第4話「きみと未来をひらく日」
冬の朝は、布団が離してくれへん。
けど、それ以上に離したくないものが隣にある。
「……ほとけ、起きろや」
「……ん……もうちょっと……」
もぞもぞと俺にしがみつく腕。
寒いのが嫌なんか、それとも俺に甘えてんのか。
どっちにしても可愛すぎて腹立つ。
「……なぁ。お前、今日休みちゃうぞ?」
「いふくんがあったかいんだもん……」
「俺のせいにすんな」
「いふくんが悪い……」
「悪ないわ!」
言いながらも、こいつの声が眠気でくぐもってるだけで胸があったかくなる。
俺らが社会人になって同棲し始めて、三年。
最初は家具の配置で喧嘩したり、家事の分担でモメたり、互いの生活リズムが合わんかったりで大変やった。
けど――毎日、一緒に眠って、一緒に起きて、帰ってくる場所に相手がいるという生活は、慣れるどころか深く馴染んでいく。
ほとけの寝癖も、朝ごはんの卵焼きがときどき甘すぎるのも、俺が靴下片方だけどっかに放り投げて怒られるのも……全部、家の色やった。
「ほら、起きろって」
ほとけの背を撫でると、ゆっくり目を開ける。
「……おはよう、いふくん」
「……おはよう」
その眠たげな眼差しが俺だけに向くのがたまらんくて、気づいたら頭ポンしてた。
「な、なに……?」
「別に」
「いふくん……最近、急に甘いよ?」
「甘ないわ」
「いふくんの“甘くないわ”は、甘いときなんだよ……?」
「うるさい」
布団の中で照れ隠しする俺に、ほとけが小さく笑う。
――この笑顔のためなら、なんでもできる気がする。
◆
仕事から帰った夜。
玄関を開けると、ふわっと温かい匂いがする。
「おかえり、いふくん。今日はハンバーグだよ」
「お、まじか。最高やん」
スーツを脱いで手を洗う俺の背後で、ほとけがやさしく言う。
「……いふくん。今日はね、一緒に食べたいことがあるんだ」
「なんや?」
「んー……食べながら話すよ」
ほとけがこういう言い方するときは、大体“ちゃんと話したいことがある”サインや。
けど声が暗いわけやなく、どちらかと言えば緊張しとる感じ。
食卓に並ぶ湯気の立つ料理。
席に座って、二人で「いただきます」を言う。
「ほら、いふくんの分、大きめにしたよ」
「お前、絶対俺に太らせようとしてるやろ」
「好きな人は元気でいてほしいんだよ」
「……そんな直球言うなや」
「えへへ」
ハンバーグはふわふわで、ソースも絶妙にうまい。
ほとけの料理はどれもあったかい味がする。優しいというか、家の味そのものや。
「で、その“話したいこと”ってなんや?」
「……あのね」
ほとけがフォークを置き、少しだけ深呼吸した。
「いふくんとの暮らし、これからも続けたいと思ってる」
「……そら俺もや」
「うん。でもね……」
ほとけの瞳がまっすぐ俺を見た。
「結婚って、どう思う?」
「……………」
フォークを持ったまま固まった俺を見て、ほとけが少し不安そうに肩をすくめた。
「別に、急に籍入れよう、とかじゃなくてね?
