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クラーラの書く手紙は、王家が契約する船便で、直接キースリング国へ送られると決まった。

可愛い妹に想い人がいる事実に打ちのめされて、使い物にならなくなったベンジャミンに代わり、ファミーが手続きをしてくれるそうだ。


「あまりキースリング国とは頻繁にやり取りをしていないから、少し準備に日にちがかかると思うけれど」

「いいえ、手配をしていただけるだけで、ありがたいと思っています」


クラーラはファミーへ頭を下げた。


「エアハルト君がオルコット王国へ戻ってきたら、ぜひ紹介してちょうだいね」

「は、はい!」


真っ赤になって頷くクラーラに、ベンジャミンがとうとう泣きだした。


「ああ、僕が目を離したばかりに……どこの誰とも知らない男に……」

「どこの誰かはもう分かっているじゃない。キースリング国ベルンシュタイン辺境伯家のエアハルトさんでしょ。クラーラさんのお相手として、申し分のない身分で助かったと思わなくちゃ」

「僕は反対だ! せっかくクラーラが王城へ帰ってきたのに! もうお嫁に行ってしまうだなんて!」

「お兄さま、まだそのような間柄ではありませんから……!」


普段と違ってにぎやかな晩餐の場に、オーウェンだけが最後までニコニコしていた。


◇◆◇◆


そんな晩餐があった日の翌朝、クラーラは早起きをして手紙を書いていた。

それはエアハルト宛てのものではなく――。


(エアハルトさん宛ての手紙を、王家の船便で送ってもらえることになったと、フリッツさんに知らせなくちゃ)


フリッツも長らく、音信不通のエアハルトを心配していた。

こまめに修道院を訪ね、クラーラに状況を教えてくれたフリッツのために、クラーラも出来る限りのことをしたい。

その思いがペンを走らせていた。


(エアハルトさんに何が起きているのかは分からないけれど、王家の名前がつけば、取りあえず確実に手紙は届けられるはず。問題はその先よね)


クラーラたちの手紙を、エアハルトは受け取っているのか。

受け取っていてなお、返事が出せない事態に陥っているのならば、その問題を解決しなくてはならない。


(そのときは、お兄さまだけでなく、フリッツさんにも相談しましょう。きっとキースリング国にいるエアハルトさんのお姉さんにも、協力を仰いでくれるわ)


頼もしかったエアハルトの姉カロリーネを思い出し、クラーラは力強く頷く。

何もできずに祈るだけだった見習いシスターの頃と違って、今は大きく一歩を踏み出せている。

それがクラーラの自信にも繋がっていた。


(私、自分で考えて動けている。この調子で、もっと頑張りたい。何も知らず、護られてばかりだった私から、変わるんだ)


クラーラは新しい便せんを取り出すと、次は院長のドリスに宛てた手紙を書く。


(王太后さまが亡くなられたことは、懲罰をどうするか決まるまで公にはしてはいけない。だからはっきりと書くことはできないけれど、私が王城で安心して暮らせているのは伝えたい)


クラーラはさらさらとペンを滑らせる。

エアハルトが予想した通り、クラーラの筆跡は伸び伸びとして生命力に満ち、美しいだけの特徴のない字ではなかった。

クラーラを長らく指導してきたドリスにも、その書きっぷりから、王城で元気にしている様子が伝わるだろう。


(私が抜けたせいで、院長先生に困りごとは起きてないかしら。お兄さまに許可をもらえば、通いで孤児院を訪問できるかもしれない)


二通の手紙を書き上げ、満足げにしていると、侍女たちがクラーラを起こしにきた。

さっそく城下町へ配達してもらおうと手紙を渡すと、侍女のひとりが宛先を指さして言った。


「クラーラさま、城下町宛てでしたら番地図をお持ちしましょうか? 私どもで調べて、書き込んでもいいですが――」

「バンチズ? それは一体、どういうもの?」


王城の知識に疎いクラーラは、素直に教えを請う。


「最近、城下町の一軒一軒の家に番号がついたんです。その番号が書かれているのが番地図で、それを調べて番号を宛先に記入しておくと、早く正確に先方へ手紙が届くんです」

「これまでは大通りから数えて何本目の道の赤い屋根とか、ざっくりした言い方で伝えていたんですよ。だから届け間違えも多いし、なにより遅かったんですけど、今は配達人がいるから便利になりました」


