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◇ 晴人の大学の友人・佐伯 冬馬(さえき とうま)視点
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春の終わり、卒業を目前に控えた大学の図書館。
佐伯冬馬は、数少ない“晴人の友達”として知られていた。
「なあ、久しぶりに飲みに行こうよ。卒業前にさ」
「……ごめん、今日はちょっと……先約あるから」
いつも通りのやわらかな笑顔で断る晴人。
けれど、その“やわらかさ”に、違和感を覚えるようになったのは、秋からだった。
なんというか――
空っぽになった笑顔だった。
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◇ 彼女の存在
冬馬は知っていた。
大学の頃から、晴人を想っていた女性――仁科 奈々(にしな なな)の存在を。
彼女はいつも、遠くから見守っていた。
何も言わず、ただ応援するように微笑む姿が印象的だった。
ある日、奈々がぽつりと言った。
「晴人くん、最近……すごく綺麗になったよね」
「え?」
「前は、普通に可愛かったけど。最近は、なんか……色っぽいっていうか。男の人が、躾けたみたいな……そんな感じ」
「……それ、どういう……」
彼女はそれ以上言わなかった。ただ、笑っただけだった。
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◇ 最後に見た後ろ姿
卒業式の日、冬馬は一瞬だけ――見てしまった。
校門の外で、スーツ姿の男に付き添われる晴人。
明らかに“学生”ではないその男は、晴人の背中に手を添えて、耳元で何か囁いていた。
次の瞬間。
晴人が、ぴくりと震えた。
ほんの一瞬。
震える足元、赤くなった耳、そして何かを堪えるような視線。
(あれは……)
誰かの恋人、という雰囲気ではなかった。
あれは――明らかに“支配”だった。
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◇ メールは、返ってこない
その後、冬馬は何度かメッセージを送った。
「卒業おめでとう。また、いつか飲もうな」
「就職、決まった? 頑張れよ!」
返信はなかった。
既読も、つかない。
SNSのアカウントも削除されていた。
彼の居場所は、もうどこにも存在していなかった。
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◇ エピローグ
半年後。
偶然街で見かけた晴人は、悠真と共に並んで歩いていた。
全身黒のスーツ、どこか異様に整った姿。
人形のような、意思のない微笑み。
(あいつは、あれで……幸せなのか?)
答えは出なかった。
ただ、晴人が最後にチラリとこちらを見て――
見知らぬ人を見るような、空っぽの目をしていたことだけが、強く記憶に残っていた。