ただ……将来の話を、ちゃんとしてもいい頃かなって思って」
「………………」
心臓の音がうるさくて耳に響く。
“結婚”という単語が、こんなに重くて、それでいて甘いなんて思わんかった。
けど、不思議と――怖くはなかった。
だって。
だって俺は、もう決めてたから。
ずっと前から。
この人と生きていきたいって。
「……ほとけ」
「うん」
「……指輪、買っとる」
「え?」
「ずっと前から」
テーブルの脚の下に置いてた鞄から、小さな箱を取り出す。
深い紺色の箱。光の反射で少しだけきらめく。
「……いふくん……それ……」
「お前が言い出すまで、待っとこう思ってた」
「ま、待って……ほんとに?」
「俺が嘘つくと思うか?」
「思わないけど……でも……でも……!」
ほとけの目に、すっと涙がにじんだ。
箱を開ける。
中には、シンプルな銀の指輪。光が静かに弧を描いている。
「……ほとけ」
「……うん……」
「結婚しよ」
言った瞬間、ほとけの涙がぽろっと落ちた。
「……っ……いふくん……うれしい……」
「泣くなや……」
「泣くよ……っ……だって……僕、いふくんが……ずっと……」
言葉が詰まりながら、ほとけが俺に抱きついてきた。
腕をまわされる力がいつもより強い。
しばらく抱きしめ合って、ほとけが少し落ち着いたあと。
俺はその手を取った。
「左手出せ」
「……うん……」
差し出した手はまだ少し震えてて、その震えが愛しくてたまらんかった。
指輪をそっとはめる。
ぴたりと吸い込まれるように馴染んだ。
「……似合っとる」
「……いふくんが選んでくれたからだよ……」
「いや、お前が元々綺麗なだけや」
「そ、そういう急に甘いこと言うの……ずるい……」
「本音や」
「……ありがとう」
ほとけがまた少し涙を落としながら微笑んだ。
その顔はなにより美しかった。
◆
食後。
二人でソファに座り、暖房の効いた部屋で静かに寄り添う。
ほとけが俺の肩にもたれながら、指輪を目の高さで見つめている。
「……実感がすごいね。こんな日が来るなんて」
「来るやろ。俺らやぞ?」
「ね。いふくんとなら……どんな未来でも楽しそう」
「俺もや」
ほとけが嬉しそうに笑う。
「……あのさ」
「ん?」
「これからの暮らしさ……もっといろいろ決めていこ?」
「例えば?」
「まずはさ……結婚式。
派手じゃなくていいけど、写真だけでも残したいな。
あ、でもないこに写真頼んだら絶対ふざけるよね……どうしよ」
「りうらは真面目に撮るけど……演出凝りすぎてスタジオ化しそうやな」
「初兎は“ワイも入れてや〜”って絶対言うし」
「あにきは……カメラに写らんやろ」
「幽霊みたいに言うのやめて?」
つい吹き出してしまった。
ほとけも笑う。それが愛しくて、たまらん。
「ほんま……ええなぁ」
「なにが?」
「未来の話してるのが」
「あ……僕も。すごく」
ほとけが、指輪のはまった左手を俺の胸に当てる。
「いふくん。僕ね……いふくんの隣で、ずっと生きたい」
「……当たり前や」
「……大好き」
「知っとる」
「……んもう」
頬を赤らめてむくれた顔があまりにも可愛くて。
俺はそっと抱き寄せた。
「俺もや。ほとけ」
「……うん」
「ずっと一緒におってくれ」
「うん。僕のほうこそ、よろしくね」
抱きしめた胸の中で、ほとけの鼓動が静かに、でも確かに響いてた。
指輪が触れあう金属の小さな音さえ、未来の音みたいに感じた。
◆
夜。ベッドに入ると、ほとけが少し恥ずかしそうに布団を持ち上げた。
「いふくん……今日だけは……ぎゅってしてほしい」
「今日だけとか言うな。毎日したる」
「……ふふ。ありがとう」
腕を広げると、自然とほとけがすっぽりおさまる。
肩に顔を埋めて、安堵するみたいに息を吐いた。
「……幸せだなぁ」
「俺もや」
「ねぇ、いふくん」
「ん?」
「これからの毎日も……こうやって隣で眠りたい」
「そらそうや。俺の隣はお前のもんや」
「……ありがとう」
ほとけの声がゆっくりと眠りに溶けていく。
暗い部屋で、未来の匂いがした。
肩に感じる温度。
胸に響く鼓動。
薬指で光る指輪。
全部が――俺らのこれからを照らしとる。
「……ほとけ」
寝入りかけのほとけの髪をそっと撫でながら、そっと囁く。
「一生、大事にするからな」
その言葉に、ほとけは眠りながら、小さく微笑んだ。
「……うん……いふくん……だいすき……」
俺はその声を胸で抱きしめて、そっと目を閉じた。
世界のどこよりもあったかい未来が――すぐ隣にいた。
「「ほとけ/いふくん。これからも一緒にいような/いようね」」
「「!」」
「…ずるいわ笑」
「いふくんもっ!」
永遠に続くといいね。
僕と/俺の幸せな未来っ!
コメント
3件
やばい、推しが尊すぎます!もうほんとにありがとうございます!