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明日の約束
桃赤
________________________
朝起きて、ハッとする。
今日はクリスマスだ。
世の中のカップルが騒ぎまくるあの日がやってきてしまった。
今日の俺は世間のカップルを恨むよりもっと大事なことがある。
赤『……やべ。はやく準備しないと。』
起きたとはいえ、もう昼。
俺は昼まで爆睡してたというわけだ。
大事な日だっていうのに。
彼に会いに行くために、それなりに身だしなみを整えて家を出る。
ぴんぽーん
がちゃっ
黄『赤さん。今年も来てくれたんですね!待ってましたニコッ』
赤『もちろん(笑)』
黄『ほらケーキあるよ!』
赤『買ってきてくれたの?』
黄『はい!』
赤『嬉しい〜!』
黄くんの家の中に入ると、不思議と彼の匂いがする気がした。
リビングに入って右側を見ると、肖像画となった君がいる。
俺は毎年クリスマスの日に黄くんの家に来て、彼の前に座る。
今年もそう。
赤『……1年ぶりだね、桃くん。』
赤『あんまり会いに来れなくてごめんね。』
桃くんが俺の前に姿を現さなくなってから、今日で4年。
あの時21だった俺も、もう25。
赤『半年後には桃くんと同い年になっちゃってるよ?(笑)』
「明日なんか、こなきゃいいのに。」
そう思って、ずっと生きてきた。
明日が来れば、そのまた明日も来て、
ずっと頑張り続けないといけない。
その事実が、何よりも辛かった。
きっとその考えは、これから先もずっと変わらないし、この世界に、ずっとずっと苦しむままだと思う。
でも、
赤『……桃くんから最後のクリスマスプレゼントもらっちゃったし…?(笑)』
赤『……プレゼント、ちゃんと今年も大事にしたよ。』
赤『来年も守るから、絶対見ててね。』
赤『………約束。』
君からのプレゼント、大事にするよ。
黄『……赤さん、終わりました?』
赤『うん、終わったよ。』
黄『毎年桃にぃのためにありがとうございます。』
赤『そりゃもちろん。』
黄『桃にぃも…嬉しいと思いますよ。』
赤『そうだったらいいね……(笑)』
俺には人を笑顔にする才能なんてなくて、なんなら周りにいる人はみんな俺から離れていって、いつも彼に笑顔にしてもらってばかりだった。
桃くんこそ自ら「嫌だ」という想いで俺から離れたことは無かったものの、桃くんを喜ばせたことは、今まで1回でもあっただろうか。
黄『……ケーキ、切りましたよ、』
赤『お!嬉しい〜!』
黄『食べちゃいましょっか!』
赤『あれ、青ちゃんとは?』
黄『今日は大事なクリスマスなので…』
赤『遊んでくればよかったじゃん…』
黄『青ちゃんにはちゃんと話してるんで…』
赤『なんか…申し訳ないよ』
黄『いえ、そんなことは…全然…(笑)』
黄『そういえば、プレゼントって毎年言ってる気がするんですけど、それってなんですか?』
赤『あんまり聞かないほうが良いと思うよ((苦笑』
黄くんにとっては、辛い話ばかりであろう俺達の約束。
黄『えっ、……まさか桃にぃ…婚約指輪とか渡したんですか!?』
赤『違うよ(笑)』
赤『それだったら毎年”大事にしたよ”なんて言いに来ないでしょ』
赤『しかも俺薬指に指輪なんかつけてないし。』
赤『ほら。』
黄『……たしかに。』
俺の左手の薬指を見せると納得したように頷く黄くん。
そういえば、黄くんは用事で、桃くんの死に際に立ち会えてなかったなぁ…
俺と桃くんの会話なんて聞いてないよね。
赤『あ〜、あんまり思い出したくない過去だなぁ。』
黄『…でも桃にぃからちょこちょこ聞いてましたよ。』
黄『赤さんの話。』
赤『は?何いってんの?アイツ。』
黄『すごい感情豊かで可愛い子なんだ〜って言ってました。』
黄『それより!プレゼント何貰ったの!』
できるだけ思い出さないようにしてきた。
あの頃高校生だった黄くんにも、ストレスになると思って話してこなかった。
でも、黄くんももう大人だもんね。
立派な医大生だもんね。
赤『………そうだなぁ…』
あんまり深くまで話さないんだったらいいか。
赤『桃くんからのプレゼントは…___________。』
_________________________________
真下に深くて真っ黒な海がある、ここの崖。
毎年自殺者が絶えなくて、自殺の名所なんかにされちゃったり。
柵付けろよなんて思うけど、今の俺からすれば好都合。
数あるの中の1に紛れてしまえば、
俺なんかの命は無駄なものになってくれるのではないだろうか。
そんな微かな希望で、ここにやってきた。
ここで死ねたら、どれだけの人が幸せになるんだろう。
少なくとも、俺と俺のお母さんは、笑ってくれるかな。
赤『帰んなかったら怒られちゃうか…』
どうせあの人なら、俺が死んだことにも誰かに言われなきゃ気付かないんだろう。
いつから愛されなくなったのか。
いつから真面目に育てられなくなってしまったのか。
いつから金を奪うものとして扱われるようになったのか。
………違う。
俺は、親の手違いで生まれた子。
しかも、母親の不倫相手との子。
愛されるわけ…ないじゃん。
育ててくれるわけ…ないじゃん。
赤『……何期待してたんだ。俺…』
そりゃ…邪魔者扱いされる。
今までずっと頑張ってきたのに。
親に、嘘でもいいから愛されるようにって、頑張ってきたのに。
俺はずっと、無駄なことをしてきただけ。
学校だってそう。
どれだけ勉強を頑張って、
授業を真面目に受けて、
部活でいい成績を残して、
委員会の仕事もちゃんとやったって、
愛嬌がなければ、先生に好かれなければ、良い成績をつけてくれることはない。
頑張った人が損をするこの世界で、今までずっと無駄な努力を繰り返してきた俺はどうやって生きていけばいいんだろう。
結局愛嬌がなければ、可愛がってもらえなきゃ人間関係上手くいかない。
世の中は、どれだけ目上の人に媚を売れるかが大事ってこと。
そんなの俺にはできない。
頑張ってきたことさえも見てもらえなくて、認めてもらえないなら。
こんな世界、捨ててやろう。
何とも言えない、清々しい気分。
もう何も考えなくていいからだろうか。
赤『…………』
靴を脱ごうとしたけど、証拠が残るのは嫌だから、脱がないことにした。
赤『なんか良い気持ち…』
今は真夜中。
田舎の中の、人通りが少ない道。
きっと誰かに止められることはない。
崖の角に座ってみる。
少し前に出てしまえば、死ぬことができる場所だ。
赤『あ…夕焼け…みたいかも…?』
最後なら、何してもいいよね。
なんで夜に来ちゃったんだろう。
夕焼けみたいのに。
………母さんにバレないようにするためか。
?『ねぇ。何してんの。』
少し低い声がしたと思って後ろを振り向けば、聴色っぽい髪の毛を持った男の人がいた。
赤『……なに…してるんでしょうね。』
?『馬鹿なこと、すんなよ。絶対。』
今考えれば、何をしていたんだろう。
死んで認めてもらいたかっただけなんだろうか。
理由なんて無しに死のうとしてたんだろうか。
今の俺には、さっきまでの自分が何をしようとしていたかなんてわからない。
1つだけ言うとするなら、
赤『……疲れた。』
赤『ただ、…それだけ。』
あまり深くは語らない。
どうせ理解してもらえないから。
?『…どうせ自殺しに来たんでしょ。』
?『まぁここ、自殺の名所だしね。』
なんだコイツ。
平気な顔して自殺直前の人と話してる。
頭おかしいんか?
赤『…俺…死ぬんですけど。今から。』
?『死ねばいいじゃん。』
赤『ほんとにいいんですか?俺、目の前で死ぬんですよ?』
?『いいよ。』
赤『ふぅ、…っ、………』
赤『……っ、?』
ぁれ…おれ…なんで…死ねないの?
