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(………寝れない)
その日の夜。
やっぱりどうにも寝付くことが出来ない。
昼間の出来事が関係しているのだろうか。
いや、違うな。今日に限らずだけど、いつからか夜はまともに寝られなくなってしまった。
きっと、朝から夜半まで働き詰めていた代償なのだろう。
『貴方の入院の大きな原因として、寝不足が挙げられます。この一ヶ月で回復するためにも、最低1日10時間の睡眠は絶対に取るようにしてください。睡眠は最高の特効薬ですから………あ、もちろん昼寝も度々ね!』
少し前の検査で小田先生が快活に言っていたことを思い出す。
隣を気にしてばかりいないで、自分のことをもっと労らなければいけないことにようやく気づいたものの、どうしても寝付く気分には慣れない。
「…そうだ」
何か気分転換になることでもしてみようか
横たわったまま携帯を片手でたぐり寄せ、何をするわけでもなく画面をいじる。
昼間調べた薔薇の画像を無意味に拡大してみたり、大して好きでもない縦型動画をまわしてみたり・・・・
触り始めて何分経ったかも分からない。
薄めで見た病室の壁掛け時計の針は午前1時を指していた。
その時、ふっと電源を消してしまい、艷やかに黒光りする液晶に自分の顔が映し出された。
隈の目立つ、酷く暗い顔つき。
自然と辛気臭い雰囲気が滲み出ている。
(⋯何やってんだ俺)
頑張りすぎて迷惑かけました、なんて、二十代真っ盛りの新入社員かよ。
三十代も後半に差し掛かった自分は求められたものをしっかりこなすことしかできない。
でも、そんな唯一の存在意義さえ今は奪われている。
だからといって、こうやって時間を溶かしたって何も変わらないのに。
まるでやり場のない空っぽな自分が強調されたような気分……
『ねえ』
「へぇっ!?」
静けさに包まれていた空間に突如割って聞こえた細い声に反応した自分の声がうわずる。
吉田君の声だ。
昼間ぶりに見た左隣の彼はベッドから体を起き上がらせた状態でこちらをじーっとみつめていた。
急に話しかけられたもんだから、声も出ない。
『寝れないの?』
そんな俺にお構いなしに何とも無垢な声で聞く彼。
気づかれていたのか。
吉田君にはとっくのとうに見透かされてたなんて。
「………そうだよ」
少し恥ずかしかったので、俯いて答えてしまう。
そんな俺の様子に気づいたのか、吉田君はふ~ん、と小さな声で流した。
でも、次の瞬間予想だにしていなかった言葉が投げかけられた。
『じゃあ、俺が子守唄歌ってあげよっか』
「…………………え?」
思わず拍子抜けした声が漏れる。
吉田君は顔色を何一つ変えずに続ける。
『寝れないなら俺歌ってあげるよ』
いや、気持ちはありがたいけども。
俺だってもう子供じゃない。
「いや、いいってそんな、え、てか夜中だし…」
どもる自分も面目なくて、吉田君から咄嗟に背を背けてしまった。
ごめん、吉田君。気持ちだけ受け取るよ。
そう心の中でつぶやいて、半ば強引に目を閉じた、その瞬間だった
―信じられないくらい綺麗な旋律が耳に入ったのは。
空間を静かに割って耳に入ったその声は、一気に体に馴染んでゆく。
吉田君が、歌っている。
その事実に気づくのに遅れてしまうくらいの心地よさが胸に広がった。
僅かに鼻にかかったような、でも、儚さが潜んだ彼の歌声。
なんだろう、この曲は。
聞いたことのない………
気づけば俺は身を乗り出して彼の歌に惚れ込んでいた。
彼を見る。
青白い月明かりに、桜と共に照らされながら目を閉じて歌う彼の横顔は、きっと二度と忘れられない
―そう思った。
________________________
『………………どうだった?これで寝れそう?』
穏やかに微笑みながら、彼は体を傾ける。
「………本当に、凄い。すごかった。」
まだ、余韻が残っている。
“上手”という言葉で片付けてはいけないんじゃないかってぐらい、吉田君の歌声は今の自分の心をじんわりと温めてくれた。
「今までで一番綺麗な歌だった」
そう、はっきりと伝えた。
すると、吉田君はすごく嬉しそうに目を細めて、すぐに顔を逸らした。
『俺ね、歌手になるのが夢だったんだよ』
彼が呟くように話し出す。
吉田君は訥々と続けた。
『高校のとき、勇斗に言われたんだ。
”仁人の声は、人を幸せにする力を持ってる”
って。俺はその時その言葉を真に受けちゃったん だけど………でも、それが本当に嬉しくって。だから………』
吉田君は、不意にサイドのテーブルに添えてあった薔薇の飾りを手に取ったかと思うと、それをゆっくりと月光に翳す。
『一度だけでも、俺の声で誰かを幸せにしたかった』
最後に放った彼の一言は寂寥に溢れていた。
もう、全てを諦め切ったような、そんな言葉。
(……何で君は………)
そんなに愁いを帯びた表情を浮かべているの?
月影に光る薔薇を見つめる彼の横顔を目にして、俺は何も言うことができなかった
コメント
5件
はー、コメントするのも忘れるくらい素敵な作品で見入ってしまいました>ᵕ<🎵💕続き楽しみにしてますっ ̫ ᴗ⸝⸝˘♡

影ながらこの作品のファンです ゆるやかな展開の中でとてもたくさん気になるところがあり、読む手が止まりません…。楽しみに待っております☺️