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シレントはエッセレを抱えてダンジョンの外に飛び出した。背中は血まみれで、今に彼女が死んでしまうかもしれないと焦ってポータルを目指して走った。少しの辛抱で町まで帰れれば、救うことができるはずだと。
だが、背中でぐったりしたエッセレが小さく耳元に言った。
「出ましたか?」
「ああ、出たよ。もうすぐポータルだ、頑張ってくれ……!」
「お、ろして……降ろしてください……」
「何言ってるんだ、ここで諦めるつもりか!?」
絶対に死なせるものかと必死になるシレントに、エッセレも声を絞り出す。
「いいから、はやく、降ろしてください……大丈夫ですから……」
「……分かった、降ろせばいいんだな」
なぜそうまでして降りたがるのか、まるで分からなかった。だが降ろせという以上は何か理由があると冷静になって、ひとまず足を止めて地面にゆっくり降ろす。エッセレはようやくか、と安心して息を漏らす。
「ちょっと……待って、下さいね……よいしょっと」
急に。腕が再生した。植物が成長する瞬間を目の当たりにしているような、ある種の不気味さが伴った再生はシレントを驚きと気味悪さで満たす。
「エ、エッセレさん? 硬いだけじゃなくて再生できたの?」
「そりゃあもちろん。私は防御と回復、それに全て注いでますから」
顔色は悪いが、死の危険は免れたと話し方ではっきりする。
「代わりに一切戦えないんですけどね。ひたすらに丈夫な身体を持っているというだけで、膂力とかはないんですよ。もうめちゃよわです」
けらけら笑って何事もないような顔をするが、エッセレはかなり無理をしている状態だ。シレントはすぐに抱えなおして運ぶ。
「あの、もう大丈夫ですよ」
「大丈夫に見えないから運ぶんだよ。医療術師に見せないと」
血を流しすぎた。いくら再生できたとしても、その後のエッセレの回復力は乏しい。失った血液まで戻せないのだ。放っておけば重大な問題が起きかねない。ひとまずは町へ連れて帰って、医師に見せようとする。
エッセレはそれを断った。
「あまり大事にすべきでないと思います。彼らが話し合いに応じるか否かを考える必要があるでしょう? 一度の決裂で諦めるんですか?」
思いのほか前向きなエッセレに救われる。まだ可能性の道は閉ざされていないと示されている気がして。
「彼らが本当に考えてくれると思うのか?」
「でなければ来た意味がないでしょう。それに……」
腕がしっかり動くのを、手をぐっぱっと開いたり閉じたりして確認しながら。
「そうでなければ、私が腕を飛ばされた意味がありません。彼らには対話する余地がある。生き残ったのが、なによりの証拠だと思いませんか」
殺す気であれば最初からそうしている。最初に腕を飛ばして交渉の余地を作ったことが、彼らが怨みを語る中で対話の余地を残している証明になるとエッセレは言う。振り返ってみればそうだとシレントも頷く。
暴威として振る舞いながらも命を奪わないドルハダス。何度も言い分に耳を傾けるヴォリーダに、殺せたはずなのに殺さずに消えたゼロ。特に、その中でもゼロは『エッセレを見捨てれば忠誠とみなす』といいながら手を下さなかった。
「僕らは時間を与えられたということか……?」
「でしょうね。私は戻ったら今日のことを資料に纏めて上層部に掛け合ってみます。シレント様はきちんと、仲間の皆さんにお伝えしてください」
今回の件はあまりに自分勝手で、挙句の果てに命の危険に晒してしまう大失態だ。沈黙していいはずがない。シレントは必ず話すと約束する。
「それにしても……あのゼロの強さはともかく、ドルハダスと名前のついた魔族の方が、私たちの考え方にとっては厄介極まりない感じがしますね」
「あの大男が? 確かに思想は違ったが、話せるタイプな気はするけど」
エッセレは、なぜこの男は年上でありながら観察眼が鈍いのかと呆れた。
「あのですね……。話が分かるからこそなんです。彼らの行動を振り返ってみてください。ヴォリーダやゼロ、両名は私たちに対して強い敵意を抱いていました。ですがドルハダスは違いました。容赦がないように見せかけただけ……本気を出せば、私たちは今頃、形も残っていませんよ」
人間など恨んでいない。エッセレは、ドルハダスの攻撃や言動から読み取って、頭を抱えたくなった。あれをどう説得しろと? そう文句を言いたくなる。
「私が出会った彼らだけで言えば、ドルハダスだけが人間を恨んでいないんです。彼が封印されたのに腹を立てたのは、たぶん、戦争ができなくなったから。────あれは生粋の戦闘狂です。魔族として生まれながら、魔物としての本能を知って、わざと働かせている。そんな気さえするんです」
人間を敵と認めるのは、その怨みからではない。シレントを逃がした理由も、彼には何もできず、結局はゼロ率いる魔族との全面戦争が起きると踏んだからだとエッセレは推察する。
「じゃあ、どのみち戦争をするしかないってことなのか……?」
「おそらくは。でも、もし上層部が重い腰をあげて動けば、話は変わるかもしれません。ゼロが対話に向かえばドルハダスも従わざるを得ないでしょうから」
すべての鍵はやはりゼロにある。シレントの狙いは最初から、今も変わらない。人類が屈服するのではなく和解の道を辿り、互いに譲歩できる着地点を探す。それがゼロを動かすための最善だ。
「……わかった。レアナたちにも事情を説明して、協力を仰いでみる。今日のことはこっぴどく怒られるだろうけどね」
「怒られてくれないと困りますが。あなたは少々ばかですので」
ぐさりと刺さる言葉に、しょんぼりした顔でシレントは胸を押えた。
「大変申し訳ございません……。でも、君が無事でよかった」
「ええ、それはかなり賭けでしたよ。再生させていたら、それこそ殺されていたかもしれないので。あれには参りました、速過ぎて見えないとは」
再生させた腕を前に伸ばして、手をぐっぱっ、と開いたり閉じたりする。間隔を開けても、違和感はない。完全に元通りであると確認を済ませた。
「ですが、これだけお膳立てされて成果が得られないでは困ります。そろそろ戻って互いにやるべきことをやりましょう。もし失敗して世界の存亡をかけた戦いにでもなったら、私だけ生き残ってやりますから」
「うん、そうなるのは僕も困る。できるかぎりのことはやってみよう」
コメント
1件
えっエッセレの腕が再生するシーン、めっちゃエモかった…! 植物が育つみたいな描写が不気味で美しくて、一気に引き込まれたよ😭💕 「防御と回復に全て注いでますから」って平然と言うところ、彼女のキャラがしっかり立っててすごく好き。それに、ドルハダスが実は戦闘狂で人間を恨んでないって考察、なるほどな〜って思わされた! シレントが「ばか」って言われてしょんぼりしてるのも可愛かった笑 次どうなるか気になりすぎる…!