?『ほら、死ねない。』
赤『っ、……』
?『人ってね、自殺しようとするけど、どこか心の奥底で、助けてほしいって思ってるもんなの。』
?『俺は君の過去とかは知らない。どんなことがあって、ここに来たかも聞かない。』
?『……ただ…、明日はそう簡単に来ないもの。』
今の俺にとって、名前も知らない彼の言葉は、矢を打たれたみたいに突き刺さる。
何も言い返せないくらい、正論だからなのだろうか。
それとも、彼のちょっぴり悲しそうな笑顔が、嫌と言うほど俺の目を見るからなのだろうか。
……そうじゃない。
俺が彼の瞳に引き込まれていっているだけ。離そうにも離してくれない。
俺は、この短時間でおかしくなってしまったんだ。
彼と出会ってからの、たった数分で。
?『ほら、おいで。』
?『ほんとに落ちちゃうよ?(笑)』
まるで魔法がかかったみたいに、俺は彼の方へ歩き出す。
?『はぁ、…良かったニコッ』
彼もまた、俺と同じように俺の名前を知らないはずなのに、まるで自分の大事なもののように俺を抱きしめた。
赤『………っ、……』
人生で初めて感じる何かがある。
これが、俺が今まで与えられなかった愛なのか。
それとも過去の恐怖心から来る安心感なのか。
?『ぉ、やべ。俺そろそろ帰んなきゃ。』
?『次はこんなことすんなよ。』
この人、すっごいあったかかった。
家に帰ったら、また同じ”明日”が来てしまう。
家に帰ったら、俺の心はまた冷めてしまう。
ずっとここにいたい。
帰りたくない。
赤『まって、…!』
?『ん?』
赤『……えっと…、そ、……の…』
行かないでなんて。
そんなこと言えない。
迷惑かけちゃうよ…赤。
?『素直に言ってくれたら良いのに笑』
赤『えっ、……ごめ…なさ、…』
?『帰りたくないんだろ?』
?『流石に家は無理か…』
赤『……いや、大丈夫です…ほんとに…』
?『送ってくよ。家まで。』
赤『はい?』
結局家まで送ってもらうことになった。
赤『あの…ありがとうございました。』
?『んーん、いいよ。全然。』
?『またおいでニコッ』
赤『は、はい…』
強がっていた心は、いつの間にかなくなっていた。
桃『あ、俺の名前”桃”ね。』
赤『桃…さん……』
桃『さんはやだ!堅苦しい!』
赤『…じゃあ…桃くん?』
桃『んふふっ(笑)』
桃『名前は?』
赤『……赤。』
桃『赤…ね…』
桃『じゃ、また会おうなニコッ』
赤『………うん』
名前を確認して、少し急いで帰っていく彼を見て、何か予定でもあるのかと少し申し訳なく思った。
そういえば、俺も家の中入らないと。
家の中に入れば、いつも通り酔い潰れてリビングで寝ている母さんがいて、部屋の中は汚かった。
赤『………やんないと……』
どれだけ非日常なことが起こったって、いつもと変わらないことがあれば、それもだんだん嬉しいことじゃなくなっていくんだろうか。
また会いたいな、なんて思いながら、寝ている母さんの周りに散乱しているビール缶を片付けていく。
赤『全部やり終わったら…朝方かなぁ…((小声』
桃くん。
正論ばっかり言うし、
『死ねばいいじゃん』って
言われた時は驚いたけど、
よく聞けば芯のある言葉の連続で、
強くて優しい人なんだなって思った。
だけど、あまり人のことは、信用したくなかった。
関わりすぎると裏切られたという気持ちになってしまうから。
命がなくなる瞬間を黙って見ていられなかった桃くんだとしても、数時間前に会ったばかりの人。
やっぱり俺は、誰かと関わっちゃいけない。
そんなことを考えていると、家事はすべて終っていて、酔い潰れて寝ていたお母さんも、もう家にはいなかった。
日はまだ昇っていない。
予想が外れて、少し憂鬱な気持ちになる。
時刻を確認するため時計を見ると、5:08と表示されている。
もう秋だしね。
今の時間じゃまだ暗いか。
少し早いけど、この家にいるのも嫌だし、散歩でも行こうかな。
バイトまでの時間に、時間を潰そうと選んだ場所は、今日の夜中に来た崖。
赤『……落ち着くなぁ……』
こんなところで落ち着くようになってしまった俺は、おかしいのだろうか。
家にお金を入れるために諦めた高校受験。(まぁほぼお母さんのホスト代に使われている。)
中卒であれば、将来就職できるかどうかもわからない。雇ってくれるところは必ず少なくなるだろう。
でも、その時の俺には未来のことを考える余裕なんてなくて、志望校を書くことができなかった。
そのせいで今はバイト三昧。
自分のせいだってわかってる。
無意識にここに来てしまう今の俺も、未来のことを考える余裕は無いのかもしれない。
気付けば辺りは明るくなっていて、海の底から太陽が出ていた。
太陽が射す光は、俺がいる崖までの一本の道のようで、まるで俺を死の世界に誘ってるみたいに思えた。
人だけでなく、自然まで俺に死を誘うのか。
また海への一歩を踏み出しそうになったが、今朝の彼の言葉が脳裏を横切り、今はやめておくことに。
もう朝の7時。
誰かさんのためのお金を稼ぎに行こう。
救急車のサイレンが鳴っている。
海の景色が見えるであろう大きな病院の中に入る彼の姿は、その時の俺には見えなかった。
午前はちょっとだけおしゃれなカフェ。
午後は近くの本屋さん。
夜はコンビニ。
どの店の店長も、中卒の俺を受け入れてくれた優しい人。
なんだろうけどやっぱり態度は違う。
それでもお金を稼ぐ場所をつくってくれた店長たちには感謝しか無い。
その場所すら与えられていなかったら、俺はパパ活とやらをやらないといけなかったんだから。
どんなに怒られても、バカにされても、この場所だけは逃がしちゃいけない。
先輩『ねぇ赤くん。私休憩してくるから1人でホール行ける?』
赤『えっ、…でも…他にも先輩方いらっしゃいますよね……?』
先輩『1人で、行けるよね?』
赤『あっ……はい。』
店員『赤くんってどこの高校行ってるの?』
赤『ぁっ……実は…高校行って…なくて…笑』
店員『あっ……そうなんだ!ごめんねこんな話しちゃって…』
赤『いえ!そんな…』
店員『赤くん高校行ってないんだって…』
先輩『まじでいってんの?笑』
先輩『世の中舐めてるでしょw』
赤『っ、……』
苦しくなんてない。
辛いとも思わない。
ただ、学歴だけで人を判断する世の中に呆れてるだけ。
でも、陰口を言われたら目の奥が熱くなるのは、どうしてだろう。
赤『お先に失礼します…お疲れ様です。』
1日が終わるのはものすごく遅い。
1日の中で、何回悪口を言われたらいいんだろう。
何回悪口を言ったら気が済むんだろう。
そもそも俺が店に入ってからもう半年も経ってるのに。
いつまでその話題は出続けるんだろう。
赤『生きづらい世の中だなぁ…』
そんなの最初からわかってた。
お金が無い人は下に見られて、周りの環境だけを見て、俺自身を見てくれない。
朝に浄化された気持ちは、1日を過ごしただけで、またどす黒く汚れている。
ふと上を見上げると、星1つない、真っ黒な夜空が浮かんでいて、俺の心を表しているみたいだった。
___________________________
そんな日々を続けること約半年。
家庭環境はいつになっても変わらず、
バイト先の先輩の態度も変わらず、
俺の心の余裕はどんどん無くなっていく。
どれだけ助けてほしいと願っても、
家の事ばかりで友情を捨ててきた俺には相談する相手すらいない。
桃くんとは1週間に1回くらいのペースで会う。
が、俺はほぼ桃くんと会話ができていない。桃くんが一方的に、俺に話しかけてくるだけ。
もちろん質問されたら返すけど。
桃くんと話せば、今まで我慢してきた何かが溢れ出そうで怖い。
バイト帰り。
22:04。
今日は彼と出会う日みたいだった。
桃『…あれ、また会っちゃったね笑』
赤『………』
帰路を歩いていると、後ろから俺の自殺を止めた人が声を掛けてきた。
桃『何してんの?こんな夜に。』
赤『バイト。』
桃『バイトかぁ…俺まじでバイトだけはしたことないんだよなぁ。』
赤『………』
少なくとも桃くんは、バイトをしなくてもいいくらい、良い環境にいたって言うこと。
すごく羨ましい。
お金があって、ご飯が食べれて、家族がいる家に帰れるんでしょ?
それだけで幸せだっていうことに、どうして人々は気付かないんだろう。
ピコン♪
ピコン♪
ピコン♪
俺が黙りこくっていると、俺のスマホから通知音がなった。
“お母さん”
その文字に俺は顔を顰める。
桃『……、?』
赤『…ぁ……ごめんなさい。ちょっと。』
“夜ご飯は?”
“ないんだけど。”
“作ってないとかありえない。”
“どこにいるの?”
