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JUJUJUJUJUJU JUMP!!
JUJUJUJUJU JUMP!!
Have a good stage !
BE JUMP FM!!
カウンターでも鳴っていたが、社用車の中も例にもれず、BE JUMP エフエムの放送は続いていた。
「ジングル、ですね」
ジングルとは、12月25日とも赤鼻のトナカイを連れた白髭の老人とも関係なく、ラジオ番組の節目に挿入されるタイトルコールや局名、または短い音楽の総称だった。
環希の話では、10秒から5分まで、さまざまなジングルが準備されているらしい。
「そう。音楽配信番組を流してるときでも、時たまジングルが自動で入るように設定してある」
助手席側の窓に肘をつきながら、和氣が足を組む。
「うちのオリジナルの帯番組は朝の “モーニングカフェ”、13時からの “JUMP Branch“、夕方の “moon chat”の3つ。
それ以外に、金曜深夜にサテライト後藤さんの、昭和の映画をつらつらと語るだけの “映画野郎” とか、土曜日の夕方に古関楓子さんのスピリチュアル講座 “鏡の内側” て番組もある」
「スピリチュアル講座…ですか」
「――――」
和氣がちらりと運転している林を見る。
「そういうの、信じなそうだね、君は」
「いや、信じるも何も……」
――ないでしょ。そんなの。
そんなことを言ったらいけないのだろうか。
楓子は林を “きれいな魂” と呼び、環希は林を “純粋そう” と形容したが―――。
環希にしても楓子にしてもこの和氣にしたって、林から言わせればずっと “きれいな魂” で “純粋そう” だ。
どこか浮世離れしていて、スーツとか、朝礼とか、整列とか、会議とか、成績とか、残業とか、そういうワードと無縁な生活。
服を好きなように着て、好きなものを食べて、好きなことを話して。
雑談と音楽とそれにちょっとの情報と。
いろんなことに興味を持てることが才能。
いろんなことを伝えることに喜びを見つけることが才能。
つまりは “野次馬” と “おしゃべり” がラジオに携わる才能なのだ。
(―――なんだ。結局俺、向いてないじゃん)
林は自分に失望しながらハンドルを握り直した。
昨日は和氣に逸材だなどと言われて少しばかり高揚してしまったが、やはり自分は根本的に向いていない。
そもそもラジオにも音楽にも興味がない。
なぜだかこちらをニヤニヤとみている和氣をちらりと見る。
―――断るなら、早い方がいい。
「……あの、社長」
「和氣でいいよ」
「あの、えっと和氣さん」
「うん?」
「俺。―――っ!?」
林の太ももには、和氣の大きな手が置かれていた。
和氣が顔を寄せてくる。
じりじりと指が林の股間に近づいてくる。
「な……!!」
和氣の息が頬にかかる。
二車線の県道は、思いのほか車が多く、よそ見もできなければ路肩に停めることもできない。
「ちょっと、何してんですか……!殺しますよ…!」
横目で睨むと和氣は斜め前を指さしながら言った。
「そこの路地に入って。左側、3軒目の建物がそうだから」
それだけ言うと、和氣は自分のシートに戻っていった。
「………普通に言ってくださいよ」
ため息混じりに言うと、和氣はクククと笑った。
◆◆◆◆◆
(「殺しますよ」か……。こーわっ!)
和氣は笑いながら、一回り以上、年下の青年を眺めた。
華やかさはないが、整った顔だ。
清司という名前の通り、今まで清く正しく生きてきたのが一目でわかる。
(なんでこんな子がハウスメーカーにいたのかなぁ)
改めて首を傾げる。
ハウスメーカーなんて、展示場の華々しさとは裏腹に、金とチャンスを奪い合う汚い業界だ。
客を服装や職業で見極め、すり寄り、他メーカーを嫌味なく批判し出し抜いて、客の休日をアポで埋める。
他メーカーどころか、チャンスさえあれば後輩も先輩も関係ない。
結婚詐欺と種族は同じだ。
客を気持ちよく騙し、自分に惚れさせた人間が勝つ、肉食獣の世界。
(そんな野獣どもの中にこんな綺麗な子が入ったら、そりゃあ潰されるよ)
そして楓子の話では、彼は女の経験はないが、そっちの経験はあるらしい。
(――なんだろ、この子。興味しかないんだけど!)
和氣は笑い声がバレないように口をふさぐと、視線を窓の外に移した。
車を降りると、林はあんぐりと口を開けた。
「広告主って、あ、アダルトショップなんですか?」
「こらっ」
すかさず後ろから頭をはたかれる。
「失礼なことを言わない!看板をよく見ろよ」
和氣に言われて頭をさすりながら見上げると、
「“オアシスカンパニー”?」
「そう!れっきとしたペットショップだから!」
(……ペットショップ?これが?)
