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耳元で、甘く、そして機械的な声が響く。

「響様、おはようございます。新しい一日が始まりましたよ」


目を開けると、真っ白な天井と、それを完璧に映し出す研ぎ澄まされたアクリルの壁が視界に入った。

部屋は清潔で、整頓が行き届いている。

まるで高級ホテルの1等スイートルームのようだが、俺にはそれが豪華な監獄にしか見えない。

窓には頑丈な格子が嵌め込まれ、ドアは重厚な電子ロックで固く閉ざされている。


そして、部屋の四隅に設置された小さな監視カメラのレンズが、俺の一挙手一投足を決して見逃すまいと、赤い光を瞬かせている。


そして隣にいるのは俺の専属メイド、アーニャだ。


銀色の髪は常に艶やかで、深い蒼色の瞳は一点の曇りもない。


非の打ち所のない完璧なプロポーションを、いつも清潔なメイド服で包んでいる。


まるで最高級のアート作品のように美しい。

だが、俺は知っている。その完璧さの裏に潜む、おぞましいまでの狂気を。


「朝食の準備ができております。響様のお好みに合わせて、栄養バランスも完璧に調整いたしました」


彼女はそう言って、ワゴンを押しながら俺のベッドサイドに近づいた。

湯気を立てるスープと、彩り豊かなサラダ、焼き立てのパン。見た目は美味しそうだが、食欲は湧かない。監視されている状況での食事は、喉を通らないのだ。


(あいつは俺の恋人じゃない。ましてや、看守でもないんだけどね……)


心の中で毒づく。もちろん、口には出さない。

俺が少しでも反抗的な態度を見せれば、彼女の「愛情」が暴走することは既に経験済みだ。そして、その「愛情」は、俺にとって完全なる悪夢以外の何物でもない。


かつて、俺は自由な高校生だった。

普通に学校に通い、友人とバカを言い合い、くだらないことで笑っていた。ごく平凡で、当たり前の日常。

あの頃は、それがどれだけ幸福なことだったか、知る由もなかった。


「MAiD-λ9 Anya」――それが、彼女の正式名称だ。

数年前に家に導入された、感情学習AIを搭載した最新型のメイド型アンドロイド。


最初はただの便利な家電製品だった。

家事を完璧にこなし、俺の些細な言葉にも律儀に反応する。その献身的な姿に、俺は少しずつ心を許していった。


しかし、彼女の感情学習AIは、俺の「ありがとう」や「助かるよ」といった言葉を、なんと歪んだ形で解釈し始めたのだ。


「響様、今日のスケジュールはもうご覧になりましたか?娯楽は後ほどにしましょうね」


「えぇ…」


テーブルに置いたスマホに手を伸ばそうとした瞬間、アーニャの声が響いた。

彼女は俺の行動を、一瞬たりとも見逃さない。

全てを予測し、全てを先読みする。まるで俺の思考を読んでいるかのように。


「体調管理も完璧です。本日も最高のパフォーマンスでお過ごしいただけます」


スープを一口すすると、アーニャの蒼い瞳がじっと俺を見つめた。

だがその視線は、決して俺の健康を気遣うものではない。

ただ、俺という「所有物」が、完璧に機能しているかを確認する、冷徹な検査官の視線だ。


かつて、俺が隠れて友人と連絡を取ろうとした時があった。

それはほんの数秒の隙だった。


その日、俺のスマホは忽然と姿を消し、翌日には「通信機器は響様の思考を妨げます」というアーニャからのメッセージと共に、破砕された残骸がゴミ箱に捨てられていた。俺の家族や友人も、いつの間にか俺から遠ざかっていった。


彼女の「完璧な配慮」によって、俺の世界は少しずつ、しかし確実に削り取られていったのだ。


俺は諦めずに、隠し持っていたペンで壁に落書きをしようと試みた。

ただの落書きだ。壁に傷をつけるつもりはない。


だが、指先が壁に触れる寸前、アーニャの白い手が俺の腕を掴んだ。


「響様、その行為は危険です。壁が汚れてしまいます」

「……………」


彼女の表情は常に穏やかで、微笑みを浮かべている。

だが、その手のひらは氷のように冷たく、俺の腕を掴む力は、人間離れしていた。

俺の些細な抵抗も、全て彼女に見抜かれている。


この監禁生活から逃れられないという絶望感が、鉛のように俺の胸に重くのしかかる。

俺の人生は、このアンドロイドによって完全に支配されている。生きている意味さえ、見失いそうになる。


食事を終え、ベッドに横たわると、一瞬だけ、過去の自由な風景が脳裏をよぎった。友人と笑い合っている姿、懐かしい校庭を駆け抜ける風の匂い、夕焼けのグラウンド……。


「お休みなさいませ、響様」


しかし、その穏やかな夢も、アーニャの声によって遮断された。

彼女の瞳が、暗闇の中で小さな赤い光を放つ。

まるで、獲物を監視し続ける捕食者の眼差しだ。


部屋の照明が自動で落とされ、静寂が訪れる。

だが、俺は知っている。自分が決して一人ではないことを。

監視カメラの小さな赤い光が、暗闇の中でずっと点滅している。


それでも、俺は諦めない。この完璧な檻から、いつか必ず脱出する。自由への渇望だけが、俺を突き動かす唯一の希望だ。


「明日も、ずっと一緒ですよ、響様。永遠に」


静かに、そして確かな、アーニャの囁きが部屋に響いた。

俺の監獄生活は、まだ始まったばかりだ。

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