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セラフィナの同意を得たので、慧太は早速ユウラのもとを訪ねた。
傭兵団アジトの広間は仕事前の打ち合わせや、ちょっとした休憩所兼談話室となっていた。
石造りの床。切り出された岩を積み上げた無骨な壁。それらを少しでもごまかすように獣人種族のタペストリーや、仕事で得た戦利品などが飾られている。
広々としたその空間の端では、酒をつまみにしていた獣人らが談笑していた。
そんな中、青髪の青年魔術師は忙しそうにアジトの広間を大股に横断する。
「事前の予定が狂わされるのは好きではないですね。それも明日出発ともなると」
「それなら、旅には同行しない?」
慧太が聞けば、ユウラは広間の脇にある机に、食堂から拝借した食器を並べた。
「まさか。外国へ出かけるんでしょ? 最新の魔法技術や知識に触れるいい機会だ」
「最新の、って今馬鹿にした言い方に聞こえたが?」
慧太は机のそばの壁にもたれ、腕を組んだ。
ハイマト傭兵団では数少ない人間であるユウラだが、人間社会、特に魔法関係者に言わせると『天才』と呼ばれているらしい。
それに関して彼は『人間たちは、僕が怖いらしい』とだけ言った。
結果、人間とは距離を置き、独自に研究をしながら獣人傭兵団に所属していた。
「気のせいですよ、慧太くん。……せっかく出かけるんですから、この機会を逃すのはもったいない」
「目的はお姫様を護衛することだぞ」
「それはあなたの目的でしょう? 僕は違います」
ユウラは机の前に立ち、肩をすくめた。
「ガイドが必要だから、僕が同行するんです。ついでに、ちょっとした旅行を満喫する」
「忘れているかもしれないけど、危険な旅になると思うよ、ユウラ」
何せお姫様を追っているのが魔人だ。
「慧太くん、あなたは何か勘違いしてませんか? 旅行なんて危険なのは当たり前でしょう?」
おかしなことを言うな、とばかりにユウラは眉を吊り上げた。
「獣に盗賊、何も相手は魔人だけじゃないんですよ? ……時々、あなたは常識とはズレたことを言う。あなたの国では、旅行は安全なものなんですか?」
冗談じみた言い方をする青髪の魔術師だが、慧太は「まあ……」と頷くにとどめた。
日本にいた頃は、旅行というのは楽しいものだと思っていた。少なくとも国内の旅行は、危険など考えたこともなかった。
「カップ、皿、水筒、スプーン――」
ユウラが並べた品々を眺める。
「バッグ、ランタン、蝋燭、火打石、非常用のロープ、鍋、食料を入れる皮袋、貴重品用の小物入れ、ナイフ、フード付きの外套、五日分の携帯食――」
口に出していくのがしんどくなったか、一息つく。
「包帯、気付け薬、栄養剤――」
「何かの内臓。……トカゲかコウモリか?」
栄養剤といわれた独特の臭いがする黒い粒を、慧太が茶化す。
何だか遠足前の準備みたいだ、と思った。
ユウラは机に載せきれないものに視線を向ける。
「携帯式小天幕、裁縫用具、あとは……各人の個人用装備ですか」
「ユウラの装備って?」
「護身用の魔法短剣、魔術触媒、魔石とそれを入れる皮袋、あとは杖」
「魔法の杖?」
「いえ、ただの棒切れです。歩行の補助に」
ユウラは片目を閉じた。
「長旅の必需品ですよ」
「ああ、そう。もう杖の補助がいる歳かい?」
「無知は怖い」
真顔で言うユウラである。
慧太は冗談を言うのをやめた。
「遠出ともなると結構な量になるよな」
「確かに、ちょっと多いかもしれないですね。個人が持てる量を考えたら、もう少し減らせると思いますし、減らすべきかも」
そこへすっとリアナが顔を覗かせる。唐突に現れる狐娘である。
「ランタン、携帯用の小天幕なんていらない。重い」
「あれば便利なんですけどね」
「誰が運ぶの?」
リアナは淡々と言うのである。
「わたしは嫌」
「オレだってご免だね」
別に荷物を運ぶのはどうと言うことはない。だが慧太はシェイプシフターという特性上、変身する際に荷物は邪魔になるのだ。
ユウラは、机の上のそれをバッグに詰めはじめる。
「そこは、慧太くんの愉快なお友だちの出番ですよ」
「オレの愉快な友だち?」
「アルフォンソに運んでもらえばいい」
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ユウラはその名を口にした。
傭兵団では慧太が所有する『ペット扱い』になっているそれに、所有者は片眉を吊り上げた。
「ああ、確かにあれなら小天幕も、他の荷物も運べる」
――いざという時の保険になるし。
アルフォンソ、愛称『アル』は普段は黒い馬の姿でいる。
本当のところを言えば『馬ではない』が、その姿で落ち着いているというべきか。
いまも傭兵団のアジトの一角に陣取り、惰眠をむさぼっている。
ちなみに名付け親はユウラだ。慧太は別の名前を候補に上げたが、ユウラ曰く「駄馬臭い」と一蹴された。
「それで、あなたたちの他の荷物は?」
「オレはない」
慧太は身振りで丸腰をアピールする。
衣服はもちろん、武器道具は必要に応じて自分で用意できるのだ。
「わたしはこれ」
リアナは、ユウラが片付けた机の上に装備を並べていく。
「『闇牙』と『光牙』」
刀身が真っ黒に塗られ光を発さない短刀と、清んだ水のように綺麗な刃を持つ短刀がまず置かれた。
「煙幕玉、粉塵玉、破裂玉、火玉を各三つ。針三本、剛性ナイフ、合成弓、矢筒、矢――」
並べられていく武器、毒消しなどの薬丸……。
狐人の暗殺集団とは忍者なのではないか。慧太は苦笑する。
彼女の腰のベルトに、それら武器の収納ケースがついていて、装備を披露し終えたリアナが元に戻す。
ユウラは荷物を指し示した。
「慧太くん、アルフォンソのもとへ荷物を運ぶのを手伝ってもらっていいですか?」
さすがに一人で全部は一度に運べない。
慧太は荷物が詰められたカバンを肩にかけ、調理用の鍋を持つ。
「ああ、いいよ。……あいつをこっちへ呼ぼうか?」
「出発は明日ですよ? それまで室内に入れておくつもりですか?」
「別にどこでもいい気がするけどな。……あいつ、糞しないし」
慧太は言ったが、ユウラは皮肉げに唇の端を吊り上げた。
「じゃあ、あなたの部屋に」
「それは遠慮する」
自分の物なのに、最近どこか違和感を覚えていたりする。……個体として離して放置しているのがいけないのか。
近いうちに『作り直した』ほうがいいかもしれないと思う慧太だった。