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「……どこでこれを手に入れたのですか」
深山は辛うじて聞き取れるくらいの細い声で告げる。その声は震えており、心なしかスマホを持つ手も震えている。
「さて、どこでしょうね」
陽翔は薄く笑う。誰だって自分の映っている証拠映像を見たら深山と同じ反応をすること請け合いだ。しかも映像の中の深山は全裸なのだから、それを目にした衝撃たるや天地がひっくり返るような衝撃に違いない。場所が場所なので映像の音声は消してあるものの、映像からでも生々しい音が聞こえて来そうではあった。
「あ、そのデータはすでにコピーして家のPCに置いてあるので。今消しても無駄だと思いますよ」
深山が観念したようで、ひったくったスマホをテーブルに置いた。そしてもう見たくもないと言うようにそれを陽翔に突き出す。
「さて、ここに映ってる人は平気で人との約束を破ったりする不誠実な人で、不義理をしても反省してなさそうな気もして、恥知らずでしたっけ?」
陽翔はカミソリのように薄い笑みを浮かべたまま、深山が言っていた言葉を復唱する。その声は百子が聞いたこともない程低く、抑えようのない怒気を孕んでいた。
「そんな不誠実なことをする人の顔は、鏡を見たら嫌というほど見られると思いますよ、深山さん」
しばし二人の間に沈黙が降りる。唇を噛んだ深山からは歯ぎしりの音が聞こえそうである。
「……百子。なんで映像を……」
「百子は俺が深山さんと会ってることを知りませんよ。それに、証拠映像は俺が欲しいと言ったんです。一つはこの映像があることで百子にこれ以上辛い思いをさせないため、もう一つはいつか深山さんに出会った時にこれを見せるためでした。まさかこんなに早く訪れるとは思わなかったですが。熱があるのにふらふらと繁華街を彷徨っていた百子は苦しそうでした。熱よりも貴方の裏切りの心労が百子をより苦しめていました。それなのに貴方は言うに事欠いて百子があの場にさえいなければ上手くいってたのになど……! なるほど不誠実を絵に描けば貴方のような人間になるのでしょうね」
何か言いたそうにしているが、言葉が出ないようで口を魚のようにパクパクとさせている深山に吹雪よりも冷たい目を向けて、陽翔は思わずこめかみを指で押さえた。先程から偏頭痛が脈打つようにその存在を断続的に主張してくるからだ。
「貴方は……百子の何なんだ」
色々彼に聞きたいことがあったのだが、深山は顔面を蒼白を通り越して土気色にしてそれだけぽつりと呟く。
「婚約者ですよ。俺の可愛い、唯一の婚約者です。だから貴方には感謝してますよ。百子を手放してくれてありがとうございます」
陽翔は大げさに彼に頭を下げて見せた。
「そ、んな……だからあの時百子は……」
深山は呆然と呟いた。彼女が復縁を望まなかった理由は恐らく完全には飲み込めてはいないだろう。陽翔さえいなければとその顔に書いてあった。やはり反省の色は見えず、陽翔は頭を上げて深山を直視したことを悔やんだ。
(ああ言ったものの、きっかけがこいつの浮気ってのが腹立つ)
口では偉そうに言っていたが、陽翔の胸中は毛糸かもしくは麻紐が絡まっているように、深山や浮気相手に対して恨みやら怒りやらが複雑に渦巻いていた。それにも関わらず、それらの感情を出さなかったのは、出しても無意味だと心の片隅で感じていたのである。諦観にも近い感情が陽翔の怒りを中途半端に冷ましたのも理由だろうが。
(百子もこんな気持ちだったのか)
あの証拠映像の中の、毅然とした彼女の言葉が陽翔の頭を駆け巡った。あの時の百子の言葉は咄嗟に出なかった筈なのに、きっと今の陽翔と心情が同じようになっていたに違いない。
(そういえばあの時も……)
陽翔は再び追いすがってきた自身の記憶を無理矢理振り落とす。深山の口が開いたので、そちらに無理に意識を向けようとしたのだ。
「貴方の目的は何なのですか。俺に証拠をつきつけるためだけに、こんなまだるっこしいことはしないでしょうに」
陽翔は眉をピクリと動かす。深山は相当な屈辱を味わっているはずなのに、怒り狂うこともなく開き直ったからだ。もっとも、早く話を終わらせたいからかもしれないが。
(話が早いな)
深山の面の皮の厚さと言ったら、きっと広辞苑よりも分厚いに違いない。とはいえ、長々とこんな胸糞悪い話を続ける必要がないと知ると安堵しても良かった。聞かされている深山が辛いのは自業自得だが、その話を持ちかけている陽翔の方が数倍も苦汁を舐めさせられている心地がする。
「百子と今後一切関わらないで下さい。貴方はたまたまとはいえ一度百子と会って復縁を迫ったそうですね? しかも怯える百子に無理矢理」
深山は思わず目を見張る。百子はペラペラと自分から自分の辛いことを言う人間ではないし、聞いても頑として口を割らないのだ。そんな強気な所に嫌気がさしていた深山だったが、木嶋はすぐに愚痴や不平不満を彼に聞かせるので、今になって百子が恋しく思えるのだ。
「百子がそれを言ったんですか」
「いいえ、百子が自ら話してくれました。昔から何でも辛いことを隠したがるのに、流石に彼氏からの裏切りが堪えたようで。そりゃそうですよね。熱で会社を早退して自分も住んでいる家に帰ってきたら、いつも寝てるベッドで彼氏が浮気相手と真っ昼間からおっぱじめてる所を見てしまって。しかもその件に対しての謝罪も何もなく、百子を言葉で傷つけた……! 貴方はどこまで百子を蔑ろにしたら気が済むんです!」
陽翔の拳が段々と白くなっていくのを、深山は他人事のように見ていた。