テラーノベル
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朱璃
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夜の静けさが深まるにつれて、リビングに置かれた大きなソファの上で、直弥はスマートフォンの画面を指で叩く速度を緩めた。画面には、兄である拓弥の最新のダンス動画が映し出されている。
カメラの前で見せる表情の作り方、指先ひとつにまで意識が行き届いた立ち振る舞い、そして何より観客の視線を一瞬で奪い去る独特の存在感。どれだけ身近な存在であっても、画面の向こうにいる拓弥は常に「憧れの表現者」そのものだった。
幼い頃から、直弥にとって兄の拓弥は少し先を走る絶対的な道標だった。拓弥が背中で語ってきた表現者としての矜持や仕事に対する真摯な態度は、言葉以上に強い影響を直弥に与えていた。同じ世界に飛び込み、自身もグループの一員としてステージに立つようになった今でも、その思いが薄れることはない。むしろ、自分自身が表現の難しさにぶつかるたび、拓弥の凄みや積み重ねてきた努力の重みをより深く実感するようになっていた。
ある日の深夜、仕事のスケジュールが重なり、久しぶりに実家で二人が顔を合わせる時間があった。
リビングの灯りを少し落とし、温かい飲み物を手に取った直弥は、ソファの反対側に腰掛けて台本を眺めている拓弥へ視線を送った。拓弥は集中している様子で、静かにページをめくっている。その横顔には、普段のフランクな兄としての顔ではなく、厳しいプロとしての鋭さが宿っていた。
「……たくや」
直弥が声をかけると、拓弥は視線を台本から外し、少し眉を上げて振り返った。
「ん? どうした、こんな時間に」
「いや……最近、自分のパフォーマンスについて考えることが多くてさ。どうやったらもっと自分の色を出せるのか、魅せられるのかって」
素直な問いかけに、拓弥は台本を閉じ、膝の上に置いた。茶化すこともなく、まっすぐに直弥の目を見つめる。
「自分の色、か。直弥は直弥のままでいいんじゃないの? 俺の真似をする必要もないし、誰かに寄せる必要もない。お前にはお前のグループでの役割があって、魅せ方があるんだから」
拓弥の言葉は簡潔だったが、その一言一言には長年現場の第一線で戦い続けてきた重みがあった。直弥は少し息を吐き出し、胸の中に溜まっていた緊張がふっとほぐれるのを感じた。
「知ってるよ。でもさ……やっぱり、ずっと近くで見てきたから。たくやの背中追いかけてる部分はあるし、追いつきたいって思うよ」
素直な胸の内を口にすると、拓弥は一瞬驚いたような表情を見せた後、少し照れくさそうに息を漏らして笑った。
「追いつくとか追いかけるとか、そういうんじゃないだろ。お前はお前の場所で一番光ればいいんだよ。でもまあ……そう思ってくれてるなら、兄貴としては悪くないけどな」
そう言って立ち上がった拓弥は、直弥の頭をぽん、と軽く叩いて自分の部屋へと向かっていった。
「明日も早いんだから、あんまり遅くまで考えてないで早く寝ろよ」
去っていく背中を見送りながら、直弥は改めて深く頷いた。
遠く感じられる背中だが、ただ羨望の眼差しを向けるだけではなく、自分もまた表現者として独自の道を切り拓いていくこと。それこそが、憧れの兄に対する最大の答えであり、恩返しなのだと直弥は強く胸に刻んだ。
暗くなった画面をそっと閉じ、直弥は明日への準備を始めるために立ち上がった。