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グノームの集落で行われた宴は大変な盛り上がりを見せた。
豪快な笑い声が響き渡る。普段から地面を掘って鉱石集めをして逞しいグノームの男ども。一方、グノームの女性も、なかなか太ましかったり、スレンダーでもがっちりした身体つきの者が多かった。普段から重いものを運びなれているようだった。
集落の中心に巨大な赤魔石が、焚き木のごとく光り、その周りに鉄器と共に料理が並んでいる。グノーム人たちは山と積み上げられた料理を食べ、飲み物を口にして盛り上がっている。マクバフルドを退治した――彼らを悩ませていた問題が取り除かれたことで大いに騒ぐのだった。
一方で、セラは微妙に眉をひそめていた。
「これは……何の肉ですか?」
「コア」と、グノーム女性は答えた。
「コア……」
明らかに芋虫のような形をしたそれに、セラもドン引きしている。……生きていないだけマシか――と慧太は串に刺さった焼きコアを一口。かりっとした外に反してぷりっとした中身……果たして『人間』の時に食べていたらどんな味だったんだろうな、と思った。
セラが青ざめた顔を向けてくる。どんな味ですか、と言いたげな表情だ。慧太は淡々と言った。
「悪くない」
「そ、そうですか……」
セラは目の前のコアの串焼きを眺め、なかなか決心がつかないようだった。虫は食さない文化のお姫様なのだろう。……気持ちは分かる。
「そちらの魚にしたらどうだ?」
慧太は近くの皿にある焼き魚を示した。料理を運んできたグノーム女性が口を開いた。
「地下水道で捕れた魚です。……ちなみにそちらの肉はコウモリ、あちらはネズミです」
セラは絶句している。慧太は指差した。
「あのスープは?」
「土のスープです」
グノーム女性はニコニコと答える。さすがに慧太は眉をひそめた。
「あの『土』ですか?」
「ええ、私たちのテリトリーの中に良質な食料土が採れる場所があって。土入りのお菓子もあるので、よければそれも」
「どうも」
食料土だって? 慧太は目を回して見せる。いったいどんな味がするんだろう――興味は尽きない。慧太は、焼きコウモリを手に取る。
「まあ、肉は肉だよ」
ちゃんと焼いてるし――などと食あたりとは無縁のシェイプシフターは言うのである。
「リアナだったら、この場合ネズミ肉を先にとっただろうな」
ここにはいない狐娘の名前を出せば、セラは目を丸くした。
「ネ、ネズミ、ですか」
「ああ、狐人(フェネック)はネズミの揚げ物と焼き物が好物なんだってさ」
ネズミはご馳走、とは狐人の言葉。ちなみに狼獣人だと『ネズミはおやつ』らしい。
慧太は鉄か、それに近い金属製のカップで飲み物を口にする。透明なので多分水だと思うが、ひょっとしたらアルコールの入ったエールかもしれない。
水は腐るもの。この地方だと大抵保存にいいエールやお酒が常用飲料である。日本だと未成年禁酒なんて法律があるが、そんなものをこの世界で守っていたら生き残れないのである。……日本は相当水に恵まれていたのだと、違う世界に行ってはじめてわかることもある。
「あ、これ美味しい」
セラはカップに入ったそれをごくごくと飲んでいる。グノーム女性は笑った。
「グノーム特産のラール酒です。美味しいでショ?」
「ええ、とっても」
お代わりを要求するセラ。グノーム女性は喜んで注ぎいれる。慧太はカップに残る液体を眺め、苦笑い。――お酒だったのかー……。
「それで、ケイタ殿」
隣にあぐらをかいて座っているグノームの長が酒の入ったお碗を手に口を開いた。
「物見の話だと、一番近い地上への道は先の地震で崩れてしもうてな。人をやって復旧作業をさせてもよいが、それでも数日は覚悟してもらわんといかン」
「数日ですか」
慧太はラール酒に口をつける。
「セラは……アルゲナムのお姫様は、ライガネンに急ぐ事情があるんですが」
「よもや、伝説の白銀の勇者の方だったとは」
長は、勢いよくラール酒を飲んでいる銀髪の姫君を見やる。グノーム人にも白銀の勇者伝説は有名らしい。
「ライガネンへ、ということなら、そちら方面へ抜ける道はあるンじゃが」
「……何か問題が?」
「道中が問題でしてな。ゴバードのテリトリーを通ることに」
「ゴバード?」
聞いたことのない単語だった。長は頷いた。
「獣人ですじゃ。我らグノームと対立してましてな。行けば流血沙汰は避けられないのであまり近づかンようにしておるンです」
さらに――長は続けた。
「通り道には水晶の群生する空洞があるンですが、そこには凶暴な水晶虫が」
「……よくはわかりませんが、何となく物騒なルートなのはわかりました」
慧太はセラへと視線を向ける。
「セラ、道だけど……って!」
当のセラは真っ赤な顔をして、お酒を飲んでいた。目は空ろ、明らかに酔っ払っている。
「飲みすぎじゃないのか?」
慧太が言えば、セラは小さく「ひっく」と声を上げると、はいはいするように手を付いてにじり寄ってきた。
「ケイタ……ぁ」
「セラ、さん……ちょっと酔って、ますよね……」
「どうして敬語なんですかケイタ」
青い瞳は艶っぽく、幼い顔立ちに浮かぶ妖艶な表情。熱い吐息。慧太の心臓がドキリと跳ね上がるが、酒の臭いを感じ……ちょっと引いた。
がばっと銀髪のお姫様が抱きついてきた。とっさに身を引いたが座っているので、避けきれず、セラは慧太の腰まわりをがっちりと掴んだ。
「あはー……捕まえましたよー、ケイタぁ」
「あー、セラさん。ちょっと飲みすぎ」
ケタケタ笑うセラ、その銀色の髪を撫でてやりながら、たしなめると。
「ふぅ、ケイタに撫で撫でされたー」
上機嫌になった。馴れ馴れしかったかと、慧太は手を離す。
「ごめ!」
「何で手を離すんですかー、ケイタぁ。もっと撫で撫でしてください……」
「あ、ああ……」
言われるままセラの頭を撫でる慧太。とてもご満悦な顔になるセラを見やり、しょうがないな、と胸の中で呟く。
周囲でグノーム人たちが勝手に盛り上がり、あるいは寝転がり始めるのを、慧太はお姫様を膝枕しながら見守るのだった。