“まさか遊びに行ってたりしないでしょう。”
“返事くらいしなさい”
今日…お母さん…帰ってくる日だったっけ…そんなの聞いてないよ…
赤『ごめん…俺はやく家帰んなきゃ…』
桃『ちょっとスマホ見せて。』
そう言って俺から強引にスマホを奪い取る桃くん。
赤『ちょっと…!』
桃『……なるほどねぇ…』
桃くんは俺の母さんの連絡先を即ブロックした。
そして状況を全て理解したように言う。
桃『今日は俺の家行こっか。』
赤『ぇ、でも…』
桃『いいからいいから!』
そしてさっきと同じように強引に腕を引っ張って俺を桃くんの家へ連れて行く。
赤『え、ほんとに行くの?』
桃『ほんとじゃないわけないだろ。』
赤『ちょ、ご家族は?』
桃『弟が1人いるだけ。大丈夫!』
赤『ちょっと…!』
桃『ただいま〜、』
赤『お、お邪魔しま〜す……』
?『桃にぃ、おかえりなさい…って…』
?『その子…誰ですか?』
リビングから出てきたは黄色髪をした子。
まぁ…そうなるよね
桃『俺の友達。』
?『あ、そうなんですね』
黄『僕、黄っていいます!』
黄『兄がいつもお世話になってますペコッ』
赤『……どうも…ペコッ』
赤『赤…です…』
友達っていうか…桃くんが友達っていう肩書きをつけているだけなのでは?
と口に出る前に、そう思ってしまう自分を慌てて封印する。
黄…さん。桃くんの弟。
めっちゃいい子なんだろうな…
身長高いし、ハーフ顔だし、脚細いし、俳優でもモデルでもなれそう。
黄『赤さん…』
黄『いい名前ですね!』
赤『あ、ありがとうございます…』
めっちゃグイグイせめてくるタイプなんだな…
兄弟揃ってどんなところ似てんだよ。
黄『さ、今日の夜ご飯は唐揚げですよ』
桃『お、美味そうじゃん』
黄『今日ママの部屋からレシピ本出てきたんです。だからそれ通りに作ってみた!』
桃『まじ?』
桃くんのお家、仏壇ある。
あの2人、桃くんと黄さんのご両親かな。
黄『赤さん唐揚げ何個いります?』
赤『ぇ…あ…』
俺食べる前提なの?
普通にいらないんだけど…
赤『俺…大丈夫ですよ…食べなくて。』
お邪魔させてもらってる身だし…?
桃『駄目。』
赤『ぇ…』
少し食い気味に駄目という桃くん。
めっちゃ黄さんに指示してるし…
そんなこんなで出てきたのは皿いっぱい大盛りの唐揚げ。
キャベツの千切りまでタワーになっている。
これを今から3人で食べるというのか…
いや多いな。
黄『赤さん、良ければいっぱい食べてくださいニコッ』
桃『ほら、食べろ。』
桃『あの感じだとろくに食ってねえんだろ。』
否定はできない。
お母さんの分だけしか作れない食費。
そのせいか身長も低いまま止まってしまった。
筋肉のおかげで骨こそ浮き上がっていないものの、この身体に脂肪がついているとは到底思えない。
赤『……じゃあ…いただいます。』
黄『どうぞ』
桃『めっちゃ母さんの味だわ。』
黄『……おぉ、ほんとですね。』
2人が2人のお母さんの味を食べて少し興奮している中、俺は誰かと食べるご飯の美味しさを身に染みて感じていた。
カフェの店長さんは優しくて、俺が開店準備をしに行くと、内緒で店のメニューの中から1つ、必ず無料でなにか食べさせてくれる。
それで死ぬことは免れていると言っても過言じゃないだろう。
赤『…………、』
誰かと食べるご飯。
心が温かくなる。
今の俺にはこれがどんな感情なのかわからないけど、こんな気持ちになることはこれから先あるんだろうか。
桃くんが自殺を止めた日だって、いつもと何も変わらない日で、苦しいくらいに寂しい気持ちになったのを今でも覚えている。
少なくとも、彼といる限り、こんな気持ちになるのは、当たり前になってしまうのかな。
赤『ごめんなさい…俺…お腹…いっぱいで。』
桃『めっちゃ食べたな。』
桃『良かった良かった。』
いつもの生活のせいで収縮していた胃を膨らますのは無理だった。
今はお腹いっぱいだし、しばらくは店長に食べさせてもらわなくても大丈夫そう。
黄『こりゃ明日の朝ご飯ですね…』
桃『今この瞬間俺の明日の弁当のおかずが決まった…』
黄『元はと言えば桃にぃのせいですからね…』
桃『はぁ?』
幸せそうだな。
きっと両親に愛してもらえたからここまで優しい息子さん達が育ったんだろう。
俺は性格なんて捻くれまくってるし、心から感謝も謝罪もできない。母さんからしたら出来損ないの子供。
ダメだ。
この家にいると自分の弱さに気付かされる。早いうちに帰ろう。
赤『あの…ごめんなさい。俺…母さんが…』
桃『駄目。今日は泊まり。』
赤『ぇ…』
これはまずい。
最悪の事態だ。どうする赤。どう言い訳しようか。
桃『お前がなんと言おうと今日だけは帰さないから。』
赤『ぁ〜……』
まるでエスパーのように言い訳する間もなく『帰さない』と言われてしまった。
桃『一回風呂入っといで。その後話するから。』
赤『俺…風呂入らないで寝るよ…』
桃くんの目的は本当にわからない。
急に家に連れ込んできたかと思えば、弟さんがいて、大量のご飯があって、意地でも家に帰してくれないし、こっちは泊まりに来たわけじゃないのにお風呂に入らせようとしてくる。
その後の話の内容も読めない。
俺は今日、このまま彼のされるがままでいいんだろうか。
桃『そんなに入りたくないんだったら俺と一緒に入るはめになるけど大丈夫?』
赤『じゃー入る…』
桃『それはそれで傷つく…』
傷つくとかじゃなくて、今君がやっていることは犯罪…とかは言わないでおく。
桃『いってらっしゃい。服は後でちっちゃい頃の黄のやつ置いとく。』
赤『ありがと…』
お風呂に入って、いろいろ考える。
毎日こんな生活が送れたらなとか。
こんなに幸せな家庭に生まれられればとか。
“タラレバ”を繰り返す俺。
それはきっと、自分に自分の家庭を、どうしても他の家庭と比べてしまう癖があるからかな。
自分が辛くなるだけなんて、自分がいちばんわかってて、自分のことは、自分がいちばん理解してるつもりだ。
鏡に反射する自分の体。
左手首には無数の赤黒い線が広がっている。
これを見て、自分は本当の自分を知らないのかもしれないとも思う。
桃『ここに服、置いとくからな。』
シャワーを浴びながら鏡に映った自分の体を見ていると、ドアの向こう側から桃くんの声が聞こえた。
自分からすれば、見られてほしくない傷。
他人からすれば、つけてしまったのなら見せてほしい傷。できるだけつけてほしくない傷。
そこにすれ違いが起こることで、余計にこうなる人を増やしている。
赤『………、頭痛くなってきた…』
少し考えすぎてしまったのかもしれない。
まだ上からシャワーは流れている。
このお湯の温かさと、自分の心の冷たさに、自分の目から流れていく水には気付かないことにしておこう。
桃くんが声を掛けてから時間が経っていたのか、脱衣所に桃くんの姿は無かった。
赤『桃く〜ん…あがった……』
黄『赤さん、お風呂どうでした?今日入浴剤いつも使ってるやつと違うやつにしてみたんです…』
赤『すごい気持ちよかったです、』
リビングにいたのは黄さんだけだった。
黄『良かったですニコッ』
黄『あ、お茶飲みます?』
黄『さっき僕も飲んでたんですけど…』
赤『あ、じゃあ…お言葉に甘えて…』
黄『はい、どうぞ…』
赤『ありがとうございます…』
黄『ほんとは温かいのが美味しいんですけどお風呂上がりなので冷たくしてみました!』
そう言って黄さんが出してくれたのは冷たい緑茶。
緑茶だから、少し苦いけど冷たいおかげでほんのり甘くなっている。
黄『んふふニコニコ』
黄『……あ、僕お風呂入ってきますね!』
赤『いってらっしゃい…』
黄『…桃にぃなら自分の部屋にいると思います。トイレの横の部屋です。』
赤『ありがとうございます、』
なんか気まずい。
他人の家でリビングに一人ぼっちにされたら。
こんこん、
お茶も飲み終わり、桃くんの部屋であろうドアは閉まっていたからノックしてみる。
桃『入っていいよー、』
少し震えた声が聞こえ、部屋の中に入る。
思ったより部屋の中は掃除されてて、めっちゃ整理整頓する系なんだなと思う。
桃『ほら、こっち来て。』
赤『…うん、?』
桃くんが座っているベッド。
自分の横に座るように手で合図をする。
桃『ん、手首見して。』
赤『ぇ、』
桃『ほら。消毒してないでしょ?腫れちゃうよ?』
赤『………』
今、見てほしくない傷を見せてしまえば、俺は俺自身を理解していない状態で、他人に俺はこんな子なんだって解釈されてしまう。
それだけは絶対に嫌だった。
表面上の俺だけで解釈しないでほしい。
なんて真剣な目をしている彼の前で言えるはずもなく、結局俺はこの傷を見せてしまった。
桃『ほれ、終わった。』
赤『……ごめん、…』
終始無言のまま桃くんは俺の傷を手当てしていた。
そして、終わったと思えば何かを話し出す。
桃『………』
桃『……今赤の手首についてる傷は、赤が赤自身を追い詰めてきた数。』
そんなのわかってる。
