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Say My Name
「ハンビナ。今ちょっと、」
ハンビンの名を呼びながら戸を開けたジャンハオは、目の前で横たわる彼の姿を見て口を閉じた。
ベッドの上に開きっぱなしになっているパソコンにノート、カーテンは開けられていて少し散らかっているものの綺麗に整頓されている部屋には真っ白な日差しが差し込んでいる。
「あれ…寝てる?」
スマホをポケットに入れてハンビンの前まで回り込む。
布団もかぶさずに作業中に寝てしまったであろうことは、ハンビンの顔を見ればすぐにわかった。
ジャンハオはふふ、と微笑みながら彼のぽかんと開いた唇に触れる。
念の為、とおでこに手を当てて熱がないことを確認すると、ベッドの上に無造作に置かれたパソコンとノートを近くの机に移動させた。
「途中で寝ちゃったんだ、」
無意識にノートを見ると、3集の曲の歌詞にたくさんのメモ書きが施されていた。
すっかりカラフルになった1ページを眺めていると、彼の几帳面さがわかる。せっかくの休日の昼間だと言うのに、1人で部屋にこもってこんな作業をしているなんて。
今日はせっかくの休みの日だからハンビンを誘ってカフェでも行こうか、と考えていた自身の能天気さに呆れたくなった。
再びハンビンの顔に視線を移す。
すっかり熟睡しているであろう彼の瞼は揺れることもなく、静かにはたりと閉じられている。
まつ毛が長くて羨ましい、と思いながら優しく瞼に触れて、そのまま口元へと撫でるように指を這わせた。
音を立てずに、ほんの少しだけ唇を合わせて、秘密なキスをしてみる。さすがに起きない。
もうちょっとほどけた軽い口付けをしても、やっぱりハンビンは起きなかった。
ジャンハオはベッドの前に空いている窓との間のスペースに腰を下ろした。
愛おしそうに蕩けた瞳で髪を何度も梳いて、唇に触れて、次に耳に触れて。
いつもはこんなにじっくりとハンビンを愛しむことが出来ないからと、思いつく限り彼の好きなところを指でなぞっていった。
「ハンビン…」
本当に綺麗な顔立ちをしているな、とジャンハオは思った。
『僕より可愛くて綺麗で腹が立つ』なんて言葉をかけたことある。半分冗談で、半分本当のこと。
ハンビンはそんな言葉をかけられてもいつものようにあしらって、『なにそれ。ヒョンも綺麗でしょ?』って眉を下げて微笑んでくれた。
「こんなに触っても起きないんだ。ふふ、」
カフェに行ったり海に行ったりするのもいいけど、ジャンハオは何よりも、2人きりで家で過ごすまったりとした時間が好きだった。
理由はもちろん昔からインドア派というのもあるが、その方がより近くでハンビンを感じられるから、というのが大きかった。自分以外は決して聞くことの無い甘い声で、『ハオ』と呼ばれるのがたまらなかった。
『ねえ、ハンビン?』
『ハンビン、好きだよ』
『愛してるよ、僕のハンビナ』
たまらないほど大好きだったから、ジャンハオもまた、お返しという程でもないが、よくハンビンの名前を呼ぶようにしている。
その度にハンビンは嬉しそうに目尻に皺を寄せて、振り向いてくれる。ジャンハオはそれを繰り返すうちに、お気に入りの『特別』に自分がなれたことを実感して心を躍らせていた。
名前を呼ぶだけで、呼ばれるだけできゅんとするなんて、なんて幸せなんだろう、と。
「ねえハンビン。起きたら何をしよう?」
「せっかくの休みなんだから、作業をやめて、好きなドラマでも見ようか?」
自分の言葉が届いているかはわからなくても、今この時間、ハンビンを独り占めできていることが、ジャンハオは嬉しかった。何度も唇を重ねて語りかけて、思う存分にハンビンに触れられるから。
揺れるカーテンが背中を撫でる。
ふと時計を見ると時間は30分も過ぎていて、そろそろハンビンも起きるかな、なんてことを考えながら立ち上がる。
椅子に腰掛けてハンビンの努力の証が写されているノートをさらっと見ていると、背中から声がした。
「……、ハオヒョン…」
「あ、ハンビナ。起きちゃった?」
ジャンハオは内心とても胸が弾んでいることを隠して、またハンビンの前に座った。
「ごめんね。用があるから部屋に来たら、ハンビンが寝てたからつい長居しちゃってたの」
まだ意識が天とこっちを彷徨い続けているようで、ハンビンは何も言わずにこくこくと頷いた。
表場では完璧なリーダーのハンビンのこんなにぽわっとした姿を見れるのも恋人の僕だからなんだな、と思ったジャンハオの頬は、本人も知らないうちに緩んでいた。
「ハンビナが書いたノートすごいね。沢山書き込んであって。今日は休日だからハンビンと出かけたいなって思ってたところだったんだけど、こんなに頑張ってるのを知って申し訳なくなっちゃった。笑」
ハンビンは朦朧とする意識の中で、ハオヒョンはおしゃべり好きだな…と思った。
それと同時に、普段あまり外に出ないジャンハオが外出の機会を誘ってくれているのだから、なんとしてでも起きなければ。と身体を起こしたい気持ちでいっぱいになっていた。
「ありがとう…。今、何時?」
「14時くらいかな。疲れてるよね?寝てていいよ。」
「ううん…ハオはどこに行きたいの?そこ、行こうよ…」
いつもは遠慮して寝かせるところだけど、ジャンハオは先程までの行動でハンビンへの愛がどうしようもなく溜まっているため、お言葉に甘えることにした。
「本当に?ありがとう!さっき調べてたら、雰囲気のいいカフェを見つけたんだ。ハンビンも好きそうな、モダンな感じの。」
「なんて名前?」
「えーと、ここなんだけど…」
身体を何とか起こしたハンビンの横に座って、腰に腕を回し安定させてあげるジャンハオ。こういうところでしかヒョンを出せないからと、些細なことでも気を使えるようにいつでも考えて行動するようにしていた。
「どう…?あ、ふふ、」
Instagramでの写真をスクロールしていっても、ハンビンからは反応がなかった。不思議に思ったジャンハオが視線をハンビンに向けると、肩にこてんともたれかかってきたハンビンは、瞼を閉じていた。
1枚、2枚と写真を撮って、あとで行ったカフェの写真と一緒に載せようかなんてことも考えていると、ハンビンははっと目を覚ました。
「ごめん!ハオヒョン、」
「ううん。笑かわいいからいいよ。眠い?大丈夫?」
「あはは、ありがとう…。大丈夫、ここいいと思うよ!」
そうだね、と2人で頷きあって、ベッドから立ち上がる。ジャンハオは幸せそうに、けどそれを悟られないように顔を背けて笑った。
「ハンビナ。ふふ、楽しみ」
「俺も楽しみだよ…ハオヤ。」
愛おしそうに名前を呼び合いながら部屋を出る2人の顔は、日差しに照らされていつもよりもっと、明るく輝いていた。
say my name 完