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『おい、太智。A社行くぞ。』
同僚の仁人が声を掛けてきた。
自分が先程声を掛けた時はまだ早すぎると言ったくせに、後輩と自販機でジュースでも買うかと席を立とうとした瞬間に彼から催促の声が掛かった。
普通は”待たせた”とか”ごめんね”などの一言があってもいいのではないかと先を急ぐ彼の背中を睨みつけた。
ただ、仁人とは入社してからの長い付き合いで、変な気も遣わず仕事の面では良い関係性を築いていた。言葉にしなくてもわかり合える存在というか・・・。
何気なく言った言葉を覚えていたり、準備しようとすれば先回りしてくれていたこともあった。
ただ、俺にだけ当たりが強いのはどうかと思う。嫌われているのか?
いつも慣れない言葉にどう答えて良いのかわからなかった。
今日は顧客先へ新商品の案内と営業に二人で行く日だった。
訪問出来れば出来るだけ足を運ぶ予定だったため、当然昼食も一緒に過ごした。
彼はいつも食後に煙草とコーヒーを嗜む。
社用車で一緒に移動する日はどうしても彼のタバコの匂いが自分のスーツに染みついていた。
「なぁ、禁煙せんの?」
『余計なお世話だよ。これがないともう生きらんねーの。お子ちゃまにはわかんないだろうね。』
ワザと俺に向けて煙を吐く。
ゲホゲホと咽る自分を見ると至極満足そうに口角を上げるコイツが本当に嫌いだった。
捻くれた仁人と一緒に過ごした日は、あの純粋な舜太の顔が浮かんだ。
いつの間にか自分の癒しにでもなっていたのか、最近避けていた事もあり恋しくなる。
今日仕事が終わったら居るかわからないが、彼に会いに行ってみようか・・・。
いや、きっと居るはず。
夏休みも終わり、彼の勤務は夕方~夜に変わっているだろうと不思議な自信があった。
『太智くん!!!久しぶり!』
───ほらな。
キャンキャンと子犬の様に俺の姿を見ると駆け寄ってきた。
「久しぶり。元気にしてた?」
『うん!・・・あれ?太智くんってタバコ吸うん?』
仁人の煙草の匂いが付いたのだろう。だから嫌なんだよ。
きっと、顧客先でもバレただろう。
正直どうかと思うが、自分たちの顧客先は製造系が多く煙草を好む人が多かったため仁人のような存在は煙草でコミュニケーションを取って仲良くなることで商談が上手くいくことが多かった。煙草なんて吸ったこともない自分には出来ない手法だ。
「あぁ、今日一緒に行動した同僚が煙草吸うやつでさ。ごめんね。臭いよね。止めろって言ってるんだけどさぁ~・・・」
それを聞くなり舜太は一瞬、顔を暗くさせた。
そんなに嫌だったのか。せめてもの思いで着ていたスーツを脱ぎ手に掛ける。
レジの時も舜太は何か思い詰めた様な顔のまま眉間に皺を寄せていた。
(そんなに煙草嫌いなのか・・・)
申し訳なく、機嫌を伺う様に舜太の方を見て「またね」と告げ、出口に向かおうとしたその時だった。
『太智くん!僕、太智君の事好きです!付き合ってください!』
うるうるとした瞳で懇願されるとまるで捨て犬にでも遭遇した気持ちになってしまいコクリと承諾してしまった。それからというものの着信やメッセージがすごいのだ。
ピコンピコンなる自分のスマホに仁人が眉間に皺を寄せながら「うるせぇぞ。」と言い放つ。
学生時代の恋愛とはこんなものだったかと懐かしさはありつつも、自分は社会人であり・・・後ろ髪を引かれる思いで彼の通知をオフにした。
帰宅してお風呂と夕飯を済ませ、やっとこさ返事をする。
【遅くなってごめんね。やっと落ち着いた。】
[お疲れ様!太智くんからのメッセージ待っとった!今から電話してもいい?]
