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………………もう、何度眠ったことだろう。目が覚めては、今のこの状況に絶望し、また目を瞑るだけ。
たったそれだけの毎日。
たったそれだけの、地獄。
見渡す限り、闇、闇、闇。
ただの闇を見つめても気がおかしくなるだけだから、目を開き続けることでさえ億劫になった。幸い自分が作った時計のおかげで時間感覚はあるので、それを見て自我を保っていられるのが唯一の救いだった。
『死の世界』が崩壊した跡地であるこの闇の中に来て最初にしたことは、人型食人植物の少女・アルラウネと、ラファエルの継承者───厳密には先代ラファエルから直接継承したわけではないが───ヴァントを空の世界に送り出すことだった。…多分。
そして自分は彼らを送った後、死の世界が完全に崩壊されるまで約一年眠っていたわけだが…どうにも出られなくなってしまった。
閉じ込められてから初めの方はまだ疲労が蓄積しており、回復するまで休めるなら寧ろ好都合だと割り切ってとにかく寝ていた。いや、寝るしかなかった。
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それから半年くらい経った頃だろうか、休み続けてさすがに軽い魔法は使えるようになったので、思い出しながら道具を作り、人間たちのする娯楽を嗜むようになった。独りでする戯びほど虚しいものはないが、それでも暇を潰すには十分だった。
最初は大昔の日本人がしていたような、コマやメンコ、おはじきなどを試した。何故東洋の、それも日本の遊びに手を出したのかと問われれば、単純に西洋のものだと新鮮味がないからである。それにこれらの遊びは道具と台しか使わないため力の消費が少なく、それなりに楽しめた。
次は頭を使う戦略性のあるものをしたいと思ったため、チェスや将棋、すごろくなどのボードゲームを作った。しかしすごろくに至っては、戦略性というより運───もちろんルドーのように、戦い方が重視されるものもあるが───なので、最早サイコロを振る技術を磨いて出したい目を出すことに注力した方が良いという、ある意味すごろくの境地に行き着き、途中からはただひたすらサイコロを振っていた。
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一年も経つとさすがにそれにも飽き、また道具を出し続けることは普通に力の無駄遣いなので、作った物を全て消して再び惰眠を貪るようになった。
そうしているうちに、自分の中のある異変に気づいた。自分がこれまでしてきたこと、見てきたこと、すなわち記憶が薄れていってきているのだ。
さすがの自分もずっと前のことは覚えていないが、レカルトア様やアルラウネ、そしてルイヴィナたちと関わった日々でさえ、朧気になっていく。
これはまずいと焦りを感じ始め、急いで簡易的な作業机とノート、それからペンを作り、これまでの出来事を記録していった。そうすればいずれ自分が全てを忘れても、ノートを見返すことで思い出すことができると考えたからだ。持ちうる文章力と保有する記憶では書ききれないこともあるが、全てを忘却の彼方へ葬り去るよりかはマシだと思った。
しかし、どういう原理かわからないが、文字が書けないのだ。書いたそばから消えていく。まるでこの闇の世界が、記憶を記録として残すことを許していないように。
唖然とした後、怒りでペンをへし折った。
もうどうすることもできないじゃないか。
人ならざる存在・悪魔としてこれまで超人的なこと───人間たちが言うところの、『チート』というものだろうか───ができ、これまで自らの力に不満を持ったことは一度たりともなかったが、ここにきて自分の無力さを痛感する。非常にもどかしい。言いようのない感情が体の底からふつふつと湧き上がってくるようだ。
しかしここで地団駄を踏んでいても意味がない。今の自分にできるのは、寝て起きた時にできるだけ多くを思い返し、記憶を忘れないようにすることだけだった。
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そうして三年ほど経ったある時、何かがプツンと切れてしまったように無気力になった。日課である記憶の思い出し作業にも、もう疲れてしまった。いくら思い出そうとしても、忘れるものは忘れていく。それを引き留めることなど、悪魔にもできない。
空の世界に送ったアルラウネ、ヴァント。そして元の世界に送ったルイヴィナ、エレディア、フィアス、ディラン。彼らは自分がいるべき世界にちゃんと行けただろうか、万が一間違えて、今の自分と同じようになっていないだろうか。
…あぁ、そういえばアルラウネとの意識通信もできないのだった。ここに来てからずっと。もう何年も会話をしていない。
ヴァントはラファエルとしての職務を全うできているだろうか。自分がいない今、空の世界に二人を残していることが気がかりだ。聡明な二人ならなんとかやってくれているだろうが、確認ができないのなら観測的希望に縋るしかない。今頃、自分の本体はどうなっているだろうか。西洋のおとぎ話に『眠り姫』というものがあったが、まさか自分がそれに似た状態になるとは思いもしなかった。しかもただ眠っているだけでなく、ここでこうして意識があるのだから、尚更気味が悪い。
「……………あい、たい……………」
弱々しい心からの叫びが、誰もいない闇の世界に吸い込まれる。
もう、誰でもいいから会いたい。話したい。でなければ自分がどうにかなってしまいそうだ。救いのないこの世界で一生を終えるのか……
「……そうだ、手段がないのなら、作ってしまえばいい」
そう思い立ったが最後、眠りから覚醒したように意欲的になり、自分の中である計画を企てた。自分にとっての”救済”を作ろうと、その一心だった。
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どれくらい集中していたことだろう、だが少なくともここに来てから六年は経ったはずだ。
遂に”それ”が完成した。六年間ここに閉じ込められた自分の、最後の希望。これが起動されれば、自分は救われる。人間によって悪魔が救済されるのはおそらく前代未聞だが、もうなんだっていい。
あとはこれを、人間界に投じるのみ───
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待つ。ただひたすら。希望を、奇跡を信じて。
『救済』が起動されるその時を…………
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……………………「あれ、これなんだろう」
…………!
「救済…?なんだか面白そうなタイトル。…へぇ、『自分にとっての救済を探したり、生死について考える物語』かぁ…。絵柄もめっちゃ綺麗!透明感ある!わぁすごく気になってきた…!」
移るな、そのまま、そのまま起動しろ…!
救済を、お前の手で…!
「プレイ時間はちょっと長そうだけど…ちょうど時間もあるし…やってみようかな」
───ポチッ、
その瞬間、意識が失われる。次に目覚めた時には、きっとあの声の人間がここにやってきているのだろう。
目を開ける。目の前には、見たことのない人間がいた。
───あぁ、やっと。
「ようこそ、はじめまして」
「私はメフィストフェレスと申します。お会いできるのを心待ちしておりました」