コンビニくらいの建物の道路に面したガラスすべてに、スモークが貼られている。
(あ、怪しい…)
茫然と立っていると、和氣が笑いながら開き戸に手をかけた。
「越智(おち)さん。どうも!」
中に入っていくと、和氣よりももっと髪の長い店主が、頭にタオルを巻き、デニムのエプロンというまるで魚屋のようないで立ちで出てきた。
度の高い丸眼鏡の向こうで、優しそうな瞳が笑っている。
「和氣さん、お待ちしてました。どうぞ、奥に…」
林は一歩中に足を踏み入れ、そのムッとした熱気に思わず足を止めた。
草なのか餌なのか糞尿なのか、よくわからない香ばしい匂いが漂ってくる。
潔癖症ではないが、昔から虫やミミズが得意ではない。それに伴って土や泥も苦手だ。
その店にはそういう林が生理的に拒否したくなるような匂いが満ちていた。
奥の形だけの応接スペースに和氣と林を通すと、店主は微笑んだ。
「先日の書類に目は通していただけましたか?」
和氣が大柄な体には少々小さすぎる丸椅子になんとか尻乗せながら、越智を見下ろした。
「はい。さらっとは」
言いながら越智がクリアファイルに入った書類を見る。
「スポットCM20秒、平日1日1回の4週間で計20回で36,000円。CM製作費、15,000円の計51,000円でよろしいでしょうか?」
和氣が言うと越智は静かに頷いた。
その数字が高いか安いかなどわからない。
しかし客もそんなに入らないような小さなペットショップには、広告費に51,000円は高いような気がした。
「そしてうちの場合、コーナーは無料で作りますから」
和氣が新たな資料を越智に渡しながら言った。
「朝の番組、モーニングカフェの中で、週1回、15分のコーナーで番組を作ります。その内容は越智さんとパーソナリティーとが相談して、作っていただいて構いませんので」
ペットショップのコーナーか。
それは少し面白いかもしれない。
林はその台本を覗き込んだ。
「どんなテーマでもいいんですか?」
先ほどまで柔らかく微笑んでいた越智が急に真顔に戻った。
「―――ええ。イベント告知でも、猫や犬の入荷予定でも、ドックフードの新商品の紹介でも、何でもいいですよ」
和氣が微笑むと、越智がぐっと顎を引いて笑った。
「それは―――」
その目がキランと光る。
「タランチュラとかスネークとかを紹介してもいいってことですよね?」
「タランチュラ……」
林は思わず呟いた。
「実はコーナーについてはもういろいろ妄想が広がっていて」
越智はニコニコしながら殴り書きしたA4用紙を出してきた。
『おすすめ、ペットスネーク10選』
『コーンスネークVSボールパイソン。かわいいのはどっち?』
『腹ペコのアナコンダに巨大ネズミをあげてみる!』
『ペットスネークの餌って?世話って?』
『タランチュラはハンドリングできるのか。その毒性について』
(――――)
コーナー案を見ただけで、林は眩暈を覚えた。
「あ~、いいですね。すごく」
隣に座る和氣はニコニコとその紙を眺めた。
「こういうの流しちゃったらチャンネル変えられますかね」
越智は頭を掻きながら言うが、和氣は少し大げさに首を振った。
「まさか。リスナーが求めているのは、非日常なので!そこがテレビとは違うところなんですけど。
テレビで見る分には、犬も、猫も可愛い。そういう動画で癒されたい人はいると思います。でも、そこはラジオなんで。犬も、猫も、かわいさは伝わらない。
しかし蛇の飼い方や、タランチュラの毒性なんかの、自分が知らない情報を、耳から入れるのは、ものすごく楽しいもんなんです!」
なるほど。
確かにそうかもしれない。
視覚的に癒されるわけではないから、犬も猫もハムスターもウサギも、コーナーとしてはつまらない。
しかし視覚的に抵抗感があっても、耳から入れるだけなら、タランチュラも蛇も確かに興味がないわけではない。
林は思わず頷いた。
「そう言っていただけるなんて、感激です!」
越智は振り返って何かを持ち上げると、黒い布がかけられた水槽のようなものをテーブルの上に置いた。
「ぜひこの子らの素晴らしさを伝えていきたくて!」
一気に黒い布を取り去ると、そこには体を長い毛でびっしりと覆われて、太い脚の黒とオレンジ色のコントラストが目に痛い、タランチュラが蠢いていた。
超至近距離でそれを視界に入れてしまった林は、白目をむいて意識を失った。