俺が俺をいちばん嫌いだなんて。
好きになってくれないことなんて。
桃『……ってみんな言うでしょ?』
赤『…は?』
桃『自分がいちばんわかってるはずなのに。』
桃『もちろん俺は死にたいなんて思ったことはないよ?』
桃『………むしろ…生きて、人生楽しみたいくらい(笑)』
桃『……ただ…辛かった経験ならいくらでもあるし、そんな状況になった人を、いちばん近くで見てきた。』
赤『………、』
桃『俺は、その傷のこと、赤が赤自身を追い詰めてきた数じゃなくて、辛い中でも生き延びようと、頑張ってきた数だと思う。』
俺の心情を読み取ったみたいに、淡々と話す桃くん。
自分語りをあまりしない彼が、自分の経験を語っていることに、少し違和感を覚えたが、それくらい俺に寄り添おうとしてくれてるのかと思うと、胸がざわざわするくらいに心があったまった。
桃『それに……赤の親…多分通報すれば虐待で捕まる。』
赤『え、?どういうこと…』
俺は母さんから殴られたこともないし、体を傷つけられたこともない。
これのどこが虐待というんだろうか。
桃『育児放棄。ネグレスト。』
桃『ネグレストは決して軽い虐待じゃない。』
桃『結果として赤が自傷するくらいまでには赤を追い詰めてきた。』
桃『もう家に帰りたくなくて、親にも会いたくないっていうんだったら、全然俺は警察に行く。』
確かに俺は、親のせいで一生残る傷をつけてしまったと言ってもおかしくない。
赤『……でも、お母さん…俺が頑張って働いてお金渡したら…ぎゅー…してくれる…』
愛してくれなくても、真面目に育ててくれなくても、頑張ってお金を稼いでくれば愛いっぱいのぎゅーをしてくれる。
それが偽の愛だとしても、俺はすごく嬉しかった。
桃『馬鹿なんじゃないの?』
桃『…このままじゃ赤、親のための人生になるよ。』
桃『赤はきっと、親に生まれてきたことを否定されているんだろうけど、なにがなんでも産んだ方に責任があって、1つの命を育てるなら、その命とともに前に進んでいくのが、親の仕事。』
桃『お金だけの関係なんて…絶対あっちゃいけない。』
桃『自分の人生は、自分で決めるもの。』
桃『今の俺の言葉を全部無視したとしても、それもお前の人生の一部。』
家に帰る前のあの躊躇いは。
玄関のドアを開ける前のあの手の震えは。
全部お母さんが怖かったんだって、ずっと気付いてた。
気付かないように頑張ってたのに。
せめて自分だけは、家族の味方になってあげないとって。頑張ってたのに。
桃『……赤の人生をどうするかは、赤に全部決めててほしい。』
気付かないフリをしいてて良かったことだとも捉えられるけど、今の俺大事にしたい。
そう強く思った。
赤『………、』
赤『明日、…警察行く。』
桃『…わかった。』
桃『…俺と一緒行く?』
赤『うん。』
桃『……今日は早く寝ろよ。この部屋で寝てていいから。』
赤『あり…がと…』
桃『おやすみニコッ』
明日の予定を立て、桃くんは俺を置いて部屋から出ていってしまった。
まぁ、桃くんに言われた通り、早く寝よう。
そして、いつも桃くんが使ってるであろうベッドに横になった。
横になったはいいものの、なかなか眠れない。
時間が進むとともに荒くなっていく息。
とりあえず息を落ち着かせようと水を飲みに行くことにした。
部屋を出ると、まだリビングの明かりがついている。
今の時間は0時を回っているところだ。
話し声も聞こえるため、少し耳を澄ます。
黄『……どうするんですか。』
桃『いや…どうするもなにも…』
黄『………余命宣告は…されたんですか。』
桃『……手術しない場合は、な。』
黄『そう…ですか。』
黄『手術はやるんですよね……?』
桃『まだ決めてない。』
黄『もう決めないと本気で死にますよ?』
黄『もうステージ2なんですよね?』
桃『そう…だけど…』
は?なに?
余命宣告?手術?ステージ?
わけがわからない。
もうすぐ…桃くんが…死ぬ……ってこと…?
慌てて部屋に戻り、布団にくるまった。
どれだけ耳を塞いでも、目を瞑っても、時は過ぎていくばかりで、気付けば夜が明けていた。
警察に行って証拠を見せれば、すぐにお母さんは捕まり、なんか恨みの言葉を言われたけど、そんなのわからない。
頼れる親族がいなくなった俺は、児童養護施設に入ることになった。
_____________________________
そして18歳の誕生日の日、俺は児童養護施設を出た。
まぁ…追い出された、というのが正しいだろう。
施設の中の2年間はあまり覚えていなかった。
ただ、釈放された親が俺のことを迎えに来ることはなくて、愛されていなかったと再確認し、大勢の中の1人で生きる生活。その1人を真剣に見てくれる人なんて誰もいなかった。
本当にこれから、1人での生活が始まってしまう。
里親が見つからず、施設を出る2ヶ月前に、”家庭に戻らず、1人で社会に出る”と選択した。
施設長を保証人として借りた1つの部屋。広くてとても良い部屋とは言えないけど、住めるんだったらなんでもいいだろう。
施設を出た後、俺は一つだけ、行こうと決めていた場所がある。
ぴんぽーん、
がちゃっ
桃『赤…お疲れ様。』
桃『来てくれたんだね。』
桃『さ、中入って笑』
赤『ありがと…』
桃くんのお家。
あの時の感謝を伝えようと、ここに来た。
桃『……施設ももう出る歳…ってことは18?』
赤『うん』
桃『……母親は迎えに来てくれなかったと…』
赤『…うん。』
ダイニングテーブルに座って、あんまり考えたくない話をする。
といいつつ、桃くんにとっても俺にとっても大事な話。
桃『ごめんな、こんなこと言って。』
赤『ううん、大丈夫。』
桃『お茶でも淹れようか、』
赤『お願い』
この微妙な空気を変えようと、桃くんがお茶を出してくれることに。
キッチンでお湯が沸騰しているのを待つ桃くんに、伝える。
赤『……桃くん、ありがとう。』
桃『んー?なにがー?』
赤『あの時…桃くんがあぁ言ってくれなきゃ、多分俺ずっと母さんにお金出し続けてたと思う。』
本当にそうだ。
あの頃の俺は、何をするかもわからなかった。
下手したら親を殺しに行っていたかもしれない。
桃『、…』
桃『あの状況で助けない馬鹿がどこにいるんだよw』
この世はそれができない馬鹿で埋め尽くされているっていうことを知らないみたいに、彼は当たり前に話した。
赤『桃くんと黄さんは…愛されて育ったんだね。』
桃『……!』
赤『っ、……』
ただ、思ったことを口にしてしまった。
無意識で、相手のことなんかなんにも考えてなくて、羨ましさと嫉妬が混じった一言。
それだけのことで彼を傷付けてしまっていたらどうしようと考える。
桃『だろ?笑』
桃『俺の自慢の家族。』
桃『赤、見る目あんじゃんw』
ても、そんな心配はなかったみたいだ。
桃『父さんも母さんも、事故で死んじゃったけどな笑』
赤『……ごめん、』
桃『いいのいいの!』
やっぱりあそこの肖像画に写ってる男性と女性は桃くんと黄さんのご両親だったみたいだ。
その時、ちょうどお湯が沸騰して、桃くんがお茶を出してくれた。
桃『ほいどうぞ〜』
赤『うわ…死ぬほど良い香り』
桃『んふふw』
桃『今日は紅茶だよ?』
2年前は黄くんが緑茶出してくれたな〜なんて。
熱々の紅茶を口にいれる。
口の中で、ちょっとだけ苺の味がした。
赤『んまっ、』
桃『良かった(笑)』
桃『…あ、もうこれから住む場所は決まってんの?』
赤『うん。一応生活保護受けながら、なんとか。』
桃『そっか。』
桃『今日はありがとね。』
赤『ありがとう。』
桃『いつでも来ていいから。』
赤『うん。』
赤『じゃ、また』
桃『気を付けろよ!』
今日から…いや、2年前からここは、俺の第二の家になっていたのかもしれない。
衝撃の事実を聞いてしまったあの日。
まだ桃くんは生きていた。
本当に謎が多い。どれだけ俺が、桃くんに自分の気持ちを話そうが、俺は桃くんの誕生日とか年齢すら知らない。
そんな人の家が第二の家なんて、どうかしてる。桃くんも多少は普通の人がしないようなことをするけど、そんなんじゃなくて、こんなにも簡単に人を信じてしまう自分がどうかしてる。
赤『俺って単純だな…』
明日、俺は自殺をするかもしれない。
どれだけ次会う約束をしようと、俺の気持ちが変わったことはなかった。
生きてるだけで頑張ってる、なんて。
綺麗事ばかり並べないでほしい。
生きていれば、生きていること以外にも、どんどん課題が課されていく。
人間関係。
頭の良さ。
学歴。
社会に馴染むこと。
上下関係。
親孝行。
お金を稼ぐこと。
周りと変わらない、”普通”でいること。
そんなのおかしい。
結局みんな、自分で自分の人生を歩んでいるように見えて、世の中が作ったレールの上を歩いてる。
もちろん法律に関することは守らないといけないって、虐待と言われるものを受けていた俺は十分理解してる。
それでも、生活保護を受けながら生きる理由なんて見つからない。
