テラーノベル
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数日後。
深澤は、いつもとは違う部屋着で岩本の帰りを待っていた。
阿部に教えてもらった、もこもこでふわふわの部屋着ブランド。
普段のスウェットとは違って、見た目も少しかわいい。
最初は作戦のために選んだだけだったけれど、実際に着てみると想像以上に気持ちよかった。
深澤はソファに座りながら、袖口を指先でつまむ。
「……これ、普通にいいな」
柔らかい。
暖かい。
何より着ていて楽だった。
これなら作戦が終わっても普通に着そうだ。
「あべちゃん、こういうのよく知ってるよな……」
そんなことを考えていると、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
聞き慣れた岩本の声。
深澤は反射的に背筋を伸ばした。
「おかえり」
リビングへ入ってきた岩本が、深澤を見た瞬間に足を止める。
「……ふっか」
「何?」
岩本は数秒、深澤の姿を見つめたあと、ふっと笑った。
「今日、かわいいね」
「……」
一気に頬が熱くなる。
褒めてもらえたらいいなとは思っていた。
思っていたけれど、真正面から言われると恥ずかしい。
「部屋着?」
「うん」
「いつもと違う」
「分かるんだ」
「分かるよ」
岩本は深澤のそばまで来ると、ふわふわの袖を軽くつまんだ。
「柔らかい」
「でしょ?」
「すごく似合ってる」
「……ありがと」
「かわいい」
「二回言わなくていいから」
岩本は満足そうに笑って、そのまま着替えに向かった。
深澤はその背中を見送り、小さく息を吐く。
第一段階。
たぶん成功。
かわいい部屋着は、ちゃんと気づいてもらえた。
問題は。
このあとだった。
夜。
二人でベッドに入る。
深澤は昼間とは比べものにならないほど緊張していた。
同じ寝室。
同じベッド。
いつもなら何も考えずに眠れる場所なのに、今日は妙に落ち着かない。
頭の中には。
佐久間の言葉が何度も浮かんでいた。
『照には“全部ちょうだい”がちょうどいいんじゃない?』
言うだけ。
たった一言。
それなのに。
いざ岩本が隣にいると、急に難易度が上がった。
深澤が黙ったまま横になっていると、岩本が何も言わずに近づいてくる。
そして、いつものように抱きしめた。
「……」
大きな腕に包まれる。
さらに、頭をゆっくり撫でられた。
急かされない。
何かを聞かれることもない。
ただ、いつも通りそばにいてくれる。
その優しさに、張っていた力が少しずつ抜けていく。
「……照」
「ん?」
岩本の胸元へ少し顔を寄せる。
言うなら。
今しかない。
深澤は小さく息を吸った。
「……全部、ちょうだい」
言ってしまった。
恥ずかしさで、一気に顔が熱くなる。
岩本の顔なんて見られない。
けれど。
頭を撫でていた手が、一瞬だけ止まった。
そして。
「じゃあ」
嬉しそうな声が落ちてくる。
深澤が恐る恐る顔を上げると、岩本は柔らかく笑っていた。
「百あげるね」
「……え?」
そう言った岩本が顔を近づける。
いつもより。
少し長いキス。
深澤も驚きながら目を閉じた。
やがて唇が離れると、深澤は岩本を見つめた。
「……待って」
「何?」
「なんで知ってるの?」
岩本はきょとんとする。
「めめから聞いた」
「……は?」
深澤の表情が固まった。
「めめ?」
「うん。この前話してたから」
岩本は何でもないことのように続ける。
「百から下げるの難しいって」
「……」
深澤は目を閉じた。
共有されていた。
ゼロか百問題が。
しっかり男性陣にも共有されていた。
「何でそんな話してんの?」
「流れで」
「どういう流れだよ」
岩本は楽しそうに笑っている。
深澤は恥ずかしさをごまかすように布団を少し引き上げた。
すると。
岩本がまた深澤を見る。
「でも」
「何?」
「ふっかから『全部ちょうだい』って言ってくれると思わなかった」
その声は。
からかっているわけではなかった。
本当に。
嬉しそうだった。
「……言わなきゃよかった」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
「俺はすごく嬉しい」
「そういうの言わなくていい」
岩本は笑いながら、深澤の頭をもう一度撫でた。
そして少し考えたあと。
真面目な顔で言った。
「でもさ」
「何?」
「ふっかの百が何なのか、全部教えてね」
深澤が瞬きをする。
「……全部?」
「うん」
「何を?」
「してほしいこと」
「……」
深澤の顔が。
じわじわ赤くなる。
岩本は何もおかしなことを言っている自覚がなさそうだった。
「だって、百って言われても分かんないよ」
「……」
「俺の百と、ふっかの百が同じとは限らないし」
それは。
正論だった。
ものすごく正論だった。
「だから、ふっかが何してほしいか教えて」
「……今?」
「うん」
「俺が?」
「うん」
深澤は言葉を失った。
たぶん。
本気で言っている。
深澤が『全部ちょうだい』と言ったから。
岩本は、その“全部”を間違えないために、一つずつ本人に確認しようとしている。
「……それってさ」
「うん?」
「俺がずっと言うの?」
「何を?」
「だから……」
言葉にするだけで恥ずかしい。
深澤は岩本の胸元へ顔を隠した。
「してほしいこと」
「うん」
「最初から最後まで?」
岩本は少し考える。
「ふっかが百になるまで」
「……」
深澤は固まった。
最悪だ。
いや。
岩本は何も悪くない。
むしろ。
ものすごく丁寧だ。
自分の気持ちを尊重してくれている。
勝手に決めず。
勝手に進めず。
全部、深澤に聞こうとしている。
すごく優しい。
すごく真面目。
だからこそ。
困る。
深澤は頭の中で、今夜の未来を想像した。
これして。
もう少し。
次は。
それから。
全部。
自分で言わないといけない。
つまり。
最初から最後まで。
おねだりし続けなければならない。
岩本は少し顔を近づける。
「じゃあ」
「……何」
「まず、何してほしい?」
「……」
逃げ道がない。
深澤は真っ赤になりながら、しばらく黙った。
岩本は急かさず待っている。
こういう時だけ。
本当に待てる男なのが憎い。
深澤は諦めるように、小さく口を開いた。
「……もう一回」
「何を?」
「分かるだろ!」
「ちゃんと言って」
「照!」
岩本が笑う。
けれど、待っている。
深澤は布団を握りしめた。
「……キス」
岩本の表情が、一気に柔らかくなる。
「うん」
「長いやつ」
「分かった」
「……嬉しそうにすんなよ」
「だって嬉しいから」
「もう」
岩本は深澤の頬へ手を添えると、もう一度ゆっくり唇を重ねた。
その瞬間。
深澤は。
自分が言ってしまった一言を。
心の底から後悔した。
『全部ちょうだい』
なんて。
絶対に言うんじゃなかった。
照の百を見るための作戦だったはずなのに。
このままでは。
自分の羞恥心の方が先に百になりそうだった。
みら

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#BL
kaede🍁
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コメント
1件
深澤が勇気出して「全部ちょうだい」って言ったのに、照がもうめめから情報仕入れてたの笑ったw でも「百あげるね」って返すの優しすぎるだろ…!しかもそこから「何してほしいか全部教えて」って真面目に聞いてくるところ、照の誠実さが出ててめちゃくちゃ刺さった。最後の「言うんじゃなかった」で締める深澤の後悔も可愛すぎるし、二人の距離が確実に縮まってる回だったなあ🔥 次も楽しみにしてます!