¦桃赤¦
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¦※nmmn※¦
¦ご本人様とは一切関係ありません¦
¦長編¦
歌を、歌っていた。
もう二度と、あの広い舞台では歌えない。
あの大勢の観客の前では歌えない。
緊張が漂う、あの嬉しく大好きな空気は、もう吸えない。
二つの車輪がついた、忌々しい椅子に預けられている俺の体。
その足を手でさすりながら、俺は目を閉じた。
どこまでも広く青く続いていく空は、俺を余計惨めにさせた。
♢
「おーい」
チチチ…と小鳥の歌が聞こえる。
「昼飯できたって。早く食わねーと冷めちまうぞ。」
聞き慣れない声と涼しい風に、ゆっくりと瞼を持ち上げる。お昼ご飯、もうそんな時間か。
故郷とは打って変わったのどかな景色が、今朝より明るく照らされている。
「お、やっと起きた。早く食べよーぜ。」
桃色の髪をたなびかせながら急かす彼………….
「誰、ですか?」
ここに来てから初めて見た人、な気がする。そんな目の前の彼は、驚いたように目を丸くさせながら言った。
「え、同じ病室じゃん。もしかして今まで気づいてなかった?」
前言撤回。どうやら俺の大きな勘違いだったようだ。だいぶ失礼なことをしてしまった。
その彼は顔を歪めながら、めっちゃ恥ずかしいやつじゃん…と頭をくしゃくしゃ掻き回している。
「ぁ、…すみません、なんか。」
ここに来てはや数週間。ただでさえ人が少ないこの村に病院があるのも驚きだが、まさか俺以外に患者がいたとは。もしかしたら俺が気づいていないだけかもしれない。
ここに来てから、ろくに口も聞けなかったしなぁ、俺。
「や、全然大丈夫。俺こそごめんな、急に話しかけて。」
「いえ…。」
俺のド下手くそな会話のせいで、暫く沈黙が出来る。そこに、
ぐぅぅ〜きゅるる…..。
と生々しい音が響いた。…..俺だ。
慌ててお腹に手をやると、彼はニコニコして言った。
「ふは、早く食いに行こーぜ。俺も腹減った。先生にも怒られそーだし。」
一瞬バツが悪そうな顔をして、彼は俺の後ろに回り車椅子を押してくれた。
自らの手でこの大きな車輪を押して移動するのは、未だに慣れなかった。
「あら、やっと来た」
ギギギ…と閉まりの悪い扉を横に引き、俺たちの病室024号室に入ると、俺たちの机にそれぞれ昼食を並べているナースさんがいた。名前は…..思い出せないけど。
「よっ、佐藤さん」
佐藤さんらしい。やけに馴れ馴れしいな、こいつ。
「こんにちは、でしょ。もう。」
「赤くんも、もうちょっと早く来てよね。」
20代位だろうか。親しみやすい雰囲気はあるが。
だとしたら、若いのになんでこんな田舎の病院に?とも思ったが、それは俺が言えることでは無いだろう。
「よっしゃ、飯だメシ。」
そう言いながら彼はゆっくりと車いすを押して、まず俺を机まで運んでくれた。ありがとう、とお礼を言うと、え、何が?と返された。俺は首を横に振りながらなんでもない、とだけ答える。彼の”親切”の基準は、どこからなのだろう。
「いただきます。」
と挨拶をして箸を持つ。特別豪華でもないし、どちらかと言えば質素な献立だが、シンプルな味付けがとても美味しい。そんな食事を、彼はうまいうまいとかきこんでいた。
♢
都市部の中でも都会な場所に家を構える俺の家。今はどんな様子だろうか。
昔から歌を歌うことが好きだった。
俺が歌えばみんなが笑顔になる。それがたまらなく嬉しかった。みんなからも沢山褒められた。
そんな俺を見て、両親がある劇団の舞台に連れて行ってくれた時があった。
一目見て、心を奪われた。
豪華なステージに煌びやかな衣装。
なんといっても、あのソロのシーン。
ヒロインがステージ中央で美しく歌いあげるその姿は、今でもはっきりと覚えている。