桃くんが言ってた、『自殺しようとする人は心の奥底で誰かに助けてほしいと願ってる』って、本当なのかな。
俺は今、誰に助けてほしいんだろう。
________________________
俺はそれから、生きる理由も、誰に助けてほしいのかもわからずに過ごしていた。
ただ、バイトをしながら必ず続けてきたことがある。
ぴんぽーん、
黄『あ、赤さん、』
黄『鍵あいてるので入っていいですよ』
俺の第二の家に行くことだった。
これは俺が決めた、人生の選択。
彼らといれば、何か見つかるかもしれないと。少しの希望で今、ここにいる。
黄『今年のチョコで〜す』
桃『はいチョコ〜』
赤『じゃぁ…俺もこれあげる…』
桃『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
黄『赤さんが渡してくれる日が来るなんて…』
2/14。みんなでバレンタインチョコを渡し合ってみたり。
黄『桃にぃはぴば〜』
黄『あれあれ〜?もう23歳ですね?(煽)』
桃『うるせぇ黙れ』
赤『ぇ…桃くんって23だったの…』
2/24。みんなで誕生日パティーをして。
(桃くんの年齢と誕生日も発覚して。)
赤『え…今日なんかあったっけ?』
桃『何もないけど仕事帰りに買ってきちゃった♡』
黄『じゃあ今日なんの記念日にしましょうか…』
桃『……赤、黄のこと”黄くん”って呼んでみろ。』
赤『ぇ…無理だよ。』
桃『いいからいいから』
黄『👀✨』
赤『黄……くん…』
黄『はい今日は赤さんが初めて僕のことをくん付けで呼んだ日〜!』
5/14。何でもない日に記念日を作ってケーキを食べてみたり。
桃『赤、願い事何にすんの?』
赤『んー?秘密ー(笑)』
桃『だるっ、』
赤『そういう桃くんは何書いてんのさ』
桃『俺も秘密ー』
赤『教えないくせに聞いてくんじゃねぇ』
7/7。七夕で願い事を書いてみたり。
桃『なんでまた切ったのさ…』
桃『しかもめっちゃ深いし…』
赤『…………』
桃『もぉ〜…』
赤『痛い…』
桃『自分でやったんだから仕方無いだろ?』
赤『う”ぅ”〜…』
桃『はいはい威嚇しないの。』
8/25。時には手当てしてもらったり…(小声)
桃『黄、俺今日赤の家泊まってくる。』
黄『わかりました。なんかあったらすぐ電話してくださいね』
赤『え、ちょ、』
桃『たまにはいいだろ?』
赤『俺の家狭いよ?』
桃『大丈夫大丈夫』
赤『はぁ?』
9/17。突然家に泊まると言い出したり。
黄『Trick or Treat!』
黄『お菓子くれなかったらイタズラするよ!』
桃『はいはい今年もちゃぁんと持ってますよ〜』
黄『わーい♪』
桃『ていうか赤の猫耳破壊力ありすぎ…』
赤『……/』
黄『僕が着させました』
桃『黄、ナイス。』
黄『えへへ』
桃『黄は安定のお化けだな。』
黄『布団被るだけでいいので。』
桃『まぁな』
赤『桃くんはいっつも警察官なの?』
桃『いや?俺は毎年変える派〜』
桃『ちゃっかり今日は黒髪にしてきちゃった〜』
赤『なんか新鮮…』
10/30。ハロウィンにはみんなで仮装してみたり。
でもやっぱりいちばん好きなのは12/25。クリスマス。
黄『赤さんメリクリ~!』
桃『*Merry Christmas*』
赤『無駄に良い声で言わないで』
桃『え”』
黄『ほら、今年もケーキ、用意してますよ!』
桃『うぇーい、はよ食べようぜ!』
赤『……は〜い!』
桃『はい今年のクリスマスプレゼント〜』
赤『え…今年はスマホくれんの?』
桃『赤のやつは古すぎる。』
赤『ありがとう…』
黄『桃にぃ僕は?』
桃『お前のはない』
黄『はぁ?』
桃『嘘〜(笑)』
桃『ほら、これ。』
黄『え?ギター?』
桃『黄、音楽きくの好きだろ?』
黄『桃にぃ今年は散財してますね…』
桃『おかげで財布が空っぽだよ』
プレゼントだって皆で渡すし、何よりケーキも、ケーキ屋さんが気合い入れてるのかわからんけど、いつもより美味しく感じる。
特に理由はないけど、俺の中で特別なイベントだった。
そんな生活を2年ちょっとくらい過ごしていたら、ちゃっかり合鍵まで貰っちゃって、家に誰も居なくても入れるようになった。
黄『ただいま〜、』
赤『おかえり〜』
黄『赤さん!昨日いなかったから今日もいないのかと思いました(笑)』
赤『昨日はバイト詰め詰めだったの!』
黄『そうだったんですね』
赤『…んね、学校どうだった?』
赤『今日始業式だったんだよね?』
黄『楽しかったですよ』
黄『新しい友達もできちゃいましたニコッ』
赤『よかったねぇ』
自分ができなかった経験を、黄くんに話してもらうのが好き。
そんな夢のような世界で、悪夢がすぐ傍にあったことを、俺は忘れていた。
いつも通り、バイト帰りに桃くんの家に寄った。
が、もう外は真っ暗な夜だというのに、家の電気が1個もついていなくて、家の中に誰もいない。
何かがおかしいと思って、黄くんに電話することに。
出たのは意外と早くて、3コール目くらいには出てくれた。
赤『もしもし黄くん?』
赤『家にいないけど…どうしたの?』
黄『ぁ…の…、…』
聞こえてきたのは、今にも消えてしまいそうなくらい小さく、泣きそうな声で話す黄くんの声だった。
赤『え、ちょ、黄くん?』
赤『ほんとに…どうしたの?』
黄『実は…桃にぃが……__________。』
次の言葉を聞いたとき、夢の世界にいた俺は、一気に地獄へ落とされることになった。
赤『黄くん!』
黄『赤さん…っ…ポロポロ』
俺が来た途端、安心したのか涙をぼろぼろと流し始める黄くん。
赤『ちょ…桃くんって…』
黄『…………』
ついに来てしまった。
9/30。
何の記念日でもない今日は、あの日聞いたことが、現実になる日。
ちゃんとした説明を先生から聞き、泣きつかれて寝てしまった黄くんをおんぶして病室に入れば、いつもと変わらない顔をした彼がいる。
赤『桃くん、なんで自分の口から言ってくれなかったの。』
赤『俺、寂しかったよ。』
肺がん、ステージ4。
手術してなかったから、救いようが無くなったんだって。
イレギュラーなことの連続だったあの時から、もう既に4年が経っていた。
黄『すぅ…すぅ、ん…っ…』
俺の背中で寝ている黄くんは、どこか苦しそう。
大人っぽいなと思っていた彼は、本当はまだまだ子供なのだと改めて感じる。
空気を読んで行動してしまう彼だから、余計に大人っぽく見えて、彼の本当の声を聞いてあげられなかった、なんて。今となったら言い訳にしかならない。
赤『ごめんね…』
秒針の音が妙に大きく聞こえる夜の部屋で、そう呟く。
カチッと他の音よりも大きく、秒針が鳴った。
9/31。
いつもと変わり過ぎる非日常なこれからが、ここにある。在りもしない日が、始まったような気がした。
次の日、自分の部屋から降りてきて、リビングをキョロキョロする黄くん。
黄くんの精神状態も考えて、しばらくは桃くんの家で過ごすことに。
黄『あの…ありがとうございます…』
赤『ううん、大丈夫だよ』
そんのことを察したのか、感謝を伝えられた。
赤『早く起きてくれたところ申し訳ないんだけど…しばらく学校はお休みしよっか。』
黄『ぇ、…』
赤『いつまで休んでてもいい。その代わり…今までのこと…教えてくれる?』
黄『はい…逆にごめんなさい…今までずっと伝えてなくて…』
赤『はい、謝るの禁止〜笑』
赤『今日は何しよっか!お休みだよ?』
自分自身、頭の整理ができてない中で、なんとか黄くんを元気付けようと頑張る。
俺ごときが頑張ったところで、当然、黄くんの中で桃くんが倒れてしまったことのショックは消えないだろう。
黄『僕…今日は部屋でゆっくりします…』
赤『うん、わかった』
赤『桃くんが悲しむようなこと、しないでね。』
なんて、自分が言えたことじゃないけど。
黄『わかってますよ』
黄くんがいなくなったこの部屋で、どうにか自分の心を落ち着かせようと、無意識で左手の袖を捲っていた。
目を瞑れば、思い出される先生の言葉。
医者『ステージ4ですね…』
医者『長くもって2年でしょうか…』
今から抗がん剤治療をしたところで、治る確率は本当に低い。
そもそもなんで今まで治療してこなかったのかすらわからない。治療したくない理由が何かあるなら、彼の気持ちに寄り添いたいとも思うが…。
赤『本当に不思議な人だなぁ…』
思い返せば、普通の人がしないであろうことを平気でしていた。
…考えても何も変わんないか。
あー…なんかつかれた。
黄くんもいないし、ちょっとだけ寝てみるか。
俺はリビングのソファで少し寝かせてもらうことにしたか。
夢を見た。
まだ俺が、虐待を受けている夢。
夢の世界の俺は、桃くんと出会ってなくて、社会人になってもずっと同じような生活をしていた。
ただ、1つお母さんに違うことがある。
育児放棄だけじゃなくて、普通に暴力をしてくること。
痛い。
苦しい。
なんで、頑張って稼いで、お金を渡してるのに、こんなに罰を与えられないといけないの?
