある他国の王族たちが続々と姿を見せる。
その中には勿論、エリスの継母アフロディーテや妹のリリナの姿もあった。
喪服に身を包み、エリスの死を悲しむ素振りを見せてはいるものの、腹の奥では未だにエリスを見つけられていない事に焦りの色を浮かべているに違いない。
そんなアフロディーテたちの姿を少し離れたところからギルバートと共に見ていたエリス。
セネル国の葬儀は城の前で執り行われる事になり、市民は城の外から葬儀の様子を見守る形になる。
城の前には沢山の花に囲まれて生前の美しいエリスの写真が飾られ、その下にエリスではない別の誰かの遺体が入った棺桶が置かれていた。
ギルバートたちは棺桶に入っている遺体が誰なのかを確認する事は出来ないのだけど、以前エリスが心配していた通り、エリスの身代わりとして彼女の身の回りの世話を担っていたメイドが毒殺され、その遺体をエリスに似せる形で化粧を施されて入れられていた。
それを知っているのはシューベルトたちセネル国王家の一部の人間と、アフロディーテやリリナのみ。
他の者は何の疑いも持たず、ただただ病魔に侵され若くして命を落としたエリスの死を悼んでいた。
葬儀が終わり、火葬場まで運ばれる際、市民が祈りを捧げられるように王都から周辺の町を回って行く事に。
馬車で運ばれる棺桶を前に、市民たちは皆エリスの冥福を祈っていく。
その中にはギルバートたちの姿もあり、エリスは複雑な心境の中、自身の身代わりとして殺されたであろうメイドの冥福を静かに祈っていた。
そして、馬車が通り過ぎる際、シューベルトやアフロディーテ、リリナの姿を久々に目の当たりにして思った事は、彼らに対する憎しみの思いだけだった。
「大丈夫か?」
祈りを捧げ終わった市民たちがそれぞれ散っていく中、俯き黙ったままのエリスにギルバートが声を掛けた。
「大丈夫です。初めはその、私の身代わりに殺されてしまったであろうメイドさんには申し訳無いという思いでいっぱいで……どう償えばいいのかと自責の念に苛まれていたのですが、その一方でシューベルトたちに加担していたのだと思うと心の底から彼女に申し訳ないとも思えず……とにかく複雑な心境でした」
「身代わりになった事は不憫だと思うが、情けをかける必要は無い」
「そうですよね。それに、シューベルトたちを久しぶりに見て、今はもう、怒りと憎しみの感情しか出てきません」
「それでいい。復讐をすると決めたのなら、相手に情けをかけるなど無駄な感情だ。自分の幸せだけを考えろ」
「……はい」
「さてと、ひとまず宿に戻って、少し休んだら港へ向かおう。次は港でルビナ国の女王たちがいつどの船に乗るかを探りに行く。同じ船に乗らなくては意味が無いからな」
「そうですね」
エリスはギルバートに復讐を誓いながらもどこか乗り気になれていなかった。
心優しい彼女だからこそ、復讐なんてすべきでは無いという迷いが心の奥底にあったのだ。
けれど、今日の葬儀を見て、その迷いは消え去った。
悲しむ素振りをしていただけで、心の底から悲しんでいない事が表情ですぐに分かったから。
自分の味方は、ギルバート一人だけ。
彼が居れば、彼さえ居てくれれば大丈夫。
彼を信じていれば、必ず上手くいく。
そう改めて感じられたエリスは迷いを全て捨て去ると、優しく頼れるギルバートと共に必ず自分を陥れた奴らに復讐してやると心に誓いを立てた。