観客全員がその演技に圧倒されているのが、確認するまでもなく分かった。
誰もが、彼女の素晴らしさを謳っていた。
俺も、ああなりたい。あの人みたいに、大勢の人たちを感動させるような、そんな舞台役者になりたい。
「お母さん、俺、これやる。」
純粋無垢なまま俺は夢を見た。
劇団に入ってからも、俺は順調に夢へ向かって進めていたと思う。
元から歌は得意だったし、演技とかダンスとか、自分で何かを表現することは基本的にこなすことが出来た。あとは、そこに沢山の努力を重ねるだけだから、そこまで苦労をしたという思い出は無い。もしかしたら、苦労までもを楽しんでいたのかもしれない。それくらい、俺はステージに立つことが大好きだった。
ただ、1人だけ、俺がどんなに頑張っても勝てない人が居た。
圧倒的な実力差。誰もが認める天才。1人の人間として、彼は完璧な人だった。
俺もその人に憧れていた。…それでも、俺はその人のことを覚えていない。思い出そうとしても、うまくピントが合わずにぼやけてしまう。
多分、記憶の欠片が欠けている。俺が気づけていないだけで。
細かいことは自分でも分からない。ましてや今この場に居ることでさえ、俺は受け入れることが出来ていない。
そして俺がこの病院に入院することになった原因は、記憶を失ってしまっているきっかけは、あるひとつの大きな舞台で起こる。
必死で練習して、努力して、やっと掴んだ役だった。
豪華なステージで、煌びやかな衣装で、最後まで役をやり遂げるつもりだった。歌を歌うつもりだった、のに。
舞台の天井から真っ逆さまに降下してくる照明。その大きさは自分が想像していたよりも遥かに大きかったのをよく覚えている。
客席からの甲高い悲鳴。ステージ裏から聞こえる俺を呼ぶ声。すごい焦った声色だったな。
その全ての光景が、あまりにも曖昧に、鮮明に、フラッシュバックする。
びっくりしたなぁ。あんなに熱くておっきい物が、まんま足に落ちてくるんだから。
本当に危険な時って、人間上手く動けないもんだな。なんて馬鹿らしいことを思って、そのまま救急車に運ばれた。
あのときの嫌悪感と恐怖は、きっとこれからずっと忘れないだろう。
事故の原因は、舞台のメンテナンス不足。
正直原因なんてどうでもよかった。ただ動かなくなってしまった自分の足が怖かった。
普段の生活がまともに出来ない?そんなことどうだっていい。
劇団は?舞台は?ステージは?ねぇ。
俺はもうあそこに立てないの?歌えないの?教えてよ。
どうしたらまたあの時みたいに輝けるのか、教えてよ。
両親と医者の判断で、俺は県外の自然豊かな村の病院で入院することになった。
誰とも口を聞かなかった。沢山泣き叫んだ。気を遣ってくれた人には八つ当たりばかりだった。
なんで俺の足は動かないの。
なんで俺は車椅子なんか使ってんの。
なんで俺はあの時みたいに歌えなくなっちゃったの。
なんで、なんで。
気づけばもう諦めていた。華やかな舞台を。幸せな歌を。沢山の笑顔を。
他にもあの場所で活躍する手段はある。そう分かっていても、車椅子に座る俺ではそんなこと出来ないと分かっていた。
もちろん精神的なダメージが大きくて、そのせいでそう考えている部分もあったけれど、きっとこのままじゃこれからも何も変わらないと思う。
これから、どうやって生きていこう。何を生きがいにすればいいのだろう。何のために、生きようと思えばいいのだろう。
そんな底のない不安と恐怖に溺れて、窓の外で唯一光る月を羨みながら、今日も1人で泣いていた。
静かな病室に響く情けない掠れた声が、より自分のことを嫌いにさせる。
ぼろぼろと溢れる生暖かい涙が、シーツに染みを作っていた。苦しくて、生きづらい。
だから、気づかなかった。すぐ後ろまで近づいてきた彼に。