なんで、全部俺なの?
そして、自殺をしようとしていた。
いや、した。
夢の世界の俺は、死んでいた。
海の中で息が続かなくなったと思えば、現実世界に引き戻された。
目を開ければ、黄くんがいる。
黄『赤さん…大丈夫ですか?』
赤『黄…くん……』
夢ってすごい。
夢の中で起こっていることのはずなのに、まるで自分がその世界にいるみたいに感じられる。
黄『うなされてたんで起こしちゃったんですけど…汗すごいですよ…』
赤『黄くん…俺…なんであの時死ななかったんだろう。』
この夢を見たことで1つ、疑問に思ってしまった。
ただ、それだけだった。
黄くんには何も事情を話してない。
そもそも俺と桃くんは、俺のバイト先で出会った友達だと伝えている。
俺が自殺しようとして、止められて。
無理やり家につれてこられて。
施設に行ったときだって、家の都合で引っ越すと嘘をついた。
なのに。
黄『ぇっ………』
赤『…ごめん。』
黄くんは驚いていた。
そりゃそうか。
黄『……なんとなく…わかってましたよ…』
黄『桃にぃが、深い理由も無しに家にまで連れてくるなんて、相当なことがあったんだろうなとは思ってました。』
黄『だけど…自殺しようとしてたと…そこまでは考えてませんでした。』
そうだ、この子は周りがよく見える子。
人一倍、他人の感情が読めてしまう。
赤『………、』
黄『…僕のほうこそごめんなさい。』
すごく気を遣わせてしまった。
完全にやらかしたな。
赤『そんなに謝んなくて大丈夫だよ(笑)』
赤『…あれ、もう夜だね…』
赤『夜ご飯作っちゃおうか。』
黄『…………』
赤『大丈夫大丈夫w』
なんの根拠もない大丈夫。
言われてる方は本当なのか、不安になること。そんなの俺がいちばんわかってる。
でも、そう言わなきゃ黄くんが何をしようとするかわかんないから。
赤『夜ごはん何にしよっか…』
赤『………っ、』
夜ごはんを何にしようかと、冷蔵庫の中身を確認しに行ったとき、絶望した。
作りかけのハンバーグ。
きっと桃くんが作っていたもの。
料理してる途中で倒れちゃったのかな。
黄『ぁ…ごめんなさい…』
赤『黄くんはテレビでも見ながらゆっくりしててニコッ』
黄『あ、ありがとうございます…』
そう声をかけると俺がさっきまで寝ていたソファに腰をかけた。
まずはこの作りかけのハンバーグ、もったいないけど捨てちゃうか。
ハンバーグは思い出したら辛いよな…
カレーとかにでもしてみるか。
作るのが面倒くさくて、家では1日1食だけ。
こんな俺でも、毎日のようにご飯を作っていた過去がある。
だから料理はできるタイプだと、自分で言っちゃう。
人に食べさせたことはないし、自分で美味しいかどうかもわからないけど、黄くんが元気になってくれればそれでいい。
桃くんが起きたときに、元気な黄くんを見せるのが、俺の役割なのかな。
そもそもここは2人の家で、俺はなんの関係もない赤の他人。
そんな人が、人が倒れたことに情けをかけるなんて、そこからもう既に俺は間違っているのかもしれない。
赤『おまたせ〜』
黄『ありがとうございます…』
黄『カレー…✨』
赤『んふふ(笑)』
黄『赤さんは食べないんですか?』
赤『お腹空かなくてさ』
今日、ちゃっかり朝ご飯食べちゃったからね。
黄『食べなきゃダメですよ』
赤『俺1日1食だから!』
黄『あー…なんか桃にぃが言ってましたね…』
ちゃんと手を合わせてからカレーを口に入れ始める黄くん。
黄『んふっ…美味しいです!』
赤『良かった笑』
黄『……………』
一口だけ食べて、美味しいと言ったかと思いきや、突然スプーンを置いて黙ってしまった。
赤『黄くん…どうかした?なんかあった?』
黄『……………』
流石にずっと黙っているのはおかしいと思い、顔を覗くと、オレンジがかった綺麗な瞳に、涙を浮かべていた。
赤『ちょ、黄くん?』
黄『桃にぃに初めて作ってもらったご飯も、カレーだったんです(笑)』
黄『ママと…お父、…さんが、事故で死んじゃったときに…元気出せよって…作ってくれました。』
黄『…それに…僕と桃にぃは…本当の兄弟じゃなくて、血も繋がってません。』
赤『ぇ?』
黄『僕のママと桃にぃのお父さんは…お互いに再婚相手です。』
赤『そぅ…なんだ…』
知れば知るほど、今まで辛かったんだろうな、と感じるこの兄弟の過去。
黄『桃にぃのお母さんも、僕のパパも、どこにいるかわからない。』
黄『僕たちにとって、親の存在は、最後の家族だったんです。』
黄『でも…桃にぃは、それを感じさせないくらい、僕のことを見てくれて、”本当のお兄ちゃんだと思って。家族だと思って。”って言ってくれたんです。』
黄『だったのに…今…その桃にぃすらいなくなっちゃうかもしれないって…』
黄『僕…これからが怖いんです…ポロポロ』
黄『全部…全部…僕から皆離れていっちゃうような感じがして…ポロ』
家族に突き放される辛さを、俺は知ってる。
抱きしめてあげたかった。
…でも、できなかった。
これは、桃くんにしかできないと思ったから。
赤『……………』
何も、声をかけられない。
綺麗事も、無責任な大丈夫だよ、も、言いたくない。
それが本人を傷つけるって、俺がいちばんわかってる。
赤『…愛されてるよ。黄くんは。』
赤『いっぱい、桃くんから愛を貰ってる。』
赤『……桃くんはきっと、黄くんにずっと笑顔でいてほしいと思ってると思うよ。』
赤『桃くんに死んでほしいなんて思ってるわけじゃないけど、人間は生まれたら死ぬ生き物。』
赤『桃くんはそれが、周りと比べて少し早かっただけ。』
赤『いちばん大事なのは、今の桃くんの変化を、受け止めてあげることなんじゃないかな。』
桃くんがもし死んじゃった時には、いっぱい泣いていいから。
俺を責めていいから。
この言葉は、黄くんに向けて言っているけど、もしかしたら心の底の俺に向けて言っているのかもしれない。
結局、いちばん弱いのは俺なんだな。
黄『なんか…赤さんが言ったら説得力ありますね。』
赤『バカにしてんのかw』
赤『…ほら、カレー食べちゃいな』
黄『赤さんも食べるんだったら。』
赤『えー?仕方ないなぁ…』
赤『ねぇねぇ黄くん、』
黄『なんですか?』
赤『高校生ならさ、彼女とかつくんないの?』
黄『彼氏ならいますけど。』
赤『は!?』
赤『できたら報告するって約束したじゃん…』
黄『そんな約束した覚えないんですけど…笑』
赤『黄…俺より先にリア充になりやがって。』
黄『お先に失礼しま〜す(煽)』
赤『一生許さん。』
明日は桃くんのところ、一緒に行こうね。
黄くんが寝たのを確認して、ソファで寝ようにも寝れなかったとき、家の電話がなった。
赤『誰…』
赤『もしもし…』
赤『………』
赤『……っ、!』
病院の人からの電話で、桃くんが起きたから良ければ面会に来てくださいという内容だった。
いちばん最初に感じたのは、まだ生きてるんだ、という安心感。
でも、それと同時に、もうすぐ死んでしまうかもしれないという恐怖心も感じていた。
翌朝、黄くんと一緒に、俺が自殺しようとした場所の目の前の病院に行った。
病室に入れば、窓の外の海を眺めている桃くんと、泣きながらも、しっかりと桃くんの方へゆっくり足を進め、桃くんの胸の中に飛び込んだ黄くんの姿が、俺の目を焼き尽くした。
黄『桃にぃっ…ポロ』
桃『ごめんな…心配させちゃったな…』
俺は、ここにいてはいけないと思い、その景色をよそに、入って数秒で、病室を出た。
きっと、俺は幸せになっちゃいけない人間。
貧乏な家に生まれてしまったから。
片親だから。
親が犯罪者だから。
