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「イツキくんと許嫁いいなずけになるのは、私です!」
アヤちゃんの言葉が、部屋の中に響く。
俺は思わず隣にいるアヤちゃんの服の袖そでを引っ張って、聞いてみた。
「ね、アヤちゃん」
「イツキくん?」
「許嫁いいなずけって意味知ってる?」
「知ってるよ! 結婚するんでしょ!」
あぁ、ご存知でしたか。
……ご存知でしたか。
5歳から返ってきたとは……いや、5歳だからこその無邪気な返答に、俺は思わず口ごもった。
その様子を見て、金髪巫女が笑う。
「ほう、霜月しもつきも皐月さつきも、随分未来をみておるのぉ」
だが、部屋の中の空気はとてもじゃないが、笑えるような雰囲気ではなかった。
何しろ、他の家の当主たちがその言葉を吟味ぎんみするように、みな考え込んでいるからだ。
そして、野生の獣を思わせるような瞳で俺と父親を交互に見ている。怖ぇよ。
「わはは。モテモテだな」
逆に、俺の父親だけは他人事のように笑っていた。
いや、これって笑うところか!?
「その様子を見るに霜月も皐月も、如月きさらぎと話をあわせているようではなさそうだな」
「あぁ。ならば機会もあろうて」
「何を言っている如月の次期当主は『第七階位』だぞ。たとえ男児しか産まなくとも側室を許可するべきだ」
俺が目の前にいるのに、俺をおいてどんどん話が加速していく。
大人の世界って怖ぇ!
しかも口を挟もうにも全員ヤクザみたいな見た目してるから話しかけづらいんだよな。怖いもん。
俺が戦々恐々としていると、レンジさんが肩をすくめて笑った。
「そうピリピリしないでくださいよ。子供の言葉じゃあないですか」
その瞬間、部屋の中に満ちていた重圧がふっと軽くなる。
「それにイツキくんは『第七階位』だ。誰か1人とだけ子供を作るようなことは、この国の未来にとっても損失だ。そうだろう、ヤマト」
レンジさんがそういって皐月家の方を向くと、当主が「やられた」と言わんばかりに肩をすくめた。
「それもそうだな。許嫁のことに関しては、もう少し話し合った方が良さそうだ」
「あぁ、イツキくんはとても優れた祓魔師になる可能性を秘めているんだ。各家ごとで話すべき内容じゃない。それこそ、今日の『会合』で話したって良いんだ」
「……お前の言う通りだよ、レンジ」
なるほど?
ん? いや、で、結局どうなったの。この問題。
解決……はしてなさそうだよな。
この周りのギラギラした目を見ていると。
俺が恐々としていると、金髪巫女が口を開いた。
「ふむ、面白くなってきたの。しかし、子どもたちには面白い話かの」
そういって周りを見渡しながら、彼女は前に出た。
「どうじゃ? ここからは、大人たちだけで話しあうというのは。それに、子供らがおらんほうがお主らも存分に話・し・あ・え・る・じゃろうて」
そういってにたりと笑うと、彼女は俺を……いや、俺たちを見た。
「では、子供らは退出せい。外の部屋にはお前らの母親もおるじゃろう。そこで、ここでの話し合いが終わるまで遊ぶと良い」
「はい!」
と言うわけで子どもである俺たちは部屋の外に出される。
母屋おもやと離れをつなぐ廊下にでると、その奥では全力疾走で母親の部屋に向かっていくリンちゃんの姿が見えた。
え、えぇ……。
挨拶とか、そういうのしないんだ。
子供って自由だね……。
しかし、リンちゃんは5歳である。
5歳にそういう対応を要求する方が酷だろう。
俺がそう思っていると、後ろからアヤちゃんがやってきた。
「イツキくん」
「どうしたの?」
「私ね、まじめだよ!」
「うん。うん?」
しかし、アヤちゃんもそれだけ言って走り去っていった。
「え、アヤちゃん!?」
しかし、返答はなく返ってきたのは走り去るアヤちゃんの足音だけ。
何だ何だ。
何が言いたかったんだアヤちゃんは……!
真面目ってなにが真面目なんだ。
許嫁のことか?
教えてよアヤちゃん!
しかし、答えを聞こうにも既にアヤちゃんはいない。
追いかけてもいいが、言うだけ言って逃げた女の子を追いかけるのは……ねぇ?
あんまり良くない気がするし。
というわけで1人廊下に残された俺は、思わず立ち尽くした。
「……どうしよう」
多分、アヤちゃんは母親たちがいる部屋にいる。
俺がその部屋にいくと、なんかアヤちゃんを追いかけたみたいで悪い。
しかし、だからといって会合が終わるまでこの廊下に立っているわけにも行かないのだ。
だってこの話し合い、夜までかかるらしいし。
どうしたものか、と考えて、ふと思いついた。
あぁ、そうだ!
