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「まるで人魚姫のようだな」
「人魚姫……ですか?」
彼の口から発せられた生まれて初めて聞く言葉に私は聞き返す。
「ヴァレンツィアに古くから伝わる昔話さ」
そう言うと、アルセイン皇子は、その「人魚姫」というものについて丁寧に説明してくれた。
上半身は人間で、その下は魚の尾を持つ美しい女の伝説。
夜になると海の岩場に現れ、真珠の髪飾りをつけた美しい女が甘い声で人々を誘惑し、金銀財宝を奪い取っていくという。
私は話を聞いていて、口を閉じるのも忘れてしまうほど困惑してしまった。
真珠の髪飾りに金銀財宝を奪い取っていく?
私がその人魚姫とやらに似ているだなんて、さすがにちょっとタイミングが悪いんじゃないの?
まるで私が贅沢に着飾って、男を誘惑し、贈り物を貢がせる悪女みたいじゃない。
あなたは私にプレゼントを贈った張本人だというのに!
「……それは皮肉ですか?」
「まさか。ただ真珠に包まれた君を見て、ふと思い出しただけさ」
「そうでしょうか? 私には、私があなたを誘惑して贈り物を奪わせたと言いたいように聞こえたのですが」
「君が俺を誘惑していたとは、全く気づかなかったよ」
「…………」
悪びれる様子もなく微笑むアルセイン皇子を見つめながら、私は複雑な気持ちで口を閉ざした。
私があなたを誘惑したところで、あなたはピクリとも反応しなさそうですけどね。
先日、彼と共にこっそりと城を抜け出してチョコレートクッキーを食べに行ったことを思い出す。
私は未だ、道端に居たグラマラスな女性に目を奪われていた情けない夫のことを忘れていない。
真剣な眼差しで女性に見惚れていた、マヌケな男の横顔を。
どうせ私はまだまだ子供で幼稚な姫よ。
悪かったわね。あなたが大人な女性がタイプだったとは知らなかったわ。
私を信じてくれて、私の好物であるチョコレートクッキーを食べに連れて行ってくれたあなたを少しは見直していたというのに。
帰り道に夫のそんな姿を見てしまった私は、怒りに任せてしつこく話しかけるアルセイン皇子を無視し続けた。
……思い出すと、何だか自分がバカみたいに思えてきた。
「コホンッ。今日はこんなことを言いに来たのではありません。あなたにお礼を言いにきたのです」
いけない、いけない。我を忘れてはダメよ、ルクレティア。いつものように彼のペースに飲まれてはダメ。
「お礼?」
「はい、あの沢山のプレゼントのことです。どうして突然私にあんなにも沢山の贈り物を贈ってくれたのですか?」
「あれは謝罪の意志表明のようなものだ」
「謝罪……?」
「ああ、俺が戦地から帰るのが遅くなり、君を一人にさせてしまったせいで機嫌を損ねてしまったようだからな」
一瞬、何のことか分からずポカンとしてしまう。
けれど、すぐに私たちが初めて会ったあの夜のことを思い出した。
『ひどいと思わない? 私を一人ぼっちにさせるなんて!』
酔った勢いで口にした、あまりにも子どもっぽい文句。
一気に顔に熱が登る。きっと今、私の顔は情けないほど赤く染ってしまっていることだろう。
「ところで、ここへ来る途中で誰かに会わなかったか?」
「……いえ、特には」
本当は、ここへ来る前にセリフィア侯爵と会ったけれど……。
わざわざ話すほどのことでもないし、言ったところで彼がどう思うかもよく分からない。
私は小さく首を振って、話題を流す。
「素敵な贈り物をありがとうございました。大切にします」
謝罪を口にすることはあっても、感謝を伝えることにはまだ慣れていない。
たったそれだけの言葉なのに、不思議なくらい胸が落ち着かなかった。
「喜んでもらえたのなら何よりだ」
「……では、私はこれで失礼します」