それはもしかしなくても、エアハルトが始めた配達業に関する話だろうか。

すでに王城の侍女にまで仕組みが浸透しているのが分かって、クラーラは自分事のように嬉しくなる。


「番地図を見てみたいわ。どうやって番号が振り分けられているのかしら」

「実物をすぐにお持ちしますね」

「一定のルールに基づいて決められているようで、分かり易いんですよ」


実際に持ってきてもらった番地図は、城下町の地図をなぞらえていて、その上に色別の番号が割り振られていた。


「大きく東西南北に分かれているんです」

「それぞれの色の中にさらに区分があって、基本的に時計回りに数字がつけられています」


侍女たちの説明を聞くにつれ、クラーラは興奮で体が小刻みに震えてくる。


(これはデレクが得意だった、ひっくり返したカードの配置の覚え方と一緒ね)


デレクの知恵が活かされているのに感銘を受けて、クラーラは眼裏が熱くなる。

いくつかアレンジが見られるのは、バリーたちの助言もあったのだろうか。

何も知らない人が番地図を見ても、すぐに目当ての家が探し出せるようになっていた。


(そう言えば、バリーさんとそのご友人はみんな、絵合わせのカードゲームが得意なのだった。頭の回転が速くて記憶力がいいと、エアハルトさんも褒めていたわ)


エアハルトが濁して伝えたせいで、イカサマの元締めだったバリーとその仲間は、クラーラの中ではカードゲームが大好きな大人たちという、柔らかい認識になっている。


(素晴らしいわ、デレクもバリーさんたちも! そして配達業を興した、エアハルトさんもフリッツさんも!)


クラーラはいつぞやのエアハルトのように、感動して胸がいっぱいになっていた。

番地図で見るだけでも城下町は広い。

四つに分類された町中を、どれだけの手紙が行きかっているのかは分からないが、クラーラには復興の兆しのように思えた。

そして意欲的なみんなの姿を糧に、もっと頑張りたいという気持ちが沸き上がる。


「クラーラさま、本日のお召し物は、どれにいたしましょう?」


いつものように侍女たちが尋ねてくるが、今日のクラーラは昨日までのクラーラと違って意気込みにあふれている。

侍女たちが選んで掲げ持つ、3着のドレスをじっくり見た。

左、真ん中、右と順番に観察して、悩みだすクラーラ。

ここで侍女たちも、クラーラの様子が違うのに気がつく。


「今日の予定は、大臣たちとの面会だったわよね?」


その場に相応しいドレスの候補を、侍女たちは用意したはずだ。

紺色、薄墨色、深緑色という、いつもよりもシックな色は、年配の大臣の心証をよくするためだろう。

ではこの中から、どのドレスが一番ふさわしいのか。

これまでクラーラが自分の服を選ぶ場面は少なく、子どもたちに着せる服を考えるときは基準が違った。


(子どもたちの場合は、その日の気温に合わせて暑くないか寒くないか、その日の作業に合わせて動きやすいか汚れてもいいか、を考えればよかったわ)


では、大臣との面会では何を基準にするべきか。


(侍女たちはまだ知らないけれど、すでに大臣たちが知っている情報がある)


それは王太后ダイアナの死だ。

おそらく今日の面会も、故人ダイアナの処罰とベンジャミンの進退について、クラーラの意見を聞きたいのだろう。


(だったらドレスは薄墨色がいいわ。静謐と悲しみを表す色だし、話の主題とトーンもあっている)


そう考えたクラーラは、薄墨色のドレスを選択した。

いつもドレス選びを任されていた侍女たちは、積極的なクラーラに喜んで応える。


髪の短い王妹の突然の帰還は、驚きと共に迎えられた。

雲隠れしていたクラーラに、深い事情があることは間違いない。

しかし若い侍女たちにとっては、正妃と側妃の確執は昔話すぎて、なんの抵抗を感じることもなくクラーラの味方についた。

そして、いかにも王城での暮らしに不慣れなクラーラのため、誠心誠意お仕えしている。


「髪型も落ち着いたものにしましょう。装飾品はどうしますか?」

「そうね……煌びやかなものは避けたいわ」

「では小ぶりなものを見繕ってきますね」


同じ年ごろの侍女たちによって、クラーラは王妹として恥ずかしくないよう仕立て上げられる。


「いつも、ありがとう。助かっているわ」


そう言葉を残して部屋を出たクラーラへ、忠節を誓う侍女たちは最後まで美しく頭を垂れ続けた。

ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

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