彼は窓際に体を向けていた俺の肩をぐっと強く引き、どこか懐かしい声で言った。
「抜け出しちゃおう。ここから。」
♢
未だに涙が止まらないというのに、彼はテキパキと俺を車椅子に乗せてしまった。こんなときでも座らないと移動出来ないのだから、煩わしくて仕方ない。
「…..ちょっと、何してんの。」
少しだけ強がって、涙を無理に留める。
よく考えてみれば抜け出すなんてダメだ。流されるところだった。
「さっき言ったじゃん。抜け出すって。」
違う。そういう事じゃなくて。
「ダメでしょ、こんな夜中に。」
「うるせぇな。大丈夫だって。」
呆れたように顔を歪めながら彼は言う。なんだその顔。
でも、そんな彼にされるがままどこかへ移動している俺も、きっとどうかしている。
時々窓から射す月光に照らされる彼はキラキラとしていて、なんだか全てがどうでも良くなってしまいそうだった。
「てか、どこ行くの。」
彼は少し考えたあと言った。
「赤が好きなところ。」
♢
キラキラと輝く一番星。
その見えない背中には、何を背負っているのだろうか。あまりの美しさに、せめての醜いところを探してしまう。
故郷とは違い人工的な光がほとんどないこの村では、きっと夜の主役はこの星達だろう。
「うお、やっぱりキレーだな。」
後ろの彼は、まだこの夜に慣れていないようなことを言う。
「…毎日こんなに綺麗なんでしょ。羨ましいよ。」
思わず意地悪を言ってしまう。
すると彼は俺の意志を上手く汲み取れないと言ったように言う。
「おう、綺麗だよな。つっても、俺もまだここ来て1ヶ月も経ってないし。」
「…え?」
「いや、まじで。多分赤と同じくらいだよ。」
…なんか、この人に対して失礼ばかりだな、俺。あまりにもここに慣れすぎていて、てっきり地元なのかと勘違いをしていた。
「そ、っか…。なんか、ごめん。」
「いいって。笑 きっとここに来るまで大変だったんだろ?」
ならしょうがない、と彼はにこにこと笑う。それに大変だったのは、彼も一緒だろう。多分何言っても許してくれるんだろうけど。
それにしても、あまりにも適応力が高すぎる。佐藤さんとも親しげで、病院内の移動も全く問題無さそうだった。
俺と同じで何か事情があるにしては、どこか不自然な気もしたし、この人当たりの良さは、なんだか身に覚えがあるなとも思った。
「いやーにしても綺麗だよなーほんと。」
話し続けるの下手か。さっきから空の感想の語彙が少なすぎないか。
たいして仲がいいという訳でも無いのに、少しからかってみたい。そう思って彼を見上げて何か言いかけた瞬間のことだった。
知らないはずなのに分かる。心地よい懐かしさ。
周りの音が聞こえなくなって、いつかのどこかでの景色と重なった気がした。
どこかに引っかかる感じ。
『ねぇ、赤 ⎯⎯』
…..あれ、なんだっけ。
「…っ!!」
視界が歪んでから、今自分を苦しめている頭痛に気がついた。
痛い。それ以上に、やるせない。
今何か、思い出せるような気がしたのに。
「おい、赤!大丈夫か!?」
大丈夫なわけないじゃん。笑と返したけれど、上手く声にならなかった。彼にちゃんと届いただろうか。
心配する彼と、ただ俺たちを見守る夜空を目にして、俺は目を閉じた。
to be continued.
お久しぶりです‼️🥰
今回の長編は少しずつ分けて投稿することにしました🥲🙏🏻やっぱり皆さんに見てもらいたいので😚🤦🏻♀️🩷
たまにしかアプリ入れないので少ない時間だけでも仲良くしてやってください‼️🌟沢山お話しましょう‼️😚😚
♡💬お願いします🥳🩷
コメント
8件
フォロー失礼します!
コメント失礼します! めちゃくちゃ好きです‼ 続き楽しみです✨主様のペースで頑張ってください☺️
お久しぶりですー!!!今回も感動系ですかね??とっても楽しみです!