親が犯したことの尻拭いと、自殺未遂をしたことを背中に乗せて、一生重い責任と共に生きていかないといけない。
俺は、生まれた瞬間から、不幸にならないといけない人間だった。
桃くんとか黄くんみたいに、幸せな家庭だったからこそ悩めることとか、親にいっぱい愛してもらったからこそ悲しかったこととか。
正直言って、羨ましいと思う。
頑張ったら負けの世界で、頑張ることしか取り柄のない俺は、どう生きていったらいいんだろう。
黄『赤さん、桃にぃが赤さんと話したいって…』
赤『俺と?』
黄『はい。』
桃『赤。』
桃『ほら、おいで。』
そう言いながらベッドの横の椅子を指す桃くん。
行きたくない。
そう思っていても、彼の目が魔法のように俺の目を射止めるから。
半ば強制的に桃くんと話さなければならない状況を作られた。
桃『黄、全部話したんだってね。』
桃『驚いた?』
赤『まぁ…ちょっとは。』
桃『……ごめんね。』
俺が曖昧な返事をすると、突然謝りだした桃くん。
桃『俺…弱いからさ、赤に言おうか言わないか悩んでたら、こんなことになっちゃった(笑)』
桃『でも…手術も治療もしないって決めてる。そこだけは変えない。』
桃『…黄がね、お医者さんになりたいんだって。』
桃『これからいっぱいお金掛かるだろうから。』
桃『こんな末期の人じゃなくて、もっと未来ある人助けてほしい。』
赤『そっ…か…』
長くもって2年。
つまり、何も対処をしなければ、1年…いや…半年もつかどうかもわからないということだろうか。
桃『ねぇみて、赤。』
桃『あそこ、俺達が初めて会った場所だよ』
桃『もうあれから4年経ったんだって。』
桃『はやいねぇ…』
俺が自殺しようとした場所、じゃなくて会った場所、と言ってくれるのは彼なりの配慮なのだろうか。
赤『そうだね』
桃『……絶対…死ぬなよ。』
さっきと変わらない表情で、でも声は少し真剣で。
赤『そんなの…わかってるよ(苦笑)』
桃『わかってない。』
桃『バカか。お前は。』
桃『…せっかくだったらさ、俺が生きてる間に楽しいこといっぱいしない?』
俺が施設を出てきてから、今日での2年間。
俺は夢を見てた。
幸せに…なってしまったんだ。
俺の中の当たり前が変わって、考え方が変わって、前だったら我慢できていたことだって、冷や汗をかいてしまうまでに。
赤『俺には…幸せになる権利なんてないよ…』
赤『もし俺が、間違えた家庭に生まれてなかったら、幸せになれてたのかもしれないけど。』
桃『……俺はそうは思わないけどな。』
桃『幸せになる権利は、みんな持ってる。』
桃『大事なのは、幸せになろうとしてるかどうかなんじゃないかな。』
桃『今の赤、自分から不幸になりにいってるようにしか見えない。』
彼の言っていることは、世間一般で見れば正しいと言えるんだろう。
赤『………それは…生まれた瞬間から、親に愛されて、幸せだったから言えることなんじゃない?』
ただ、少しだけ腹が立った。
無責任に言っているようにしか聞こえなかった。
桃『……赤はさ、俺たちといた2年間、楽しかった?』
赤『それは…楽しかったけど…』
桃『幸せの基準は人それぞれ違うけど、楽しかったらそれでいいじゃん?ニコッ』
違う。
幸せじゃなかったわけじゃない。
楽しくなかったわけでもない。
その事実が、俺を苦しめたんだ。
楽しくなったら、今までの悩みがより大きなものに感じてしまう。
それが、嫌だった。
桃『これはあくまでも俺の考えだから。』
赤『ぅん…』
桃『ごめん。』
桃『嫌な気持ちにさせちゃったな。』
赤『全然…』
桃『また来いよ。』
赤『うん。』
桃くんは、あと1週間くらい入院しなければならないらしい。
その後はちょっとだけ、少し未来のことを話して、黄くんも家で待ってるだろうから、帰ることにした。
赤『ただいま〜、』
黄『おかえりなさい!』
赤『んふふ(笑)』
こんなに可愛い黄くんも、来年には大学受験の歳。
それも医学部を目指すとは…
俺もそろそろ、ちゃんと就職しないといけないかな…
黄『赤さん…あの…』
赤『ん?どうしたの?』
黄『桃にぃ…手術しないって…聞きました?』
赤『あー…』
さっき、聞いた話だった。
黄くんの大学に入るためのお金を、手術したって死ぬことは変わらない自分のために使いたくない、って…言ってたけど。
黄『僕…桃にぃがいてくれたらそれでいいんです。』
黄『1回僕…桃にぃに医者になりたいって言っちゃって…』
黄『もし、僕のために自分にお金を使わないって言ってるなら…』
今ここで、そう言ってたよって、ステージ4だから手術しても何も変わらないよって、現実を突きつけたら黄くんは辛いかな。
それとも、嘘をつかれるほうが辛いのかな。
黄くんは先生の話は聞いてなかった。
もう末期だってことも知らない。
桃くんがもし伝えてないなら、きっと桃くんから話させたほうがいいだろう。
赤『明日桃くんに聞いてみな?』
赤『俺もよくわかんなくて(笑)』
黄『そう…ですよね…』
その後2人でのんびりお話しながらお茶を飲んでいると、誰かが家に来た。
黄『あ………はーい!』
パタパタ足音をたてながら玄関に向かう黄くん。
…ありゃ彼氏だな……
とか思いつつ、この状況でも、黄くんがしっかり青春していることに安心していた。
黄『赤さん、これ、僕の彼氏。青ちゃん。』
青『これ!?』
青『あ…はじめまして…青です。』
赤『青くん?黄くんの彼氏かぁ…』
赤『成長を感じる…』
赤『…俺は赤。どう呼んでもらってもいいからねニコッ』
青『はい!!』
元気だなぁ…顔はどっちかっていうと可愛い系なんだな。黄くんのほうがTHE男子って感じがする。
黄『今日勉強するので…』
赤『うん、わかった。』
黄『青ちゃん、こっち』
青『あ、はい…』
初々しいな…泣けてくる。
仕方ない。お菓子でも持って行ってやろう。
お菓子と2人分のココアをもって、黄くんの部屋に行くと、何か話し声が聞こえた。
青『ねぇ…黄くん。桃さん…大丈夫だった?』
黄『一応………多分。』
青『赤さんって…さ…もしかして…』
俺の話してくるか…ここで。
青『桃さんの彼女さん!?』
青『だって顔めっちゃ可愛くない!?』
青『雑貨とかに載ってそうだよ!?』
黄『はぁ!?違います、しかも赤さん男なんですけど!』
青『そうなの!?』
絶対にされてはいけない勘違いをされていた。
青くん、彼女の前でそれ言ったらほぼ浮気だよ。
まぁ…素直ってことなんだろうな。
こんこん、
赤『黄く〜ん、青く〜ん、中入ってもいい?』
黄『あ、どうぞ〜』
赤『じゃじゃーん、お菓子もってきちゃった(笑)』
黄『ありがとうございます!』
青『この飲み物なに?めっちゃ茶色』
黄『どう見てもココアです。』
まだ純粋な感じしてて可愛いな。
赤『青くん、』
赤『彼女の前で他の人のこと可愛いとか言ったら浮気疑われるからねニコッ((小声』
青『ばっ…聞こえてたんですか?((小声』
赤『まぁ…笑』
青『大丈夫です、僕、黄くんしか見てないんでニヤッ((小声』
赤『それはよかった(笑)』
黄くんには聞こえないような声で、ちょっとだけ青くんに注意する。
黄『??』
赤『じゃ、楽しんでね〜』
男としては満点の回答が返ってきたため、黄くんには濁して部屋を出た。
1週間後、桃くんは退院してきた。
『入院しても治らないんだったら苦しむ必要ないし、俺のしたいようにする。』
だそう。
桃『あれ?黄は?』
赤『多分黄くん、桃くんに手術しない理由聞いてたでしょ?』
桃『あぁ…まぁ…』
赤『その日から勉強いっぱいするようになっちゃって。』
大体見当はついていた。
桃くんがその理由で手術をしないことを理解しようと頑張っているんだろう。
