テラーノベル
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「それでさぁ〜!あいとらぷどがさぁ〜、急におれの手を振りはらってきて〜」
「……おい、もうそろそろやめないか」
顔を真っ赤にして饒舌に語る彼に危機感を覚えた。これ以上飲ませたら、急性アルコール中毒か何かで死ぬのではないか?
「ぁははっ、どおしたぁ〜?もしかして、もう飲めないのかぁ〜?」
「いや、そういう訳ではないが…これ以上は…」さすがに危ないぞ、と言いかけて口を噤んだ。彼にはどうやら私の話など聞こえていないらしい。
「あ、ちょっとおにいさん〜!酒がなくなっちまったから〜、一杯くれないかい? 」
ふらつく手でグラスを掴み、私の部下の方へと向ける。その様子に彼は困ったように笑って、私と、その隣に座る男…Chanceを交互に見つめる。その後、静かに水を差し出してきた。
Chanceが急に私の家に押しかけてきたのが3時間前で、その後やったギャンブルで彼が負けたのが2時間前。そして、悔しがるChanceに私が酒を勧めてしまったのも2時間前……。
彼がここまで簡単なやつだとは思っていなかった。少し煽ってやると度数が強い酒でも飲み干すので、それが面白くてついやりすぎてしまった。自覚はある。
「…ボス、この方、そろそろご自宅に帰したほうが良いのでは?」
「ああ、そうするよ…流石に飲ませすぎたな…」
隣を見ると、不満そうに先程渡された水を飲んでいた。そんなChanceの腕を自分の肩にのせ、何が起こっているか理解できていないらしい彼を立たせる。腕時計に目をやると、時刻はすでに午後11時を回っていた。
「すまないが、私の代わりにここを見ておいてくれないか。」
「YES、BOSS!お任せください」
部下達の力強い返事を聞き届けると、彼を外へと連れ出す。
「??まふぃおそ?なにしてるんだ?おれはもっとのめるぜ?」
「そんなふにゃふにゃした声で言われてもな」
苦笑しながら歩き出す。彼の家の場所は知っている。たしかここからそう遠くはなかったはずだ。
コツコツという靴の音と、隣の彼の呼吸音だけが聞こえる。夜風が熱くなった体を冷やしてくれた。心地よい肌寒さ。
「もうすっかり秋だな。」
「…うん…」
小さく答えた彼の体はぐらぐらと揺れていて、手を離せばすぐに倒れてしまいそうだった。
「寒くないか」
「うん… 」
「…おい、大丈夫か?」
先程とは打って変わって、大人しすぎるほどに大人しくなってしまった彼に、思わず心配の言葉をかける。
「そこら辺で少し休むか?すぐ歩くのは辛かったか」
「ん…」
彼を路肩に座らせ、その後に私も隣に座る。彼の顔は真っ赤なままで、サングラスの奥の、見えない瞳が蕩けているであろうことは容易に想像できた。
「あー、そこの自販機で水買ってくるよ。少し待っててくれ」
彼がこくりと頷くのを見てから立ち上がって、軽く伸びをする。自販機に向かおうとしたとき、ぼそりと小さな声が聞こえた。
「…迷惑、かけて、ごめん」
普段の様子からは考えられないその弱々しい声と、ぽつりと放たれた言葉に、思わず耳を疑い、後ろを振り返った。彼は、泣いていた。
「ど、どうしたんだ?急に…お前らしくないじゃないか」
思わずそんな、私らしくないことを言ってしまった。それほどに動揺していた。
彼は答えず、小さく首を横に振ると、膝を抱えてうずくまってしまった。
「と…にかく…水、買ってくるよ、今すぐ…」
すぐに水を買って、彼のもとに戻る。
「飲めるか?」
そっと水を差し出すと、彼は弱々しくそれを受け取って、ごくごくと飲み始めた。それにひとまず安堵してから、彼が落ち着くのを待った。
しばらく経ってから、彼が口を開いた。
「いやぁ…ごめん、急に!酒飲むとやけに感傷的になっちまう。困ったもんだよなぁ、ははは…」
だいぶ落ち着いたらしく、彼の口調はいつもの落ち着いたものに戻っていた。しかし、まだ普段ほどの覇気はない。
「いや、私はいいんだ…でも、 お前は大丈夫なのか。まだ治ったようには見えないが。」
「そうかぁ?いや、もう大丈夫だよ!ここまで送ってくれてありがとうな。ここからは1人でも行けるさ」
「そうか?お前がいいなら良いが…」
もう介抱は不要とのことだったので、彼とはそこで別れた。まだ少しふらふらとしていて不安だったが、確かもうすぐそこに家があるはずなので大丈夫だろう。彼が離れていくのを見てから、私も自分の家へと踵を返した。
「あ〜〜…最悪だ…」
彼と別れたあと、家へと向かう帰り道。俺は思わず溜息をついた。なんであんなに飲んでしまったんだろう、なんであんな失言をしてしまったんだろう…後悔が次々と浮かぶ。
「うー、くっそ…」
気晴らしにギャンブルでもしたいところだが、さすがにあそこにはしばらく行けない。あんな醜態を…mafiosoの前だけでなく、その部下達にまで……思い出すだけで顔が熱くなる。自分が何をしていたかあまり記憶にないが、俺のことだ、何かはやらかしているだろう。
「まぁ、でも!今日こんなに不運があったんだから、明日は幸運の女神が味方してくれるはずだよな!」
ポケットにいつも入れているお守り…金色に輝くコインを指で跳ね上げる。 ぱしっと掌で受け止めたコインは、こちらに表を向けていた。
きっと明日はいい日になる。
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