【ええよ。】
可愛いメッセージについ頬を緩ませていると早速彼から着信が入った。
『太智くん?お疲れ様^^』
「うん。お疲れ。今日はバイトないんやね。」
『うん。夏休み働き過ぎたから今月は控えてるんよ。太智くんは今日お仕事どうやった?』
なんてことない会話。
だけど、彼の優しい声が仕事のストレスをゆっくりと溶かしてくれる気がした。
「電話ありがと。なんか聞いてくれて楽になったわ。」
『えぇ、俺としては毎日太智くんの声聞きたいんやけど・・・。』
「ふふっ、毎日かぁ。俺の何処がそんな好きなん?そんなにいいとは思わへんけど・・・」
『そんなことない!太智くんは唯一無二の存在で、可愛いしカッコいいし俺からしたら正義のヒーローやねん!あっ、そうや!今度太智くんの家にも遊びに行きたいんやけどどうかな?』
俺の家・・・そんな面白いものも置いてないんやけどなぁ・・・
当たり障りのない家具と必要最低限の備品。無機質な部屋はまるで自分を見ている様だった。
「ええけど、何にもないで?」
『ええねん!太智くんの家に入ることが目的なんやから!』
電話越しにでもわかる彼の喜び様につい甘やかしてしまう。
「じゃあ、何か二人でしたいことあるならまた連絡してな。」
『うん!太智くんホンマにありがとう!』
今日はなんだか安眠できそうだと、ウトウトとそのまま目を閉じた。
休憩中にスマホを見ることが増えた。
舜太からの自撮りの写真。なんて可愛いやつなんや・・・迂闊にもキュンと胸がときめいた。
相変わらず、たくさんの愛の言葉が並べられたメッセージに心が満たされる。
こんな高揚感はいつぶりだろうか。
その様子を面白くなさそうにじとっと見てくる奴が居た。
『太智、お前顔ゆるゆる。気持ち悪ぃ。』
ハッとして両頬に手を当てるとパンパンと頬を叩いた。
『なにお前彼女でも出来た?』
彼女ではないが、あながち間違っていないだろう。恋人は恋人だ。
至って健全な親友を少し超えたお付き合いとでも言うのが正しいのだろうか。
「内緒。仁人には教えな~い。」
ぷいっとスマホを両手に持って、仁人に背を向けた。
予想外の反応に、面白くなかったのかそれ以上は突っかかてくることはなかった。
が、午後急に仁人から大量の資料を机の上にバンッと置かれた。
「えっ、これは・・・何?」
『今度の三連休、出張に行く資料。』
「えぇ!聞いてないよ!・・・えぇ。三連休・・・?」
そう。今度の三連休は舜太が俺の家に来る計画を立てていた日だった。
このことを知ったらアイツ悲しむだろうなぁ~・・・。
『ちなみに、今週末の金曜日はここの部署の飲み会』
「えぇ。それも初めて知ったんやけど・・・いつの間に?」
『さぁ?とりま、俺らは絶対参加だぜ?』
ヒラヒラと手を動かして席に戻る仁人の姿に深いため息をつき、舜太の穴埋めに何かしてあげないとなぁ・・・と太智は頭を抱えた。
だが、太智は知らない。
この出張も飲み会も提案したのは仁人だということに。
仁人は入社初日から太智と一緒に仕事をすることが多かった。
当初から太智の慎重で的確な判断には何度も目を見張るものがあった。また、柔らかい話し方は自分のきっぱりとした話し方をどこか中和する役割にでもなっているのか上司から一緒にペアで行動しろと言われることも多かった。
入社から半年程経った頃だろうか。自分の生意気な態度が気に食わなかったのか、二人で何日も掛けて準備したデータをある上司が消した時は全てを投げだしそうになった。
だが、太智は諦めることなく再度データを作成し直し、より完成度の高いものに仕上げて提出をした。その時ばかりは柄にもなく缶コーヒーを差し入れたが太智は「にっがっ!」と文句を言いつつ渋い顔で飲んでいた。その様子が可笑しくて2人で声を荒げて笑い合ったのを覚えている。
その日を境に彼を意識しだした自分は、構って欲しさに意地悪な言葉しか言えなくなっていた。
自分以外に向けられる笑顔がいつも羨ましかった。
彼の興味はいつだって自分が独り占めしたかった。
だから今回も、ニコニコと自分の知らない相手へ向けられる笑顔に腹が立ち嫉妬心からか恋人と過ごすであろう休みや、その前日を狙って出張や飲み会を企てた。
自分でもチンケな奴だと思う。ただ、こんな事位でしか抵抗が出来ないのだ。
ざわざわとする胸を落ち着かせるため喫煙所へと足を向けた。
コメント
1件
うわっ、仁人の複雑な感情がめっちゃ伝わってきた…!太智には意地悪な態度ばっかり取っちゃうけど、実は入社した頃からの積み重ねでめっちゃ意識してるんだね。「自分以外に向けられる笑顔が羨ましい」ってとこ、胸にグッときたわ。嫉妬から出張や飲み会を仕組んじゃう歪んだ愛し方が切なくて、次どうなっちゃうのか気になる!とも。さんの心情描写めっちゃ刺さった🔥