せっかくだから魔法の自主練しよう!!
今日は初めて魔法を使ったのだ。
この感覚を忘れぬ内に、しっかりと身体に覚えさせよう。
だから俺は、近くにいた黒服のお兄さんに聞いた。
「ねぇ、お兄さん。魔法の練習する場所ある?」
「ありますよ。こちらです」
もう少し何か言われるかと思っていたのだが、思ったよりもあっさり許可されたので俺は面食らった。
「あ、あれ? 良いの? 僕が魔法の練習しても」
「はい。アカネ様より、本日いらっしゃっている跡継ぎの方々が魔法の修練がしたいと申された場合、練習場を自由に使わせるようにと仰おおせつかっておりますので」
なるほど。通りで使わせてもらえるわけだ。
というか、あの金髪巫女の人アカネさんって言うのか。
初めて名前知ったぞ。
「こちらになります」
「わぁ……」
連れてこられたのは、木の人形が等間隔に並んでいる幅広い場所。
地面はならされており、人形の他には遠くに弓道で使うっぽい的や、居合斬りの動画でしか見たこと無いような竹が用意されていた。
「これ、自由に使っていいの!?」
「はい。使い方が分からなければいつでも聞いてください」
「あ、ありがとうございます!」
俺は頭を下げると、魔法の感覚を忘れないように『導糸シルベイト』を伸ばして竹を掴んだ。そして、黒服のお兄さんに尋ねた。
「斬っても良い?」
「どうぞ」
言われるがままに、俺は『導糸シルベイト』を刃に変える。
そして糸を引くと、竹は綺麗に両断された。
それを見ていた黒服のお兄さんは、感心したのか拍手を送ってくれた。照れる。
「流石ですね、イツキ様。『導糸シルベイト』の形質変化もお手の物ですか」
「……形質変化?」
なんだろう?
聞いたことのない言葉だ。
「ご存じないのですか? ということは感覚で……?」
黒服のお兄さんは目に見えて困惑しながらも、優しく教えてくれた。
「いま、イツキ様が行っていたものです。『導糸シルベイト』を刃に変える。これを『形質変化』と呼びます。魔法の基礎です」
「他にもあるんですか?」
思わず俺がそう聞くと、彼はうなずいた。
「はい。そもそも、イツキ様は魔法がどのようにして使われているかご存知ですか?」
「『導糸シルベイト』を伸ばして……それで」
それで、どうやっているんだろう?
俺は思わず言葉に詰まった。
「半分正解ですよ、イツキ様。魔法は『導糸シルベイト』を変化させることで発動します。この変化には『形質変化』と『属性変化』があるのです」
「形質変化と、属性変化……」
「口で説明するよりも見せたほうが早いでしょう」
言うが早いか、黒服のお兄さんは俺が斬ったばかりの竹を『導糸シルベイト』で掴む。
「これが『属性変化:火』です」
そう言うと同時に、竹が燃え上がる。
「お、お兄さん! 属性変化って、火だけ!?」
「いいえ。属性変化は『火』『水』『風』『木』『土』の5属性あり、さらにそこから『複合属性変化』へと派生します。とはいっても、それはかなり手練てだれの祓魔師でないと使えない領域なので、まずは基礎属性から抑えておくのが良いかと」
「まって、お兄さん。僕もう、燃やせるよ」
「え?」
俺は言うが早いか、竹に『導糸シルベイト』を伸ばして掴むと同じように燃やした。
「……すでに『属性変化』を」
「あとね、こういうのも出来るよ」
俺は先ほど会合のところで見せた、炎と風の組み合わせ魔法。
2つの『導糸シルベイト』を編むことによって、小規模な爆発を生じさせた!
それを見ていた黒服のお兄さんはわずかに唖然あぜんとした表情で、
「……『複合属性変化』まで? これはおみそれいたしました。イツキ様は」
ぺこり、と頭をさげる黒服のお兄さん。
人に褒められるとやっぱり嬉しいので、俺は「ありがとうございます」と返しておく。
「いえ、凄いですよ。イツキ様は普通の祓魔師の方ですと7歳から魔法の練習を初めて1つ1つ属性変化を覚えていき、およそ全て覚えるのに1年かかるのですが……」
黒服のお兄さんは爆発でバラバラになった竹を見る。
「イツキ様は他にも『複合属性変化』を使えるのですか?」
「ううん。これだけ」
俺は首を横に振ってから答えた。
「それに『属性変化』も使えるのは『火』と『風』だけだよ」
「ふむ……。では、宗一郎様がお戻りになられるまでに他3つの属性変化を覚えてしまうというのはどうでしょうか?」
黒服のお兄さんの提案に、俺は目を輝かせて頷いた。
「やる!」