黄くんにとって、合格する事がいちばん桃くんのためにできることだって考えているのかもしれない。
桃『ほう』
赤『気を付けてね、とは…言ったんだけど…これは僕の選択ですって言われちゃって…』
桃『…なるほどな、まぁやらせといていいだろ。それで本人が後悔しないしないんだったらな。』
赤『まぁ…そうだよね。』
赤『そういえばこの前黄くんの彼氏くん来てたよ』
桃『青が?そうなん?』
赤『勉強会だって。』
桃『へー』
赤『いいよねぇ…青春してて』
桃『そうだな…俺ももうじじいだ』
赤『25が何言ってんだ』
桃『ねぇねぇ、今からでもまだ…間に合うんじゃない?ニヤッ』
赤『何言って…』
桃『俺達も付き合う?』
赤『却下。冗談だとしても引く。』
桃『桃ちゃん泣いちゃう』
毎日、同じような生活をして、同じように苦しくて。
ずっと周りが見えていなくて気が付かなかったけど、いつもの日常がいばん楽しいこともある。
不幸な人間が、なにがいちばんの幸せなのか、気付き始めた時間。
______________________
いつも通りの日常を過ごしていくなかで、当たり前が当たり前じゃないことに気づいたあの時期から、1年が経とうとしていた。
今はちょうど黄くんの誕生日が終わったくらいで、その黄くんはというと1月の共通テストに向けて日々勉強を頑張っている。
桃くんはというと、11月に入ってから急に病状が悪化し始めてついには入院することに。
桃『あれ、赤じゃん。今日も来てくれたの?』
赤『うん。』
先生に伝えられた、余命2ヶ月。
この病状の悪化は、死期に近付いているサインだそう。
そんな時期に、見舞いに来ない馬鹿がどこにいるんだか。
大学受験直前の黄くんでさえ、2日に1回は来てくれている。
桃『じゃー、今日は何の話しようか。』
赤『あ、そう、黄くんこの前家で青ちゃんに襲われそうになってた。』
桃『はぁ!?』
赤『大丈夫。俺がムードぶち壊しといた。』
桃『それはそれでダメだろ。』
話すことすら辛いはずなのに、毎日俺がここに来るたびに、笑顔で接してくれるから、彼の中の幸せとは、喜びとは何なのだろうと、考えてしまう。
俺は彼の泣いたところを、彼の弱さを知らない。
俺のことを助けようとしてくれて、ほぼ家族として受け入れてくれて。
彼は、桃は、一体何者なのだろうか。
桃『今年はクリスマスプレゼント買いに行けないかなぁ…』
赤『別に毎年買ってもらわなくてもいいんだよ』
桃『じゃああげるよ。サンタ譲渡権。』
赤『絶対いらない。』
黄『桃にぃ〜』
俺達がクリスマスプレゼントの話で盛り上がっていると、デート終わり、メイクばっちりヘアセットばっちりの黄くんが入ってきた。
桃『あれ、今日デート?』
黄『まぁ…/』
桃『ふーん?』
赤『へぇ…?』
結局その後煽り散らかしていた桃くんは急に過呼吸になって、黄くんも焦ってしまったため、家に帰ることに。
黄『桃にぃ、いつ死んでもおかしくないんですよね…』
赤『まぁ…そうなっちゃう…かも…』
俺は桃くんの苦しそうな姿を
見たことがなくて、
黄くんの同じように戸惑っていた。
黄『今年のクリスマス…実は青ちゃんと遊ぶことになっちゃって…』
赤『いいじゃん…ダメ…なの?』
黄『その間に……』
黄『いや、なんでもないです。』
赤『ちょっと待って!』
がちゃっ、
俺はわかっていた。
黄くんが次に言おうとしていた言葉が、
『その間に桃くんが死んだら…』
だということ。
今までずっと耐えてきたんだろう。
桃くんは急にいなくなったりしないって、信じてここまで来たんだろう。
言葉にしたら、本当にそうなってしまうから、弱音を吐かないようにしてきたんだろう。
こんなに頑張ってきた人に、桃くんは大丈夫なんて、言いたくない。
そして、結局黄くんが青ちゃんと遊ぶのかわからないまま、クリスマスを迎えてしまった。
赤『あ、黄くん、おはよ』
黄『おはようございます。』
黄くんが部屋から出てきたのは8時半過ぎで、いつも早起きの彼からは想像できないほど遅い時間だった。
赤『今日…どうする?』
黄『青ちゃんちに行きます…』
赤『うん、わかったよニコッ』
赤『じゃあ俺は桃くんのところ行ってくるね、』
ここから病院までは歩いて30分くらい。
タクシーとかバスとかは使わずに、歩いて行くのがお気に入り。
黄『いってらっしゃい…!』
赤『楽しんできてね、』
赤『なんかあったらすぐ連絡するから。』
赤『いってきます、』
家を出ていく時、黄くんの不安そうな顔が見えた。
何の根拠もないけど、きっと大丈夫だから、今日だけは、楽しんできて。
その日は、本当にいつも通りの日だった。
桃『待ってたよ、赤。』
赤『おはよ、』
桃『今日は何の話しようか、』
何を話すか決めて。
一緒に笑いあって。
だけど、突然、桃くんが固まった。
桃『赤…俺……』
そして、ぶつぶつとどこか寂しそうに話し出す。
桃『もう…ダメかもしれない。』
赤『は、…』
桃『だって、ね…身体…全部痛いの。』
桃『痛いのに、身体の力…全部抜けていく。』
赤『桃くん…』
信じたくない。
やだ。やめて。
これ以上何もいわないで。
まだ、夢を見させて。
桃『赤…そういえば…今日…クリスマスだねニコッ』
赤『うんっ…』
桃『プレゼント…買えてなくて(笑)』
赤『やだよ…やだ…ポロ』
俺に、久しぶりに悲しいという感情が芽生えた瞬間。
目から、溢れるくらいの涙が出てきた。
桃『…俺からの、最後のクリスマスプレゼントね?』
赤『お願い…ポロポロ』
赤『桃くんっ、ポロ』
桃『……今年のプレゼントは、』
桃『俺の明日。』
赤『へっ…ポロポロ』
桃『最後まで大事に使ってくれないと、俺が生きてた意味…なくなっちゃうよ?(笑)』
桃『お願い。』
桃『大丈夫。赤は不幸なんかじゃない。』
桃『俺の明日を貰った、世界一、幸せな人だよニコッ』
普段泣かない彼の目からは、俺と同じように涙が溢れていた。
初めて見る涙は、彼の最期の涙。
彼の笑顔は、いつも以上に眩しくて、
彼自身がいちばんの幸せ者だと言っているように見えた。
そして鳴り出す心電図の音。
お医者さんや、看護師さんがたくさん部屋に入ってきて、どこかへ連れて行かれた。
息をしている彼に会うことは、それ以来、二度となかった。
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赤『_________。』
本当にこの事を話していいのか、まだ戸惑いが残る。
あのときを思い出すと、いまだに涙が出てきそうになる。
黄『…赤…さん?』
でも、もう話すって決めた。
赤『桃くんからのプレゼントは…』
赤『桃くんの…明日…だったんだ』
赤『自分が死ぬタイミングわかってたみたいに、俺にこのプレゼントを渡してきた。』
赤『世界一幸せな人の明日を貰った俺は、もっと幸せなのニコッ』
黄『…桃にぃ、絶対喜んでます。』
黄『赤さんが幸せって言ってるんです。』
黄『僕も、すっごく嬉しいですよニコッ』
赤『俺…生きてて良かったよ。』
彼と出会ってから、
最期まで、
彼が一体何者だったのか、
わかることはなかった。
ただ1つ、変わらない事実がある。
桃くんが、すごく幸せに生きていたこと。
これだけは絶対に変えられない。
これからも、
幸せな彼の明日とともに、
不幸だった俺を変えていく。
『明日の約束』
end.
コメント
11件
遅くなりました💦 最高です!泣きました🙄ありがとうございます😭
最高すぎます… 軽く海作れるくらいに泣きました ありがとうございます
ブックマーク失礼します