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「そんな方が何故、私の魔術の先生になってくれたんですか?」
永久の時を生きる魔女ならば、気まぐれに誰かを指南することもあるだろう。けれど、当時の私はマニフィカ公爵家に在住していた。
いくら魔女であるサビーナ先生でも、そんな気安く出入りできる場所ではない場所だった。
「私もあの竜たちには困っていたのよ。魔女だと知られないように、居住地を転々としていたけれど、仲良くしてくれる人たちはいたから。その人たちを守るには、竜たちが邪魔だったの。だから、リゼットの噂を聞いて、貴女ならと期待してしまってね」
「すみません。私はその期待に応えることが――……」
「ストップストップ! リゼットを責めているわけじゃないんだから、謝らないで。それに私もまた、一方的に押し付けていた人間たちと同じ。勝手に期待して勝手に――……」
「落胆しましたよね、サビーナ先生も」
少し寂しかったけれど、目を逸らすサビーナ先生を見て、確信した。ううん。あえて分かり易いように返事をしてくれたのだ。
「だから、マニフィカ公爵様の申し出を断れなかったの。私もまた、リゼットに重圧をかけた一人として、責任を果たしたかった。いいえ、死んでほしくなかったのよ。可愛がっていた小さな命が消えるのを止めたかった」
「それが何で、人形という答えになったのでしょうか」
「貴女を責務から外すには、姿を晦ませる必要があったの。リゼットの魔力量が多いことは国中に知られているから、マニフィカ公爵家から出たと分かれば、どうなると思う?」
思わずあっ、となった。当時は自分の感情のことで手一杯だったから、分からなかったが……。
「犯罪組織か、反逆を企てる者たちに攫われていた可能性もある、というわけですね」
「っ!」
頭上から、ユベールが息を呑む声が聞こえた。もしそうなっていたら……。
ユベールと出会うことすらなく、私はあの時代に命を落としていたことだろう。多分、ヴィクトル様を恨みながら。
「正解よ、リゼット。だから始めは、私が貴女を匿おうとした。けれど貴女はマニフィカ公爵様の手紙を読んでも、考えを改めなかったから、人形にしたの。私が目を離した隙に命を絶たないようにするために」
「だからあの時……」
『あぁリゼット。貴女が改心してくれたのなら良かったのに』
『そうすれば、私は貴女にこんなことをしないで済んだのに』
『やはり貴女のことを理解していたのは、マニフィカ公爵様なのね』
「あぁ、言っていたんですね」
「えぇ。でもその後、何度も悔んだわ。人形となった貴女を、マニフィカ公爵様に預けた後はもっとね」
「えっ? サビーナ先生のところにいたのではないのですか? ヴィクトル様のところにってどうして……」
「人形になったからこそ、なのかもしれないわ。誰にも気兼ねせずに、貴女を傍に置けるから。引き渡してほしいと頼まれたのよ。多分、私のように後悔していたのでしょうね。風の噂で、マニフィカ公爵様が片時も人形を離さない、風変わりな人間になり変わったと聞いたわ」
今度は私が息を呑んだ。
「私のせいでヴィクトル様に悪評が……!」
「相変わらずね、リゼットは。そもそもマニフィカ公爵様のせいでこうなったというのに」
「でも、没落というのは、それが原因なのではありませんか?」
「キッカケはね。ここからはリゼットだけでなく、ユベールにも辛い話になるけれど、大丈夫かしら」
そうだ。ユベールはヴィクトル様の孫なのだから、当然、聞くのも辛いだろう。
私は頭上を見上げた。
「僕が生まれた時にはもう没落していたから、気にしていないよ。ただ、父さんたちは違っていたけど」
「でしょうね。ユベールくんの父親は末っ子でも、まだマニフィカ公爵家が力を持っていた時を知っているから」
「お祖父様が英雄になった影響もまた、凄かったと聞いています」
「英雄……」
確か、私がマニフィカ公爵家に引き取られる原因となった、竜の大移動を止めた、とさっきユベールが言っていた。
ヴィクトル様は無事に役目を果たされたのだ。私が人形になってしまった後でも。
「そう、マニフィカ公爵様は新たに迎い入れた魔術師と結婚して、竜の大移動をと止めたの」
「っ! そう、ですよね。ユベールがいるのだから、考えればすぐに分かることでした。ヴィクトル様が別の方と結婚していたことなど」
「リゼット……」
「大丈夫です。だって今はヴィクトル様がいないんですから、嘆いていても仕方のないことではありませんか」
そうユベールに笑ってみせたが、やっぱり上手く笑えていなかったらしい。困った表情を返された。
ヴィクトル様は謂わば、初恋の相手。ずっと、幼き頃から慕って、憧れていた方だったのだから。そうやすやすと割り切れるものではなかった。
けれど、私がその場にいたとしても、ヴィクトル様の役には立てないのだから、どの道、結末は変わらないだろう。
他に優秀な魔術師と協力するのが、マニフィカ公爵家のためであり、国のためになるのだから。
私ではダメ。ダメなのだ。
「でもね、リゼット。マニフィカ公爵様の気持ちはずっと貴女にあったのよ。だから貴女を片時も離さなかった。故に、奥方様の怒りに触れてしまったの」
「僕も聞いたことがあります。お祖父様がお祖母様に求めたのは、力と子を成すことだけだったと。それが済んだから、見向きもされなかった、と言っていました。父さんたち子どもも、例外ではなかったらしくて」
「っ! つまり、私のせいでユベールのお父様もお祖母様も、不幸になってしまった……ということですよね、サビーナ先生!」
「……否定しないわ。けれど私は同情もしない」
「え?」
どうしてですか? と尋ねる前に、私を掴むユベールの手が強くなったのを感じた。
「マニフィカ公爵様は英雄になった後も、度重なる遠征に向かっていたの。始めはリゼットも連れて行っていたのだけれど、部下の一人が不快に感じたのね。リゼットを粗雑に扱ったらしいのよ。それに激怒したマニフィカ公爵様は、それ以後、リゼットを遠征に連れて行くことはなくなったと聞いているわ」
「そしてお祖母様が、遠征でお祖父様が家を留守にしている間にリゼットを捨てたんだ」
「そうすれば、マニフィカ公爵様が自分を見てくれると信じたのでしょうね。自分だけでなく、子どもたちも含めて」
「だけど、お祖母様の望みは叶えられなかった。お祖父様はその日を堺に、リゼットを探し始めて、英雄の努めさえも放棄。勿論、仕事さえも」
「ヴィクトル様が?」
サビーナ先生とユベールが交互に語っていく中、私は胸が締めつけられるほど、悲しくて、切なくて、どうしようもない気持ちになった。
その片隅に嬉しさを置いてはいけないのに、無情にも喜んでしまう自分もまた存在する。
ヴィクトル様に、それほどまでに大事にされていたことを知ってしまったから。